第365話 試練への誘い
―――魔都グレルバレルカ・魔王城庭園
魔王城では破壊の限りが尽くされていた。堅牢な城壁には数え切れない数の大穴が空き、大魔導士による魔法が降り注ごうとびくともしないと謳われた対空結界が崩落する。魔王城に衝撃が走れば地震かと思い込んでしまいそうな地響きが響き渡る。まるで小さな怪獣がどこかで暴れ回っているようだ。
『おー、やってるやってる』
『このお城、耐震性は大丈夫なのかな?』
そんな災害の真っただ中、魔都の城下町を無事に通過したケルヴィンとアンジェは魔王城の庭園を走っていた。辺りにカーディナルレイジの姿は少なく、これといった障害もこれまで特になかった。
『途中作戦が別に転んじゃったが、ジェラール達が上手くやってくれているお蔭だな』
『嫌でも目立つもんねー』
城内の警備が薄い大きな理由として、ジェラールの奮戦が挙げられる。蒼き繭の破壊の為に起用されたボガとクロトであったが、本来はジェラール班として魔王城へ空襲を仕掛ける為の役割があったのだ。敵陣への特攻、かつ存在を際立たせ敵対心を煽るという危険な役目であった為、生命力と守りの堅いこの面子が選出された。
まず魔王城へ先行したのはジェラールだ。ベルの施していた風の結界よりも内側の空より召喚後、漆黒の大剣を振りかざしてのダイナミックな着地&攻撃。これだけでも少なくない敵を滅した訳だが、その後も魔王城内の亡霊ゴーレムを相手取って大胆不敵に暴れ回り、ワシを倒せる者はおるかとばかりに目立ちまくっていたのだ。固有スキルである『栄光を我が手に』の効果でゴーレムを倒してはステータスが向上し、更に勢いに乗って敵を打ち倒すというループを繰り返す事何巡目か。今や撃墜数ではパーティ中トップとなっている。
ボガやクロトも負けてはいない。悪魔達によるカタストロフが遠のき、自らの役割を思い出した2体はジェラールのもとへと降下を開始。その存在の自体で目立つ事この上ない彼らと無双中のジェラールが合わされば、敵の関心はもうそこにしか集まらない。こっそりと潜伏するケルヴィンとアンジェが何者ともエンカウントしないのも、それはもう自明の理なのである。
『うん、失敗したなー…… これ、失敗したよなぁ……』
『作戦的には大成功だよ、ケルヴィン君』
『これでこの先何もなかったら、俺的には敗北と同義なんだけど』
『まあまあ、美味しいところを最後に頂ければ良いじゃない。それに、アンジェさんの察知アンテナによれば――― ほら』
疾駆する2人が足を止め、前を見据える。血のような赤い水が溢れ出る噴水を中心に置いた、紫の草花が生い茂る悪魔の庭園。そこで待ち伏せしていたかのように立ち上がるは、黒で染められた異質のゴーレムであった。10機のそれらは全て異なる種類の得物を手にし、静寂の中、まるで獲物を見定めるようにケルヴィンらを眺めていた。
『今までの亡霊ゴーレムとは完璧に別型だな。認識阻害の靄を纏ってるのは同じだが、魔王グスタフに似せる気は更々なさそうだ』
『基本性能も段違いみたいだね。こりゃ創造者が一枚噛んでるかなぁ』
アンジェの予想は的中している。ジルドラが送り出したこれら黒のゴーレム『シュバルツシュティレ』は量産型カーディナルレイジの高機能化試作機であり、魔王グスタフに見立てた外見を排除する事で攻撃手段や武器の選択の幅を広げた機体であった。当然ながらその完成度は高く、今のケルヴィンでもこの域のゴーレムは生み出せない程の出来なのだ。
『1体1体があの時の青ゴーレムレベル、か?』
『トライセンで創造者が乗ってたブルーレイジの事? うん、気配から察するにそのくらいだと思うよ』
『……ああ、やっと俺が報われる時が来たのか』
『そうだね。って事でケルヴィン君、ここは私に任せて先に進むのだ!』
『なぜそうなる!?』
ケルヴィン、魂の叫び。若干涙目である。
『冷静になるんだ、理性的なケルヴィン君。グレルバレルカに来た目的、覚えているよね?』
