第402話 おじさんの苦難
―――邪神の心臓
生還者は走っていた。生還者は復活し続けた。生還者は諦めなかった。奈落の地の中心地、邪神の心臓。スタートの最東端から災害のような雨あられ、雷炎に襲われ続けた過酷な旅も、終わりを迎えようとしていた。
「ふう、ふう! この瘴気のヌメッとした感じ、ゴールは近いと見るねぇ!」
聖域への案内を使命として任された生還者は、ここに至るまで様々な試練を乗り越えてきた。2体の竜王から降り注がれる攻撃もさることながら、到着するまでの衣食住をどうするかが最大の問題だった。如何に卓越した能力を備える使徒、死んでも蘇る力があるとはいえ、その体はあくまで人体。食事を取らねば空腹になるし、もよおす時はもよおすのだ。
食事は逃げる最中に獲物を狩り、迫り来る獄炎を拝借して肉を調理する。生還者のプライドを投げ捨て、花摘みに行く行為自体を諦める、または隠れて一瞬で済ます事で、最悪それらは解決する。だが睡眠は別だ。眠りながら攻撃を躱して目的地へ走り続けられるまで生還者は器用でもないし、長期間ともなれば過負荷によるボロが必ずどこかで出てしまう。死にはしないが捕らわれる可能性はあるのだ。隠れて休もうにも竜王達は辺り一面を焼き払おうとするので、とてもじゃないが眠れる環境ではなかった。
そこで、生還者は考えた。竜王らもまた、自分と同じ境遇ではないのか、と。竜王とて生物ではあるのだから、食事はするし睡眠も必要になるだろう。延々と追いかけて来るのは向こうも辛い筈。これをどうにかして交渉材料にできないか―――
「はい! おじさんから提案がありまぁーす! 小休憩、小休憩しませんかぁー!」
脱走から2日目、走り続けたまま生還者が2体に向かって大声で叫び出した。
「おい、ムド! あの野郎、何か叫んでんぞ!」
「分かってる。休憩しようと提案してるみたい。あからさまな罠、逃げる口実」
「そうかぁ? でもよ、ケルヴィンの兄貴は1人で姿を消す事はないって言ってたぜ? 仮にいなくなっても連絡寄越せば良いって話してたし、ここは聞くだけ聞いてみても損はないんじゃねぇか?」
「……ボガ、もしかして眠い?」
「すげぇ眠い! おでは燃費が悪ぃから、まとまった休みが欲しいんだ。そういうお前だって、暫くエフィル姐さんの菓子食ってなくてイライラしてんじゃねぇか!」
「否定はしない。でも、ボガの言い分にも一理ある。虎穴に入らずんば虎子を得ず」
それらしい事を言っているが、ボガは睡眠欲に、ムドファラクは甘味の魅力に負けてしまったようだ。
「なら、おでが合図を出してやるよ!」
そう言うと、ボガの背にあたる黒岩の隙間からグォンを紅蓮の炎が巻き起こった。爆発音は何十と連続で鳴り響き、各々が飛翔体となって飛んでいく。この旅路でボガが新たに生み出した追躡砲火は、炎の塊がミサイルのように相手を追尾して大規模な爆発を引き起こす広域殲滅技だ。最大で1度に30発もの連射が可能で、生還者もこの炎で何度も死んでいる。
しかし、今回の赤き飛翔体は生還者の方ではなく、やや外れた平原へと向かって行った。隊列を組むが如く天を駆ける紅蓮が、その平原へと着弾する。
「う、わ……!」
激しい爆音と衝撃派が迫り、思わず顔を渋める生還者。爆撃地である平原を見れば、平面であった地形は深く抉られ激変していた。炎の残り火がそこらかしこで立ち上り、今も地面から高熱を発している事が認識できる。
「……何かのメッセージかねぇ?」
地面は激しく陥没している。が、爆撃地の中心地、そこだけが円形に無傷で状態を維持しており、何らかの意図を含んでいるようだったのだ。
「おい、おっさん! 誘いに乗ってやるから、そこに移動しなっ!」
ボガの叫びに、生還者は提案が功を奏したのだと理解した。
「もう少し、穏やかに教えてほしいものだけど……」
