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第416話 聖剣ウィル

 ―――邪神の心臓・聖杯神域(ホーリーチャリス)


 リオンの姿が影の中へと消えると、黒き斬撃の牢が閉ざされ周囲の空気が変わった。黒剣アクラマによって彩られた斬撃は最硬にして最強。リオンがアレックスの影移動と雷鳴の速さを組み合わせ、シルヴィアとエマがセルジュと戦っている間に斬撃痕で構築した超攻撃的結界。それらが片腕を失い、氷と影で縛られたセルジュに襲い掛かる。


 重厚な斬撃音が鳴り響く事、数秒。黒き攻撃の嵐はまだ止まる様子を見せないままだ。その前にリオンはまた影移動を使い、セルジュの盾の近くにいたエマを救助していた。あのままその場所にエマがいれば、セルジュと一緒に斬撃の牢獄に巻き込まれてしまうからだ。


「―――ふはー! な、何とか上手くいって良かったぁー!」


 刹那が居合の姿勢で構える彼女の影の場所まで戻ったリオンが、盛大に息を吐く。隠密スキルを使ってこっそりと細工を施していたのが、余程緊張していたのだろう。続いて、影からエマが這い上がる。


「まさか、これほど力に差があるとは…… ですがリオンさん、助かりました。不意打ちとは言えあのセルジュの裏をかき、更には聖剣を持っていた腕を斬るとは。やはり、私は些か愚直過ぎるようです……」

「ううん、えっちゃん達がフーちゃんの注意を引いてくれていたからだよ。僕とアレックスだけじゃ、絶対に上手くいかなかったもん」

「リオンちゃん。それで、さっきの人は倒せたと思っていいのかしら?」


 刹那は変わらず斬撃の続く前方を見据えて、不安そうに呟いた。


「せっちゃんの斬鉄権みたいな、何でも斬っちゃう能力でもない限りは無理だと思うけど…… 僕達の影移動での不意打ちが通用するのは、多分あれっきり。だからあれだけ念入りに、アクラマを斬撃痕でセットしたんだ」

「ん、それじゃあ、まだ確証はないんだね?」

「シルヴィー?」


 リオンがシルヴィアに方を向くと、彼女は詠唱体勢になっていた。剣を胸の前に掲げ、瞼を閉じて魔力を集束させている。そして集った魔力は天井部へと進路を取り、あるものを形作る。


「―――墜ちる氷星(ヘイルミーティア)」

「うわぁー……!」


 現れたのは巨大な氷星だった。かつてケルヴィンの昇格式、その模擬戦で見せた大魔法。だが、そのサイズはその時のものよりも一回りも二回りも大きくなっていた。小さな街なら、すっぽりと収まってしまうのではなかろうか。これを落とすとなれば、今リオン達がいる場所も危ないかもしれない。向こう側で戦っている古の勇者達も、戦いながら避難を開始したようだ。


「攻める時は徹底的に攻めるべき。エマも、早く」

「……そう、ね。うん、そうだ。そこまでしないと―――」

「―――そこまでしないと、勝てないよ?」

「っ!」


 エマの遮る透き通った美声。発生源は黒の斬撃の中だった。見れば、リオンの施した斬撃痕は残り少しとなっている。シルヴィアはすかさず巨星を落としにかかる。


「退避します! お2人とも、もっと後ろへ!」

「うん! せっちゃん、急いで!」

「わ、分かった」


 巨星が墜ちる間際に、リオンの斬撃が完全に消え去った。そこにあったのは、白銀の鎧。ジェラールの色合いと雰囲気を真逆にしたような美しき騎士が、何かを護るように身を低くしていた。やがてその騎士鎧の背を更に何かが突き破って、氷の星へと衝突した。


 それはあれだけ巨大であった巨星に易々と貫通し、凄まじい衝撃で次々と亀裂を走らせる。


(あれは、矢?)


