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第450話 2人の冒険

 その後は一日中歩き回って漸く発見した街に到着し、宿屋にて飛んで辺りを確認すればもっと早く到着できただろと一悶着。翌日になって2人で冒険者ギルドに向かい、何だかんだとパーティを組む事で決定する。この時代の冒険者にはランク制度なんてものはなく、各自の主観と判断で依頼を受けられるものとなっていた。


「メルフィーナ、あの依頼にしよう、竜退治!」

「あなた様、自殺願望者か何かですか?」


 どういう訳かケルヴィンは、やたらと難易度の高いモンスターと戦いたがる。レベル1の駆け出しが何を言い出すんだおめぇ、とばかりにメルフィーナが首根っこを掴んでそれを止め、大人しくブルースライムの討伐を手始めに受けさせ指導を施した。戦闘気質というか、戦闘民族並の意欲を見せるケルヴィン立っての希望で、2人の受ける依頼は討伐関連ばかりで構成される事となる。ケルヴィンは呑み込みが早く、1週間もする頃には、一端の冒険者と何ら引けを取らない実力にまで成長していた。


 あっという間に実力を伸ばした新人2人は、その街のギルドでも結構な評判となっていた。西大陸ではまず見ないであろう、珍しい黒髪のモンスター討伐馬鹿に、見た目は絶世の如く麗しいけど、それ以上に食いしん坊万歳が目立つ少女。考えてみれば、この組み合わせで評判にならない方がおかしいというものだ。気が付けば色物夫婦などと呼ばれていて、2人は頑なにこれを否定していたという。


 2人は1日の殆どをモンスターの討伐に費やし、依頼達成で得た報酬で新たな武具を購入、その日の食費に充てるといった生活を送っていた。後は回復アイテムなどの必需品が最低限。それらで資金の殆どが底を尽いてしまい、得る報酬金は結構ある筈なのに火の車という、よく分からない財政難に陥る。


「あなた様、またこんな無駄遣いをして! 昨日も代用のダガーを買っていたではないですかっ!」

「何を言う、これは昨日のよりもワンランク上の代物だ! お前こそ、毎日毎日外食でどれだけ食ってると思っているんだ!?」

「衣食住は生活の基本でしょう!」

「お前は食に偏り過ぎなのっ! このダガーだって、お前の一食分よりかなり安いからっ!」

「やれやれ。またやってるぞ、あいつら……」


 普通に生活するには十分過ぎる金を得ているのにも関わらず、2人はよくこういった口喧嘩をしていた。最早この街では風物詩のような扱いになっていて、2人がどんなに言い争うとも微笑ましいものとしか見られないくらいだ。当然、2人の言い分にはそれぞれ理由がある。


 まずはメルフィーナの言。ケルヴィンは戦闘馬鹿であると同時に、扱う武具にも拘りを持っていた。倒したモンスターの素材からアイデアを生み出し、どうにか実現できないかと街の職人に相談するのは日常茶飯事。それもこれも戦闘系スキルに全てのポイントを注ぎ込み、自分で武具を作成する力がなかったからなのであるが、完全なオーダーメイドともなれば何かと金が掛かる。ケルヴィンは手持ちのスキルポイントで苦心しながらやり繰りするものの、やはり目標となる域には達せず、その道の玄人に依頼してしまうのであった。今日のような衝動買いも多々ある。よって金がなくなる。


 次にケルヴィンの言。2人は自ら調理ができるほど器用でも知識がある訳でもなく、特にメルフィーナに至っては壊滅的に料理下手で、絶対に台所に立たせてはいけないレベルだった。よって食事は全て外食となるのだが、これがとても金が掛かる。メルフィーナの食費だけで、ケルヴィンの何十倍にもなるという事態なのだ。メルフィーナはこれが天使の平均的な食事量だと弁解していたが、ケルヴィンは絶対に嘘だと断言。しかし彼女の食欲が収まる筈もなく、今日も湯水の如く料理が彼女の胃へと消えて行く。よって金も消えて行く。


