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第380話 ワイルドカード

 ―――魔王城最下層・月の館


 過去にベルが住んでいたとされる月の館。青白い幻想的な照明に照らされたその大きな屋敷は、半壊しているとはいえ雅びやかな造りは損なわれておらず、今も月光を放っているかのように荘厳な雰囲気を醸し出している。対して、そのお屋敷の前で戦いに興じる2人の動きは正反対に激しいものだった。


「ふっ!」

「しっ!」


 セラの真っ赤な拳が唸りを上げながらベルを襲えば、ベルは嵐を纏った蒼き脚でそれを叩き落とす。ベルが脚甲に風のブレードを装着させ振りかざせば、セラが真剣白羽取りで見事に受け切り、ブレードをへし折る。そんなやり取りが次々と交互に為されていた。


 今でも一手一手の速度は恐ろしく速いのだが、セラもベルも相手よりも速く次の手を講じようとするので、ますますペースはギアを上げ始めている。


 達人同士の組手はゆっくりと、素人にはただただ遅く見えるもの。どこかでそんな話をした者がいた。だが、これは組手ではなく、ましてや彼女らは達人ではない。人の範疇を超越した人外同士が戦っているのだ。拳と脚が交われば衝撃波が生まれるし、風の刃が壁に大きな傷跡を残す。そこいらの冒険者や騎士兵士では2人に近づく事すらできず、衝撃波によって壁にその身を叩き付けられ、運が悪ければ風の刃が当たり両断されてしまう事だろう。


 そんな有象無象では傍観者になる事も許されない戦場ではあるのだが、不思議と月の館は損傷していない。元々破壊されていた場所は別として、精々が衝撃波で屋敷の壁が揺れる程度なのだ。風の刃なんて全くと言っていいほどこちらには来ない。


「変な気遣いしなくていいのよ? しなくても、私が捻じ曲げるから」

「ふふん、お姉ちゃんはまだまだ余裕だもの! 余裕がある分、思わず気遣いしちゃったかもね!」

「嘘おっしゃい。余裕なんて欠片もないでしょ。ほら、ほらっ」

「ほっ、はっ、とりゃ! お茶の子…… さいさいっ!」


 災厄を撒き散らしながらの口喧嘩は、こんな調子で延々と続いている。手や足が止まらないのと同じように、口も止まらないのである。言葉は尖っているが、どことなくその口元は緩んでいるようにも見えなくはない。


「あら、その無駄に膨らんだ脂肪邪魔なんじゃない? 攻撃、掠っちゃったわよ?」

「確かに躱すのに特化するなら、ベルの胸みたいなのが理想かもしれないわ! うん、そこだけは同意する!」

「………(ピキピキ)」


 ―――緩んでいるようにも、見えなくはない。いや、気のせいか。笑顔のまま怒りを顔に貼り付けていると言える。


「……準備運動はそろそろいいかしらね?」


 大振りの蹴りと防御の腕がぶつかり合った後、ベルは跳躍して大きく距離を取った。その様子を窺っていたセラは、肩に手を伸ばしながら片腕をグルグルと回して調子を確かめる。


「そうね、良い感じに体が温まったわ。やっぱり適度な運動が一番ね!」

「それじゃ、適度な運動はこれでおしまいね。 ―――行くわよ?」


 ―――グォン!


 ベルが脚甲の爪先でカンと音を鳴らすと、地面に風の音が駆け抜ける。セラはその風に攻撃性を見出したのか、ステップを踏むように立ち位置を変えた。風はあみだくじを辿るように複数走り、地面に亀裂を残していく。


「これだけ…… じゃ、ないわよね?」

「当然、よっ!」


 高らかに上げられたベルの片脚。豪風音と共にやがてそれは真下に落とされ、勢いよく地面を強打する。風音が増し、揺さぶられる地面。セラはバランスこそは崩さないが、その揺れがただ事ではないと直感的に感じていた。


「―――さあ、踊りましょうか」


 ベルがそう口にすると、床から何かが飛び出した。黒ずんだ色をしているも、綺麗に形を整えられた立方体。大きさにして全長3メートルはあるだろうか。見れば、地面には立方体と同じ大きさの穴が開いている。


(さっきの風で地面の中身を切り分けていたのね。ってこの場面、どこかで見た事があるような……?)