『……セラの里帰りと、挨拶』
『うん、正解。それで、挨拶すべき相手はこのゴーレム達?』
『グスタフ、だったな』
『分かってるじゃない。お姉さんは嬉しいなぁ』
『………』
アンジェの理詰めにケルヴィンは何も言い返せず、涙を飲んで先に進む事を決意する。若干揺らぎもしているが、頑張って決意する。
『待ってろグスタァーフ!』
『うんうん、その意気だ!』
自身に飛翔を施してシュバルツシュティレ軍団の上空を通過。何かしらの迎撃があるかと身構えていたが、ゴーレム達に動きはなかった。内心で舌打ちをしながら、ケルヴィンは庭園の向こう側へ着地する。
『もとから俺だけ通す気だったのかよ…… ったく、アンジェ! そいつら鹵獲希望だっ! 今回の戦闘でシュトラの手駒が大分減るだろうから、戦力強化の為にもできれば補充したい!』
『ハハ、行き際にとんでもない事を軽く言ってくれるね。ただでさえ強力なS級モンスターを10体同時に相手するってのに――― そんなに期待されるとお姉さん、とっても頑張っちゃうよ!』
懐から両手一杯のクナイを取り出したアンジェは、嬉しそうにゴーレムへと駆け出した。
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有用なゴーレム軍団をアンジェに任せたケルヴィンは魔王城の内部深くへと行き着いた。ここまで来るとカーディナルレイジは全く見かけず、ただただ魔王城の不気味さが増すばかり。その様子に溜息を漏らすケルヴィンの心境はご察しの通りだ。悩んでも仕方ないと無心となって先へ先へと歩を進める死神。そして、待望の瞬間とは唐突に迎えるものである。
「よう、出迎えかな?」
先ほどとはまた別の屋外に出た瞬間、ケルヴィンはそう言い放つ。冷静を装った口振りだが、この時ケルヴィンは両手を上げて小躍りでもしたい気持ちだった。何せ、目の前には人間の姿をしている者がいたのだ。
ケルヴィンが感じた第一印象はインテリ眼鏡、であった。黒髪をきっちりとオールバックに、下ろし立てのような執事服にはしわの1つも見当たらない。人差し指で押し上げられた眼鏡にはケルヴィンの姿が映し出され、まるで値踏みでもされている感覚に陥ってしまう。そして何よりも注目すべきは容姿が人間にしか見えないところだろう。悪魔である事を象徴する角や翼の存在を除いて、ではあるが。
「その通りでございます、ケルヴィン様。あちらに我が主、グスタフ様がお待ちです。ご同行、願えますか?」
「願ったり叶ったり、喜んで。と言いたいが…… 俺の事を知っているのか?」
「ええ。ケルヴィン様についてはグスタフ様と私に限ってではありますが、ベルお嬢様より伺っております。おっと、申し遅れました。私、悪魔四天王筆頭を務めております、教養担当のセバスデルと申します。どうぞお見知りおきを」
ケルヴィン、堪らずにガッツポーズ。
「……同行、願えますか?」
「あ、はい。お願いします」
そんなケルヴィンの奇行にも執事は動揺を見せない。この男、できる。
セバスデルの案内で魔王城の野外を歩いて行くと、とある塔へと到着した。アンジェとの密偵活動の際、魔王城と共に遠目に見たあの塔である。
「これぞ『試練の塔』。詳細経緯は省かせて頂きますが、グスタフ様と我が同志が以前より考案しておりました、ケルヴィン様が挑戦すべき道のりでございます」
「省くのか。で、この塔にグスタフが?」
「その通りでございます。グスタフ様は試練の塔の最上階でお待ちです。それでは、私はここで失礼させて頂きます」
「お、おい―――」
ケルヴィンが声を掛ける間もなく、セバスデルは消えるようにいなくなってしまった。思わず口角が上がってしまう悲しい性を背負いながら、どうやらケルヴィンはこの塔に挑戦しなければならないらしい。
「猛毒の試練、か…… ふふっ」
ワクワクしながら試練の名が記述された塔の大扉を潜るケルヴィンであるが、半ば目的を見失っているような気もしなくはない。




