第362話 鉄の巨人
―――グレルバレルカ帝国
シュトラとベガルゼルドの間合いを遮るように、ガシャガシャと大盾を携える25機のガード達が防衛陣を築く。その背後のコレットはミスティッククーガーの背へ横座りに、シュトラもゲオルギウスの肩に乗り込んだ。今、戦闘の準備は整った。
「あ、少々お待ちを。今お弁当とシートを移動しますので」
「………」
おかわりした弁当箱を完食したメルフィーナがシートの端を持ち、ズルズルと動かしていく。ある程度の距離まで離れると、よっこいしょとシートの上に正座。再びクロトからお弁当を出してもらい、水筒からカップにこぽこぽとお茶を注ぐ。
「お待たせ致しました。どうぞ、始めちゃってください」
雅にお茶を飲む女神様は一息ついて、漸く戦闘開始を促してくれた。律儀にその様子を待っていた3人は、メルフィーナの言葉を受け取り構え出した。
(締まらねぇ……)
(なるほど、私たちの力だけで倒して見せろ。そういう事ね、メルフィーナお姉ちゃん。かつてリオンちゃんに試練を課したように)
(流石はメルフィーナ様、いつも自然体でいらっしゃいます。詰まりはどのような状況であろうと、自分を見失ってはならない…… 神託、しかと受け取りました!)
(あら? こちらの卵焼きは醤油味ですか。弁当それぞれに違う味付けとは、粋な計らいをしましたね、エフィル……!)
各人の思いが交差する。まあ、兎も角――― 今、戦闘の準備は整った。
「纏めてかかって来なくていいのか? 観戦とは余裕じゃねぇか」
「そうね。確かにメルお姉ちゃんが手を貸してくれれば、こんな争いなんて簡単に解決してしまうわ。これはあくまで私たちの問題だもの。きっちりと自分でカタをつけないと、ねっ!」
シュトラの指先から無色の魔糸が動き出す。指の挙動からノータイムでガードは操作され、構えた大盾の隙間からガトリング砲を放ち続ける。
―――連射、連射、連射。ランスの内部にこっそりとクロトの小型分身体を潜ませたそれは自動で魔力を補給される為、魔弾の弾切れを起こす事はない。代わりとして砲身の冷却は必要とするが、連射時間を区切って交代交代で撃たせ続ければ何の不都合もなくなる。詰まりガードの砲撃を止めるには無数に降り注ぐ魔弾の雨の中を前進して妨害、または同様の遠距離攻撃で崩しにかかるしか方法はないのだ。
(……っ! 一発一発は貧弱なれど、この連射性は凄まじいな。侮っていたぜ、物量戦術。だがな―――)
ベガルゼルドの選択した手段は、前進。4本の腕のうち2本を顔を護るように前にクロスさせ、残る2本で拳を固めた。
「この程度の火力で何千発撃ちこもうとも、グスタフ様の一撃には遠く及ばねぇぜっ!」
そう叫んだベガルゼルドは前に走り出した。その屈強な肉体はガトリング砲から繰り出される魔弾を接触した傍から弾き飛ばし、平然とした表情のまま前進する。A級モンスターをもハチの巣にしてしまう連射を虫に刺された程度だと言わんばかりに、下手をすればそれ未満のダメージも通っていないかもしれない。
(思ったよりも、速いっ!)
巨体であるが故にスタートが遅いと踏んだシュトラであったが、その目算よりもベガルゼルドは数段速かった。出だしから最高速度に達したベガルゼルドは陣を張るガードの眼前へと一瞬で到達。その剛腕を大きく振り上げる。
「先に手ぇ出したのは、お前らだぜぇ!?」
「………っ!」
ケルヴィンが作り出した高水準の大盾が並ぶ陣へ、薙ぎ払うように拳を叩きこむ。まず直撃を受けたのは列の端にいたガードだった。ガードは大盾ごと押し潰されてしまい、そのまま真横に陣取っていた2体目、3体目と鉄拳は次々と騎士達を粉砕していく。4体目にしてガードの盾を大きく陥没させながらも拳は漸く止まり、半壊した盾がガードの手からズドンと落ちる。ベガルゼルドの初撃は威力を大分落とされながらも、シュトラの手駒を3機葬るに至った。
実のところ、最前線のガード達にはコレットが簡易的な結界を施していた。贅沢をいえば巫女の秘術を用いた結界を使いたいところだったが、魔力の残量を考えれば多用は厳禁だ。でなければ七色の虹の浮かぶ悲惨な未来しか見えない。結果的に破られはしたが、個々のガードに張った結界は確かに効果を発揮していたのだ。しかし、ベガルゼルドの攻撃を弱めた要因はそれだけではない。
(こいつ、何時の間に?)