 記憶を辿るセラが思い至ったのは、ガウンの獣王祭。正に今眼前にいるベルとの試合の光景だった。


「懐かしいでしょ? でも、ここの地面はあんな脆い舞台とは違うから、覚悟した方がいいわよ」


 唐突にガウン総合闘技場が誇る舞台職人、シーザー氏への熱い批判が飛び出した。だが、実際に月の館のあるこの最下層はかなり頑強な造りとなっていて、セラやベルがこれだけ暴れても崩壊していない。舗装された床部分に使われた石材は特別製、それも分厚い。全ては親馬鹿魔王グスタフが娘可愛さで、徹底的に安心安全な空間を追及した結果がこれなのだ。だからシーザー氏は悪くない、悪くないのだ。


 ベルの脚甲の爪先から、ガコンと杭のような大型の針が出現した。ベルの魔人蒼闘諍スクリミッジディビリテイトを包み込む純白の脚甲が内部に搭載していたのか、パイルバンカーのような形状をしている。ベルは恐ろしく素早い動作で杭を浮いた立方体のキューブに刺し込み、セラへ視線を向けて微笑んだ。


「……やば」


 セラの予想通り、ベルはキューブを蹴り飛ばしてきた。記憶にある試合、その時の攻撃の焼き直しともなる光景。しかし、脅威は別物だ。


 まず、迫り来るキューブの量だ。ベルの意思に従って地面から際限なく現れるキューブは、姿を見せた瞬間にベルに杭を刺されて蹴り飛ばされる。蹴っては刺し、蹴っては刺し、蹴っては刺し――― 軽快なダンスを踊るように、ベルはそれを繰り返すのだ。となれば、的となるセラにはスコールの如くキューブが降り注ぐ。


「っと……!」


 セラは投じられる攻撃を、弾くよりも回避するのに集中した。前回同様、舞台程度の素材であれば、全て拳で弾いても問題はない。しかし、セラの勘はそれを拒否していた。アレを直接触れるのは不味い、と。


 実際にセラの勘は正しい。グスタフが用意した館の床はシーザー氏の舞台の強度を軽々と超え、その上ベルの色調侵犯で強化が施されている。脚甲による直接の行使の為、その強化も一気に限界近くまで引き上げられていた。血で塗らしたところで攻撃の勢いは止まらない。一撃での破壊は困難、ならば避けるか弾くかの2択。1度2度ならいいが、何度も何度も弾くとなれば着実にダメージは蓄積していただろう。セラの選択は最善だった。スコールと言えど、セラであれば持ち前のセンスである程度は回避可能なのだ。それでも、回数を重ねれば拳で迎え撃つ必要が出てくるのだが……


「……まだまだ、踊り足りないでしょ?」

「―――っ!?」


 物陰から、蒼いレーザーのようなものがキューブごとセラを貫いた。当たったのはセラが纏う魔人紅闘諍ブラッドスクリミッジの肩部分であったが、一発で大きくひびが入るまでに損傷してしまう。


(大量のキューブは目眩まし! 狙いはこっちかしらね!)


 先ほどのキューブの投擲に加え蒼い槍状の風、粛清蒼通貫ディビリテイトハッシュが死角からセラに迫り来る。直撃したのは初撃の粛清蒼通貫ディビリテイトハッシュのみ。だが流石のセラもこの状況では無傷とはいかず、徐々に徐々にと手傷を負い始めていた。


(……ジリ貧ね。そろそろ―――)


 攻撃を躱しながら、セラは呼吸を整える。動的だったセラの空気が、途端に静かになったようにも感じられた。


「―――そろそろ、使おうかしらね。ゴルディアをっ!」


 セラの纏う赤の鎧が、更に紅きオーラを放ち始めた。

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