 リオンが咄嗟に見たのは、かなり大きなものではったが確かに矢であった。なぜ矢が鎧を突き破って出てきたのかは謎ではある。それでもその一矢はシルヴィアの巨星を崩壊させる威力を内包していたようで、墜ちる氷星(ヘイルミーティア)はガラガラと幾多もの氷塊となって崩れ落ちていった。


「……不味いかも」


 氷星の欠片が墜ち切った後、シルヴィアは静かにそう呟いた。辺りに立ち篭る白い霧は、素肌を凍えさせるに十分なもの。しかし、その寒さは別のところから来ている気がしてならない。


「せっちゃん、えっちゃん、戦闘準備して」

「ええ」

「……うん」


 霧が、晴れる。そこに立っていたのは先ほどの鎧と、弓を携えたセルジュだった。弓を使うとすれば両手がいる。そして、彼女の失った筈だった腕は綺麗に治っていた。繋ぎ目などなく、初めから斬られてなんてなかったかのように。ただ、体の所々に傷ついている箇所もある。足の氷も凍り付いたままだ。


「僕、かなり本気で殺しにいったんだけどな、フーちゃん。あの状況で、どうやって防いだの? それに、その弓は?」


 答えてくれる筈もないと、半ば冗談がてらに聞いてみる。


「ふっふっふ、ウィルの特性を使ったまでの事だよ。そっちの勇者さんは知ってると思うけど、聖剣ウィルは使い手に合わせてその形状を変えてくれる。さっき私が剣を2つにしたみたいにね。でも私から言わせてもらえば、それだけじゃ半人前、不完全過ぎる。思い描いた武器にできるんなら、思い描いた防具にだってなれるんだもん。さっきの聖盾(イージス)やこの聖鎧(ガラハッド)みたいにね。要は想像力の勝利だね。で、どうやって攻撃を防いだかっていうと、斬られた腕に握らせていた聖剣を騎士鎧に作り変えて、私を護るように指示したんだよ。聖鎧(ガラハッド)が私を護っている間に、ついでに回収した腕を白魔法で治療すれば、ほらこの通り!」


 セルジュが魔法を唱えると、体のあちこちの負傷がたちどころに消えていってしまった。そして、方法は案外普通に教えてくれた。この辺はアンジェやベルが話していた通り、本当にお喋りなだけだろうか。


「リオン、誇って良いよ。これ、私が緊急時に使う最終手段だもん。ホントに危なかったよ」


 コンコン、と鎧の胸部をセルジュが軽く叩くと、鎧は瞬く間に盾に変化して宙に浮かぶ。エマが焦がした傷跡も、その盾にはなかった。


「それで最後の警告だけど、ここからまた戦うって言うなら、私も本気(マジ)で殺らなきゃならない。それこそ聖剣(ウィル)の力を十全に用いて、この聖弓(アルテミス)だって使っちゃう。さっきの斬撃を直に受けた感じ、多分聖弓(アルテミス)の矢の方が威力高いよ? どうする?」


 大型な白銀弓を前に出して、セルジュが問い掛けた。その台詞は、背を向けて立ち去るなら追わない。そう言っているようだった。


「いやいや、反則的な強さに武具も自由自在って、しかも自分で回復しちゃうのは駄目でしょ。おじさん泣いちゃいそう。お嬢ちゃん達、大丈夫かい? やるなら一撃必殺、首か心臓を取るしかないよ? 君達はまだ若いんだし、おじさん、逃げるのも時には恥じゃないって思うなぁ」

「……刹那さん達は、無理だと思ったら退いてください。ですが、私とシルヴィアは退きません。この先に、母さんがいると思いますから」

「お腹、空いた…… 早くお母さんの手料理食べたい」

「僕も同意見かな。ケルにいとメルねえと早く合流したいもん」

「だ、そうよ? ニトさん、私達だけでも逃げる?」

「いやぁ、流石にこの空気じゃ逃げ辛いでしょ…… 刹那ちゃん、死の瀬戸際における実戦は通常の鍛錬の何十倍にも勝る。ここで虎狼流剣術、極めてもらうよ」

「望むところ!」


 刹那が決意の叫びを上げる。彼女だけでなく、リオンも、シルヴィア達も気持ちは同じ。ならば、撤退の文字はなかった。


「そっか。最終的には私の桃源郷計画に加わってほしかったけど、覚悟があるなら仕方ないかな。 ―――無残に死ぬなよ?」


 足の氷を気にする様子もなく、踏み潰すように踏み込み、セルジュが矢を放ちながら突貫。浮遊する盾もセルジュに追随している。


「抜刀・燕!」


 その速度は抜刀と同速。刹那の飛翔した刃が、放たれた聖弓(アルテミス)の矢を斬り伏せる。恐らくは最後となる衝突に、4人と一刀は全力を注ぐ。

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