第413話 集う理想
―――邪神の心臓・聖杯神域
立ち塞がったかつての仲間達。フーちゃんは聖剣ウィルを鞘から抜き、構える。とーやんの聖剣よりも細身であるそれは同じ性能の筈なのに、比較にならないほどの凄まじい聖気で包まれていた。
「まあ、それでもいいよ。私がやる事は変わらない。でも、前の私と同じと思わない事だね。使徒になった私は、勇者の頃よりもちょっとだけ厄介だよ?」
「その台詞、フーちゃん様にだけ言える事ではないですよ? この場にいる皆様は、人間より進化して貴女と並ぶべく努力を重ねてきたのです。フィリップ教皇は聖人に、サイ枢機卿は魔人へ。蘇られたお二方も先代光竜王ムルムル様に御助力頂き、超人とハイエルフになられました。更にフーちゃん様は何やら苦手とされているご様子。これ以上、フーちゃん様を迎え撃つに適した人材はいないのでは?」
「フフフ、どうだろうね?」
「ウフフ、試されますか?」
怖い! 2人の笑いが怖いっ!
「「「「セルジュ、この気持ちを受け取ってくれぇ!」」」」
そして、勇者の皆さんも必死だ。フィリップさんが2体の竜の石像を召喚し、サイさんが真っ赤な杖を取り出して魔法を詠唱する。ラガットさんが蒼き盾に結界を展開させ、ソロンディールさんは紋章が刻まれた銀の弓矢を構え出した。その全ての矛先は、神殿中央にいるフーちゃんに向けられている。
「嫌だってば。私の理想はこっちなの。 ―――集え」
フーちゃんが構えた剣を神殿に突き立てた。すると、白の床から光の柱が眩い輝きを放ちながら立ち上がる。数は4、それぞれが古の勇者達と向かい合わせになるように、神殿の4辺を取り囲む形の位置取りだ。
「これは……?」
柱の光はやがて消え去って、その中から人の形をした何かが姿を現した。人間、ううん、耳が尖っている影もあるから、エルフも混じってる? フリフリのスカートに、女の子らしい可愛らしい装備。全員がそれらを身に付けている事から、その人影が女性である事は理解できた。銀髪の小柄なシスター、褐色肌のお姫様、重装備の女騎士、大人の魅力溢れるエルフの女性―――
「え、えっと、まさかと思うけど……」
「流石はリオン、理解が早い! 彼女達は私の最後の固有スキル、『集え、英傑』で作り出した理想のパーティ。絶対福音は残念な子だったけど、このスキルは凄いよ? 私が理想とする性別で、容姿で、強さで! どこまでも私に尽くしてくれる最高のパーティを与えてくれる! 意思がなくって雑談もできないのが難点だけど、貴方達を倒すのならこれで十分」
今度は女体化した古の勇者達を出してきちゃった…… で、でもまあ、フーちゃんの言を信じるのなら、これで引出しの中身は出し切らせた。主人公属性強制付与の『絶対福音』から始まって、セーブポイントを設定する『新たなる旅立ち』、最後には仲間をも生成してしまう『集え、英傑』。うーん、反則なまでの勇者スキル目白押しって感じだね。配下ネットワークに書いておかないと。
―――ガキィン!
