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第414話 理想郷

 ―――邪神の心臓


 時は少し遡る。シルヴィア達と合流した後、刹那は聖域を目指していた。苦戦していた凶悪なモンスターも、3人いれば難なく撃破する事ができる。ただ、大空洞は広大だった。シルヴィアとエマも入り口の場所が分からず、彷徨っていたところで刹那を発見したという。唯一の頼りは元々敵側に所属していたニトであるが―――


「……ごめん! おじさん、東側の入り口しか分からないや! ここから真逆側だね!」


 その知識はかなり半端なものだった。ニトの知る場所は現在の居場所からかなり遠く、時間の掛かる道のりだ。しかし、このまま迷子になったままでは埒が明かない。時間を要するとしても、確実な道を選択するべきか。3人がそのように考えていた時、その声は聞こえてきた。


「ウォーーーン!」


 狼の遠吠え。その巨体と整えられた毛並みは忘れられる筈もなく、刹那は瞬時にアレックスだと理解した。アレックスのいる場所に移動して事情を聞いてみる。


「……あ、奈々はあっちだった」


 まさかの通訳不在、これにはアレックスも困ったような仕草をする。そんな時、刹那の肩からぴょんと何かが飛び出る。小さな小さな、よく目を凝らさないと認識できないような大きさだ。


「ん、クロト」

「「えっ?」」


 何気なく正解したシルヴィアの言う通り、それはケルヴィンが密かに紛れ込ませていた分身体クロトだった。極小のクロトはアレックスの目の前に降りると、その体積を一瞬にして膨らませて姿を一変させる。何も聞かされていなかった刹那は、尚更この出来事に驚いてしまった。そこそこの大きさまで体を膨張させたクロトはそんな刹那にぺこりとお辞儀をし、非礼を謝っているかのような動作をする。


「あ、いえ、大丈夫です」


 純日本人な刹那は反射的にお辞儀を返した。


「貴方、ケルヴィンさんとこのスライムさんですよね? どうしてこんな所に、今?」


 エマの問いに、クロトは体の一部を変換させて返答する。


「これは――― 文字?」

「ん、クロトは頭が良い」

「えっと…… アレックスが聖域への道を案内する。付いてきて。って書いてますね」

「ウォン」


 そうそう、とばかりにアレックスが頷く。クロトが文字通り、体を張って通訳してくれるようだ。アレックスが案内してくれた先には、上からは見えないようにして形成された洞穴があった。どうやら、ここが聖域への入り口の1つになっているらしい。既に聖域の結界は解除されており、いつでも入れる状態だ。


「この先はもう使徒の領域。一歩踏み出せばどうなるか分からない、か……」

「覚悟を決めよう」

「そう、だね。この先に、母さんがいる……!」


 彼女達は聖域へ進み出した。その先に待っていた者が、最強の番人と愉快な(元)仲間達だとは、まだ知る由もない。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 ―――邪神の心臓・聖杯神域ホーリーチャリス


「これはまた…… うん、うん。レベルの高い陣営が集まったね」


 突然の来場者にセルジュは少し驚いたようだったが、その表情は直ぐに別のものに変わっていた。刹那を、シルヴィアを、エマを。じっくりと彼女ら見回したセルジュの表情は、不思議と嬉しそうだ。


「気を付けなよ、刹那ちゃん達。守護者はあんな可愛い顔して、中身の趣味はおじさんと大して変わらないからねぇ」

「……えっと、どういう意味ですか?」

「すみません、ちょっと静かにお願いします。思いの外、余裕がなさそうなので」

「ん、強敵に認定しなきゃ。とても不味い」

「あ、ごめんねぇ」


 ニトの助言の真意に気付けないのは仕方ない。刹那達はそれよりも、眼前の圧倒的強者から視線を逸らさないよう努めるので精一杯だったのだ。


「あれ? 貴女が持ってるその刀、もしかして生還者?」

「やべ、気付かれた…… 仕方ないなぁ。やあやあ、久しぶりだね。元気してる?」

「さっきまで憂鬱だったけど、たった今全回復したところ。それで、何で生還者はそっち側にいるのかな? もう生還者は使徒ではないけど、そちらに助太刀する筋合いもないんじゃないの?」

