第366話 悪魔四天王???
―――試練の塔
塔の高さもさることながら、その外観から内部もかなりの広さと予想はしていたのだが、明らかにそれ以上に広大な空間が眼前に広がる。ケルヴィンが足を踏み入れた先は、一言で言い表せば沼だった。所々辛うじて立つ事のできそうな地面はあるが、大部分は底の深そうなどす黒い泥となっている。ピリピリと空気から伝わる痛みは沼の毒素によるものか。猛毒の試練と豪語されているだけに、無限毒砂と似た性質を保持しているのかもしれない。
「……誰もいないな」
これは他の試練も期待できるかもと希望を見出したのも束の間、ケルヴィンがいくら待ってもこの試練の主が現れる気配がない。白魔法で神聖天衣を自身に纏わせ、毒の対策をさっさと済ませ終わったケルヴィンは段々と怪訝な表情になってきた。
(おかしい、普通ここは颯爽と部屋の主が出てくる場面だろ。奥に螺旋階段があるが、もう上っていいのか? 階段先の大扉も開いているし…… 待て待て、これはあの悪名高い娘大好き過ぎて死んじゃう魔王グスタフが仕掛けた試練だぞ。ここまで如何にもな部屋を用意しておいて、何もしないで素通りってのも変な話だ。問題があるとすれば、俺の入室方法か? さっきの執事はグスタフが俺の事を知っていると言っていた。詰まり、今日この日に何をしに来たのかを知っているって事だ。挨拶をするだけとしても、これには重い意味を持つ。初の顔合わせ、日本であればきちんと正装で、マナーを守って―――)
並列思考で駆け抜ける可能性の模索。真実は別所でリオンがこの試練の主、悪魔四天王ラインハルトを無力化してしまった事にあるのだが、ケルヴィンはここで一度部屋の扉を締めて入室し直す事を選んだ。
「失礼します。ケルヴィン・セルシウスと申しますが、誰かいらっしゃいますでしょうか?」
身だしなみを整え扉をノック。まるで面接に来たかのような変わりようであるが、当人は至って真面目である。
「………」
しかし、当然誰も現れない訳で。それでもケルヴィンは数分ほどここで待っていた。
『ケルにい、報告するね。悪魔四天王のラインハルトっておっきな蛇さんを捕まえたよ。クドちゃんの上司だった悪魔みたいだね。やっぱり他の悪魔四天王も復活してると見るのが濃厚かな? あと戦利品になるか分からないけど、スケッチブックみたいなアイテムも押収しておいたから。クロトの保管に入れておくねー』
『お、おう。よくやったな、リオン。引き続き遊撃隊として行動してくれ。判断は任せる』
『うん、了解したよ。それじゃ!』
ここでリオンからネタばらしとなる念話報告が入る。流石のケルヴィンも格好やらマナーやらの問題ではないと理解したようで、頭の中で次の方程式を組み立てていった。
四天王な蛇→四天王な毒蛇→凄い毒の使い手→猛毒の試練の主→現在リオンが拘束中
「……次の試練に行くか」
気持ちの切り替えとはとても大事なものである。ここは序盤も序盤。何、試練はまだまだ続くのだ。そう自分に刷り込ませるように、ケルヴィンはブツブツと小さく呟きながら沼を渡り、階段を上っていく。
「怪力の試練。今度は大丈夫だよな……?」
文字を読み取り、ゴゴゴと重厚な大扉を押し開ける。扉の隙間から覗く部屋の内部は岩肌が露出した荒々しい山岳地帯となっており、どうも魔法の効果を薄める結界で覆われているようで―――
『―――あなた様、朗報です。シュトラとコレットが敵の指揮官、悪魔四天王ベガルゼルドを見事戦闘不能状態にしました。怪力と超回復を有する強敵で、シュトラのガードがほぼ全破損してしまいましたが、これは大戦果ですよ! 今は白目をむいて気絶していますが、回復させて尋問する事も可能です』
『……ああ、良くやった。壊れてしまったガードの代わりを見つけたから、後でアンジェに聞いてくれ』
『ええ、分かりました。それでは我々は残敵掃討に移りますので、また後ほど』