拳を振るう瞬間、シュトラはベガルゼルドの腕と足に魔力で作り出した操り糸を絡めさせ、拳による攻撃の威力を激減させていた。シュトラの扱う『女神の魔糸』はメルフィーナが作り出した武器、というよりはマジックアイテムである。魔力を篭めれば篭めるほどに糸は伸縮性に富みより強靭に、モンスターを切断するまでに強力なものとなる。この時シュトラは本気で魔力を注いでいたのだが、糸はベガルゼルドの肌に深く食い込むはすれど、断ち切るまではできなかったようだ。
「頑丈だね、医者のおじさん」
「たりめぇだ! お前こそ、この糸は豆鉄砲よりかは効いたぜぇ!?」
両手両足に巻き付いた糸を物ともせず、ベガルゼルドは力ずくで動き出す。ガード5体が同時に放ったランスを丸太のような腕で受け止め、引き締められた筋肉は刃を薄皮一枚のところで硬直させてしまった。至近距離で撃ち続けられるガトリング砲も、皮膚の表面を僅かに焦がすばかりで効果は望めそうにない。
「無駄だ無駄だっ!」
次に打ち込まれたベガルゼルドの拳に、ガードが更に3体破壊される。シュトラの操り糸による妨害、コレットの補助魔法は今も継続している。だが悪魔四天王は守護する騎士を倒しながら、着実に彼女らのもとへ近づいていた。
「おうおう、上に立つもんは資源を無駄にしねぇんじゃなかったかぁ!? どうするよ、シュトラぁ!」
「―――無駄にしてないもんっ!」
「あん? ―――っ!」
ギギギと押さえつけられ、ベガルゼルドの体が停止する。自身の体を一瞥したベガルゼルドの目に映ったのは、ついさっき潰したガードの中から大量の糸が溢れ出し絡まる異様な光景。シュトラの操り糸を補強するかのように、再起不能となった筈のガードは次々と糸を放ち出した。
「このゴーレムは私仕様なの。中身には私の魔力で練った毛糸を詰めて、どんな状態でも無駄なく戦い、無駄なく機能してくれるのよ。こんな風に」
絡み付く糸に併せて、粉砕されたガードの騎士鎧の欠片がベガルゼルドに貼り付いていく。
「ギッ……! この野郎、鎧の裏にっ……!」
ここにきて初めてベガルゼルドが苦悶した。それもその筈、ガードの騎士鎧の内側には鋭利な大棘が仕込まれていたのだ。大棘はどれもがケルヴィンが鍛え抜いた、最高の貫通力を持った一品ばかり。バラバラとなったパーツが糸によって一か所に集まる様は、見方を変えればとある拷問具にもよく似ている。
「私を忘れてもらっては困りますよ」
死角となるガードらの背後から飛び出すは、召喚したミスティッククーガーに騎乗したコレット。獅子の石像は獲物を見定め、口に備えるその牙で雁字搦めとなったベガルゼルドの首元を切り裂いた。
「……っ! 俺に傷付けるたぁ、そのガーゴイルも普通じゃねぇな?」
「無敵の盾も転じれば無敵の矛に変わります。私だって攻撃手がない訳ではないのですよ?」
コレットは巫女の秘術の1つ、ケルヴィンの大鎌でもなければ破壊不可とされる聖堂神域を、ミスティッククーガーの牙のみに纏わせていた。結界のサイズを調整するのは案外難しいもので、それだけでも熟練の技術が必要とされる。それも今回使用したのは特に制御の困難なS級相当の結界だ。牙の形に合わせて纏わせるなど、並々ならぬ才能と努力の賜物があったからこその技であった。しかし一度具現化させてしまえば、それは絶対に破壊されない不折の剣となる。
「なるほど、なるほど……! クックック、そうか。認めてやる、お前らは兵だ! 大人気ねぇが、俺も奥の手を使わせてもらうぜぇ!」
ベガルゼルドの三つ目が怪しく光り、4つの拳にも同様の輝きが渦巻き出す。
「形態解放ッ!」
書籍版の重版が決定致しました。
詳細は活動報告にて。