「うわ、鏡写しの自分と戦うみたいで嫌だなぁ」
「クッ! しかしながら、実力は本物です……!」
「なぜ私の相手はロリエルフじゃないんだろうか。あちらの銀髪のお嬢さんとお相手願いたい」
「……ソロンディール、油断するな」
本物と偽物の戦いが始まった。初撃の打ち合いを見る限り、どちらも戦法が同じで実力も拮抗しているように思える。一進一退、どちらが勝ってもおかしくない。
「さて、変に幸運が働いてトラブルが起こるのも嫌だし、私はリオンとコレットの相手をさせてもらうよ」
そして、僕の前にフーちゃんが舞い降りた。仲間を作るスキルを使ったからといって、フーちゃん自身の力が衰えている様子はなし。それに、絶対福音の対処も未解決。あの力がある限り、とーやんと戦った時以上の理不尽が僕たちに襲ってくる。あのメルねえでさえ、不条理の前で膝をつかされていた。地力が勝ってるとは思えないし、普通に戦って勝てる見込みは限りなく低い。せめて、アレックスがいてくれれば……
「コレット、お腹を括ろう。僕の全身全霊をぶつけるから」
「そうですね。ですがその前に――― お父様、今ですっ!」
コレットがフィリップさんに向かって、合図のようなものを出した。
「わー、本当ならセルジュと戦ってどさくさに良い事してから発動させたかったけど、配下までコピーされたら仕方ないかぁ。皆、予定通り最低限の仕事は果たすよ!」
「フッ、本当は分かっていたさ。セルジュがそのスキルを忌み嫌っていた事はっ!」
「幸運で舞い込む愛なんて、本当の愛じゃないからねっ!」
「だから、俺達が……!」
「その力を無効化し、真っ当な状態での健全なお付き合いを目指します!」
女性版古の勇者と戦っていたフィリップさん達が、見た事も聞いた事もない詠唱をし始めた。これは、一体? というか、やっぱりフーちゃんの話を全く聞いてないよ、この人達!
「リオン様、これが対フーちゃん様包囲鎮圧陣の真骨頂なのです。お父様達が編み出した、フーちゃん様の絶対福音を無効化する包囲結界――― その名もっ!」
「「「「運命破棄!」」」」
戦いの最中にいる4人から、更なる光。その光はひし形の4点となって、他の点に向かって線を走らせ、結界を形成していく。光のピラミッド、僕が最初に抱いた印象はそれだった。
「……ふーん。その威勢は認めるけどさ、私の絶対福音が封じられている様子はないけど?」
「ええ、固有スキルを封じる事はできません。ですが、発動させないようにする手段はあります。この結界陣がある限り、この場にいる者達の幸運は合算され、等しく振り分けられる――― 詰まり、幸運のステータスが平均化されるのです」
「あっ、そうか! 絶対福音は自分の幸運が一番高くないと発動されないから……!」
「ええ。この結界、この空間にいるうちは、絶対福音は完全に無効化されます」
絶対福音の無効化。たぶんだけど、フィリップさん達が考えに考えて、どうにかして打破しようとして編み出した結論が形になったものなんだと思う。その発端となった理由には、とっても悲しい事実が隠されてはいたけど、うん、作ってくれたこのチャンス、僕たちが活かさないとっ!
「……うん、凄い。嘘じゃなくて、素直にそう思っちゃった。まさか集え、英傑を使わせた上で絶対福音まで封じられるとは思わなかったよ。油断してるつもりはなかったんだけどね」
「フーちゃん、言葉の割に余裕そうだね」
「この程度で終わるなら、ね。コレット、まだ何か隠してるでしょ? さっきから巫女の秘術を使ってるみたいだし」
フーちゃんの視線の先、コレットは少し驚いた顔をして、直ぐに含みのある微笑みを浮かべた。
「気付かれていましたか。ええ、そうです。戦闘で役に立てない私は、影でこうする事でしか貢献できませんから。フーちゃん様の雇い主、アイリス様の聖杯神域を少しだけ弄らせて頂きました。全く以って力の差に唖然としてしまいます。ほんの少し、入り口とこの空間を繋げるだけで、これだけの時間と殆どの魔力をもっていかれたのですから。正直綺麗な虹を作ってしまいそうです……!」
そして、よくよく見れば青ざめた顔をしていた。
「ですが、その甲斐あって思惑通りに事が進みました。リオン様、後はお頼みします」
―――ザッ!
「なるほど。うん、確かにこれで五分五分かもしれないね」
コレットを後ろを向いて膝をつくのと同時に、複数の足音が耳に入って来た。そして、その足音の主である彼女達は、僕もよく知っている人達で―――
「ん、あの人誰?」
「セルジュ・フロア。先代の勇者様だよ、シルヴィアちゃん。おじさんの元同僚でもある」
「行き成りの大物ですね」
「リオンちゃん、大丈夫!?」
シルヴィーに、えっちゃん、せっちゃん――― それに、喋る刀……?
『ガゥ、グゥルル(それ、生還者のおじさんらしいよ)』
アレックスまで僕の影の中に帰って来ていた。