「いやー、おじさんの目的は意外と近いところにあったみたいでねぇ。獣人から人間へ、そして今は刀として余生を楽しんでいるところだよ。羨ましいだろうけど、譲ってあげないよ」

「あははー。それじゃ、力尽くで奪い取っちゃおうかなー」

「はっはっはー、泥棒はいけない事だよぉ」


 セルジュとニトは仲良さげに会話しているが、どこかその言葉に本気であるという力強さが混じっているようで、この場にいる者達は先ほどから冷や汗が止まらなかった。


 その間、傍らではリオンと影の中に入ったアレックスが、意思疎通による現状確認を行っていた。この3人とアレックスはケルヴィンからの援軍、協力してセルジュ・フロアを打ち倒せ。それがケルヴィンからの伝言だった。


『ケルにい的には、倒してしまって良かったのかな?』

『グゥルルゥ(どうせ生き返るから、その時は自分が責任持って退治するって)』

『そ、そっかぁ。どっちにしても、難しい事には変わりないけど…… それでも、戦況は全然違う。せっちゃんの強さも別物になってるし、これなら―――』


 ―――バチバチィ!


 魔剣と黒剣を構えたリオンが、3人の前に稲妻を轟かせながら移動する。一致団結しよう。そう瞳に宿らせ構えると、リオンに続いて刹那やシルヴィアらもその意味を汲んだのか、同様に剣を構え出す。


 リオンの黒剣アクラマ、魔剣カラドボルグ、刹那の刀、涅槃寂静ねはんじゃくじょう、そしてシルヴィアの氷細剣ノーブルオービット、エマの大剣、太陽の鉄屑ソルフォルム。使い手もさる事ながら、手に携える得物達はそのどれもがS級の超弩級品。セルジュの持つ聖剣ウィルにも対抗し得る、最高の陣営だ。


「まさか、この場に勇者がこんなに集うなんて思ってもいなかったかな。先代の勇者に、現代の勇者、本来は想定されていない、異端の勇者だっている。ふふ、面白いね。それじゃあ、そろそろ――― 行くよ?」

「あ、ちょっと待って」


 剣を抜こうとしたセルジュに対して、シルヴィアが待ったをかけた。これは予想していなかったのか、シリアスな雰囲気を打ち壊してセルジュが前のめりに転びそうになる。が、何とか持ち直す。


「な、何かな?」

「ここにシスター服で、これくらいの長さの銀髪の女の人は来なかった?」

「銀髪の女の人はいるよ。ほら、そこに」


 セルジュに指を指されるコレット。しかし、彼女は今四つん這いの姿勢でそれどころではないらしい。シルヴィアもふるふると首を横に振り、違うと申し立てる。


「……シスター服ではないし、貴女のお目当ての人かも分からないけど、この奥にも銀髪の女の人がいるかな。私がいる限り、通してあげないけどね」

「……そう。なら、押し通る」


 バキバキと音を立てて、白であった床が一瞬にして氷の大地に覆い尽される。無詠唱で唱えられたシルヴィアの極寒大地グラウンドシヴァによって、凍て付く絶氷のテリトリーが形成されたのだ。その範囲は刹那達の所にまで及んでいる。


「わわっ!?」

「落ち着いて。この氷は敵にしか害を与えません。刹那さんは例の支援攻撃をお願いします。ではっ!」


 予め打ち合わせしていたかのように、シルヴィアとエマが同時に前に飛び出した。目標はもちろんセルジュだ。彼女の足は今、氷の大地で固定されている。


『人狼一体、三刀流――― その完成形、影狼かげろうモード。行くよ、アレックス!』

『ウォン(うんっ)!』


 蠢く影をその身に落として、リオンもその後を追う。残された刹那は刀の柄に手を置き、愉快そうに目尻を下げるセルジュに矛先を定めた。

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