「このままじゃいかん……」

「このままでは不味いです……」


 双方、反論はするものの心当たりはあるようで。こういった悩みが幸いしてか、この頃からケルヴィンは更に劇的な成長を遂げ、メルフィーナはいつにも増してやる気を出し、冒険稼業に勤しむのであった。通い慣れた街周辺の討伐依頼をペロリと平らげれば、更なる報酬を求めて次なる街へ。その街から目ぼしい依頼がなくなれば、今度は隣の国へ。そうする事で、2人は己の欲望と好奇心と懐と胃を満たしていく。そしてケルヴィンとメルフィーナが出会ってから、暫くの時が流れた。


 2人が出会ってから2年後。ケルヴィンとメルフィーナは、西大陸では知らぬ者がいないほどに有名な冒険者となっていた。ある時は小国を食い潰すほどのモンスターを逆に喰らい、またある時は傭兵となって戦場を駆け巡る。敵となる者からは、心の底から畏怖を抱かれる。親しい者達からは、相変わらず色物夫婦と呼ばれて茶化される。後者については少し核心を突かれているのもあって、もう否定するのは諦めていた。実際のところ、2人は目的に必要なものが合致していたのもあって、この2年で互いを深く理解し、いつしか惹かれ合っていたのだ。


「お前ら、2年経っても変わらないよなぁ…… 少しは素直になったみたいだけどよ」

「まあ、俺がいないとこいつの食費を稼げる男がいないからな。仕方なくだ、仕方なく」

「私でもないと、こんな特異な趣味に理解を示せる異性なんていませんからね。本当に不本意なんですけどね」

「「……はい?」」

「本当に変わんねぇなぁ……」


 双方少しばかり頑ななのは、相変わらずであった。しかし、ある日の事。ケルヴィンは決心を固める。三日月が浮かんだ静かな夜、ケルヴィンは街の景色がよく見える丘にメルフィーナを呼び出した。


「あなた様、お待たせしました。急に呼び出して、どうしたんです?」

「ああ、いや、その、な……」

「……?」


 いつもの調子で話せないケルヴィン。呂律も口も回らず、しどろもどろにも程があった。


(これは戦闘、そう、俺のバトルだと思うんだ……!)


 酷い自己暗示である。だが意は決せたようで、懐から小さなケースを取り出し、メルフィーナに開いて中を見せた。ケースの中に入っていたのは、黒いダイヤモンドがあしらわれた指輪だ。


「あなた様、これは……?」

「ブラックダイヤモンドっていうらしいんだけどさ、その、な。俺達が付き合い始めて、もう暫く経つだろ? そろそろ、身を固めてもっ――― て、違う! 駄目だ、俺らしくない! メルフィーナ、単刀直入に言うぞ! よく聞け!」

「は、はいっ!?」


 ケルヴィンは大きく息を吸い込み、一度咳き込んで、もう一度吸い込んだ。


「いい加減、結婚しよう!」

「……もう、漸くですか。私がその言葉を、どれだけ待っていたと思います?」

「―――っ!」


 月光の下で2人は抱き合い、口づけを交わす。体が触れ合い、鼓動が高まる。少しして心に強く感じる熱いものが治まり始めた時、ケルヴィンはやっとの事で指輪の存在を思い出したのであった。


「指、出してくれるか?」

「はい……」


 メルフィーナの左手薬指に、用意していた指輪を優しくはめてやる。


「ふふっ。指輪まで黒色だなんて、あなた様のセンスは今も昔も変わりませんね」

「う、煩いな…… 店でたまたま視界に入って、そのまま気に入っちゃったんだから仕方ないだろ。 ……あー、やっぱり普通のダイヤの方が良かったか?」

「いいえ、こちらの方が良いです。あなた様が悩んで、その末に決められたものですから♪」

「そ、そうか。ふう……」


 メルフィーナは愛おしそうに、指にはめた指輪は撫でる。白翼の地イスラヘブンを出て本当に良かったと、今日ほど思った日はなかった。


(……? 今、指輪が不自然に光ったような…… あ、涙がこみ上げたせいですね。私とした事が……)


 瞳に溜まった涙を拭うメルフィーナ。涙の雫が触れたせいなのか、指輪は怪しく光っていた。

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