念話を終えたケルヴィンは扉から手を放し、そっと考える。
怪力と超回復な四天王→めっちゃ怪力→怪力の試練の主→現在メルらによって昏睡中
「分かってた、何となく分かってたさ。次行こう、次っ!」
気持ちの切り替えとはとても大事なものである。山岳風景を視界から無視して突っ切るケルヴィンは早々に階段を上ってしまい、次の階層の大扉へと辿り着いた。
「あ、悪食の試練だと? 嫌な予感しかしないぞ……」
悪食、悪食――― 単語から思考を巡らせ発想するは、セラとの出会いの切っ掛けともなったビクトールとの戦い。されど彼は思いをケルヴィンに託し、この世を去ってしまっている。他の悪魔四天王はエストリアの蘇生術によって復活を果たしているが、それに比べビクトールと戦闘を行ったのは比較的最近の出来事である為、神の使徒達がビクトールを生き返らせる暇があったかというと微妙なところ。元ギルド長のリオルドがファインプレーをしていれば、全く可能性がない訳でもないが、果たして。
「おい、3連敗だぞ。おい……」
結果は惨敗だったようである。何者もいない3階層はこれまでとは趣きが異なり、外というよりは調理室といった印象の部屋だった。但しそこは悪魔らしく、モンスターや人のものらしき人骨が部屋の脇に山となって積み重なり、魔女が使うようなグツグツと得体の知れない液体を煮込む大鍋が並べられ、血の滴った肉斬り包丁がテーブルに突き刺さっているなど不気味に装飾されている。あまりにそれっぽいので演出用ではないか、と疑ってしまうほどに。
「ここまで素通りしたら残るはさっきの執事とグスタフくらいだぞ…… 全然試練らしい事してないけど、これで良いのか? グスタフ義父さ―――」
―――ズゥン!
部屋の上より途轍もない衝撃が走り、試練の塔が揺らぐ。
「……良くないッスよね」
良くなかったらしい。衝撃の原因は別にありそうな感もあるが。
「次はあの執事か。相手がいるってのが確定してるのは素晴らしき事だなっ、と?」
愚痴るケルヴィンが調理場の一部の床の一部に小さな魔法陣が施されている事に気付く。あまり直視したくない食材に隠されるようにして設置されたその魔法陣は、ケルヴィンが一歩一歩近付く度に放つ光が強くなっているようにも感じられた。
「罠、か? って、うおっ!?」
不意に強く輝き出した魔法陣。しかし光り出したのは魔法陣だけではなかった。ケルヴィンの両手、装備していた悪食の篭手までもが怪しく煌めき出したのだ。やがて集まった光は一塊の結晶となり、魔法陣の場所へと向かって行く。幸い悪食の篭手自体には変化がなく、そのまま両手に残っていた。
「……これは、どういう事でしょうか? 私は確かに、いや、それよりもここは―――」
「ドジっ娘なシスターの奇跡でも起こったんじゃないか? ご丁寧に時限式にしてたとかさ」
「貴方は……!」
「久しぶりだな、ビクトール」
魔法陣の中から現れたのは、かつて討伐した筈の上級悪魔にして悪魔四天王のビクトールであった。黒光りした装甲に大きな口、虫のような、それでいて人のような外見は相変わらずであるが、正確には以前とは姿が異なっている。より禍々しく、それまでよりも強靭になっていたのだ。長きに渡りケルヴィンと共に戦闘を行ったせいか、ケルヴィンの『経験値共有化』が悪食の篭手にも適応されていたせいかは定かではない。
「取り敢えず、今までの経緯を話そうか?」
「いえ、それには及びません。この場所に私がいるという事実が、私の為すべき事を教えてくれています。グスタフ様からの最重要命令でもありましたから。クフフ、因果なものです。どうやら貴方はセラ様の大切な方になれたようだ」
「理解が早い、ってかそれで納得していいのかよ」
「いいのです。現状把握などその後にすればよろしい。気持ちの切り替えはとても大事なものですよ?」
悪魔の黒甲鼴。生き返り、生まれ変わったビクトールが牙をむいた。