贅沢は言っていられない。兎も角誘いに乗ってくれたのだ。生還者は進行方向を指定場所へと変えて移動を開始する。それを確認したムドファラクらも、そちらに向け旋回。ややして、先に到着していた生還者の前に、人間の姿へと変身した2人が降り立った。青い髪と服を持つ少女と、厳つい巨漢である。
「やあやあ、提案を受け入れてくれて助かったよ。言ってみるもんだ―――」
「―――生還者、ニト。現時刻から6時間を休戦とする。休戦中は攻撃と逃走を禁止、移動を許すのはこの園内のみだ。休戦時間が終わった後は、ニトが1km離れた時点で攻撃を再開。休戦中、許可なく外に出ればその時点で休戦を解除、以降提案は受け入れず全て棄却する。明日以降も同時刻は同じ条件下で休戦を締結。これを受け入れるなら前に一歩進め。断るなら口を開くなり好きにしろ。10秒以内に答えを出さなければ、提案を断ると同義と取る。1、2―――」
生還者の言葉を遮り、青ムドが淡々とした口調で提案の詳細を話していく。生還者の意見は聞かず、ただこの条件で同意するかどうかだけを問う姿勢だ。
(うわー、見た目はどう見ても子供なのに、威厳たっぷりだねぇ。おじさんとの対話はガン無視、余計な事を喋れば休戦はなし、考える暇を与えないシビアなカウントダウン――― ああ、嫌だ嫌だ。小心者のおじさんは、こうするしかないじゃない)
青ムドがカウントを読み上げる中、生還者は黙ったまま一歩前に踏み出した。
「よし、ニトの意思を確認した。これより休戦に入る。 ……ボガ、何かいう事はある?」
「お、おでからは何も、ない。ムドの案で、良いと思う。あ、でも、寝ている時は静かに、してほしい。おで敏感だから、少しの音でも、起きちゃう」
「そ、そう……」
先ほどの威勢と火力はどこにやら、巨漢となったボガの態度は反転しているかのようだ。人間形体となったボガは臆病なので、寝ている時もちょっとした事で起きてしまう。どうやらその事を気にしているらしい。
(寝ている時もしっかりお前を見ているぞ、って事かねぇ。わざわざ遠回しに釘を刺すとは、こっちの竜王様も油断ならないか)
特に意図していなかった裏の意味を都合良く解釈される。火竜王の威厳が落ちる事態にはならなそうだ。
「了解だ。おじさんからは余計なお喋りはしないよ。時間になったら教えてね。おじさん、それまで寝てるから」
やや2人から距離を置いた場所で、生還者は久しぶりに横になった。念の為少し様子を窺ってみると、片やお菓子をいっぱいに広げ、片や特大サイズの布団を敷いてすやすやと寝始めてしまった。余りにも自分に無頓着で不気味な様子だった為に、生還者は休戦中も心中穏やかでいられなかったという。
それから、かれこれ暫くの時を3人は過ごした。平時は逃げる者と追いかける者。容赦なく復活する側と殺す側の奇妙な関係だ。しかし、それも漸く終わりの時を迎える。邪神の心臓はもう直ぐそこであり、生還者の使命はほぼ達成しているようなものなのだ。
「うおおー! おじさん、最後の猛ダッシュー!」
「あ、おいクソっ! おっさんが邪神の心臓に着いちまうぞ、ムド!」
「1kmの制限、甘く見ていた。殺せはするけど、捕まえるのは至難」
「泣き言は後でいいんだよっ! 問題は今どうするかだ! このままだとジェラールの旦那に怒られるだろうがっ!」
「……壊す」
「ああ!?」
「邪神の心臓、壊しちゃう? ゴールがなくなれば、ゴールしていないと同じ」
「その手があったか!」
連日の超攻撃的姿勢、瀬戸際の緊張感で2人のテンションはおかしな方向に向かっていた。疾駆する生還者は背後から伝わる重圧に嫌な予感を覚える。それもその筈、2対の竜王が最大火力の息吹を出そうと、背後で力を溜めているのだ。
「お待ちなさい。いやはや、竜王となっても貴方達は野蛮なものですね」
上空で、どこか芝居掛かった声がした。
活動報告にて『黒の召喚士4』の予約特典情報を掲載致しました。
アンケートの件も記載していますので、そちらもご覧くだされ。




