第448話 夢、再会
―――???
昨夜はどれだけエフィルに甘えてしまっただろうか。溜まったもんを吐き出して、外聞を気にする事なく泣いて、いつのまにか寝てしまって。ああ、俺は寝てしまったのか。兎に角、体中のエネルギーを使い果たして、数日振りにぐっすりと眠ってしまったんだ。
「……その筈、だよな?」
エフィルのベッドで、エフィルと共に眠った筈の俺が目を覚ますと、目の前には美しい庭園が広がっていた。どことなくダハクが整備した屋敷の中庭のような感じで、この噴水なんてクロトお気に入りのものにそっくりだ。しかし、所々に俺の記憶と食い違うオブジェクトが置いてある。例えば、どこかの巫女さんが召喚しそうなこの石像。獅子であったり、天使だったり。ここが屋敷の庭ではないと、これらの石像達が主張しているのだ。
「俺から適当に記憶を抜いて来て、混ぜこぜにしたようなこの光景…… 夢か?」
「流石はあなた様ですね。妙なくらいに理解が早いです」
「……それで、俺の夢にお前が出てくるのは、俺の願望だったりするのか?」
「さあ、それはどうでしょうね? 私としては、そうであって欲しいものですが」
どうも、俺は思っていたよりも女々しいらしい。あれだけエフィルに思いの丈をぶつけたというのに、胸のうちでは未練タラタラな男、駄目男である。
―――だってさ、夢の中にまでメルフィーナを幻想してしまうのだ。こいつは消えてしまう前の、あのドレスを着てくれた夜と同じ笑顔のままで、というかあの時のドレスを着て、小腹を減らして台所に忍び込む時と同じ、神様なのにどこか親しみを感じてしまう雰囲気のままだった。おい、夢の中にまで出張してくるなよ。また泣くぞ?
「あの、何か勘違いされているようですが、私は夢の幻でも虚像でもありませんよ? 正真正銘、モノホンのメルフィーナです」
「……は?」
「ですから、あなた様のメルです♪」
きゅぴん。とかそんな効果音が鳴りそうなポーズを決めるメル(仮)。一瞬クロメルによる精神攻撃かとも考えたが、あいつはこんなアホな事はしない気がする。というか、俺の感覚がこいつをメルであると感じ取っている。
「本当に、メルなのか……?」
「今日はいつにも増して疑り深いですね。ですが、あのような別れ方をしては仕方のない事でもあります。私の為にあそこまで悩んでくださって、とっても感激―――」
言葉の途中だろうと、構わなかったんだろう。俺はメルを、力任せに抱きしめていた。ドレス越しのメルの体は柔らかくて、好ましい淡い髪の香りが俺の鼻を打つ。
「―――はふっ」
次いでメルのほっぺに手の平を当て、柔らかさを確認する。どれもこれも、メルフィーナのものだった。
「メル、お前、メルだな……!」
「ですから、そのように申して―――」
また言葉を遮って、今度はキスしてやった。突然の事にメルは驚いていたようだったけど、頭の理解が追い付くと、メルからも背中に腕を回してくれる。時間にして結構長い間、俺達は唇を重ねていた。けど、俺の感情はもっともっとと、際限なく欲求が溢れ出てしまいそうだった。
「―――本当に、あなた様は欲望に素直ですね。女たらしだと噂されても、これでは擁護できませんよ?」
「そんなもん、言いたい奴に言わせておけばいい。俺にとっては今が大事なんだ」
正直、冒険者名鑑に何と書かれようとどうでもいい。こうしてメルに触れる事ができる。それで俺は満たされるんだ。
「私だって、本当はもっと早くにコンタクトを取りたいと思っていましたよ? ですが、その…… あなた様もご存知の通り、私は今とても危うい状態にあります。ここにいる私は紛れもなく本物ですが、もう1人の私に力の殆どを吸収されてしまったのも事実です。こうしてあなた様と意思疎通する事ができるのも、恐らくは夢の中でだけになるでしょう」
「……そうだとしても、何で今まで返事をしてくれなかったんだ? この五日間、どれだけ俺が心配したと思ってる?」
「あなた様が余りに切羽詰まっていた状態だったので、夢までも強固な精神阻害状態にあったんです。あれでは私も干渉できませんよ。今日になって、漸くストレスフリーな状態になったんですから!」
……え、俺の精神状態が原因なの? ストイックに張り詰めていたのが、逆に駄目だったの?
「夢から覚めたら、エフィルに感謝してくださいね!」
「あ、ああ…… 待て。お前、この状態で外の状況が分かるのか?」
「いえ、魔力体としての私は殆ど休眠状態にあります。直にではなく、あなた様を通して情報を読み取っただけの事です。ですが、ええと…… ちゃんと分別すべきところは目を背けていますので、その辺りはご安心を。まあ、病人にああするのはどうかと、いえ、何でも……」
「………」
―――しっかりと見てるじゃねぇかと。
「と、兎も角だ。こうして夢の中でだけでも、お前と話ができて良かった。今は…… あー、状況は把握してるのか。見ての通り、クロメルの後手に回ってる。お前の体をどうにかして回復させて、んっぐ……?」
不意に、メルフィーナが人差し指で俺の口を塞いだ。何だ、さっきのお返しのつもりだろうか?
「その話をする前に、あなた様に伝える事があります」
「伝える事?」
「ええ、まずは私の現在の状態について。こうして今は夢の中で意思疎通を行っていますが、これは決していつでもできる訳ではないのです。クロメルの干渉が弱まっている時、詰まるところクロメルが睡眠状態にある時にしか、こうした会話はできないとお思いください」
「……あいつ、曲がりなりにも神なんだろ? 睡眠が必要なのか?」
「必要に決まってるじゃないですか、絶対不可欠です! そもそも神に休息が必要ないのであれば、私だって有給休暇を取れませんでしたし!」
あ、確かになぁ…… そういや、メルが俺に付いて来た最初の理由は有給休暇の口実だったわ。要は、今の時間はクロメルもスヤスヤ眠っていると。容姿だけ見れば子供そのものだったし、その分もきっちり睡眠が必要なんだろうか。
「話を戻しましょう。そのクロメルについて分かった事があります」
メルはコホンと咳払いして、話を改めた。
「私の力がクロメルに吸収された際の事です。力の殆どを奪われる代わりに彼女の記憶が、いえ、元は私の記憶なんでしょうね。私が忘れてしまっていた記憶が、その時に聖槍を伝って逆流してきました。その時に思い出したのです。あなた様の前世の前世、そして私が神になる以前の思い出を」
「……は?」
俺の前世の前世? 日本にいた頃よりも遡った、更に昔の俺? それに、メルが神になる前の記憶とはどういう事だ? 一体、何の関係性がある?
「………」
いや、何となくではあるが、もう俺は察しがついている、んだと思う。時たま夢の中で垣間見た、誰とも分からぬ少女の悲痛な叫び。紅蓮の炎が広がる無残な骸、瓦礫――― そんな凄惨な状況下を、朧げながらも俺は何度も何度も見せられた。夢の中の少女は既に息のない男を抱き抱えて、神を憎む呪詛を頻りに口にし、決意していた。あれは、あの2人は……
「あなた様も、うっすらと察したようですね」
「……夢の中ってのは便利だな。いつも以上に、俺が考えている事を言い当ててくれる。それじゃあ、やっぱり?」
「ええ、あなた様が何度か夢の中で見たその光景は――― 神になる以前の私と、日本に転生する以前のあなた様のものです」