第359話 軍師と聖女
―――グレルバレルカ帝国
場面は変わりメルフィーナ班へと移り変わる。ここはグレルバレルカの城壁外、広々とした平地。ケルヴィンらがグレルバレルカの中枢へ突破を仕掛けた後も、紅のゴーレムは流れ出るようにそこらかしこから出現していた。魔都周辺の清掃を任されたメルらの戦いの火蓋が切られ、この辺りは戦争宛らの様相だ。
複数のゴーレムとゴーレムの戦い、さりとてどちらも騎士や戦士を精密に模している為に本物の軍隊同士が争っているようにしか見えないのだ。騎士のゴーレム、『ガード』と呼称される25機のシュトラの駒は、個のポテンシャルでいえばA級程度のものでしかなく、魔都を護る亡霊ゴーレムに大きく劣る。頭数だってそうだ。最低でも倍以上はいるであろう亡霊に対し、シュトラは常に劣勢状態にいた。
(1番から5番は射撃で敵さんの誘導を継続、手の空いた17番を少し突出させて釣って―――)
お気に入りの場所の上にて、シュトラは脳を最大限に回転させ続ける。これまで修めてきた戦術を駆使し、コンマ刻みに変わりゆく戦場を完全に掌握。1対1で勝てないのならば3体で当たり、そうなるよう環境を構築する。常人であれば当に脳のキャパシティを越えてオーバーフローを起こしてしまうであろう処理能力で、全てのガードは十全なる精鋭となっていた。
シュトラの用いるガードはケルヴィンが屋敷の警備に当たらせている通常のゴーレムとはかなり異なり、自身の持ち物となってから彼女好みに改造されている。その1つが関節。通常のゴーレムは自動で動く為に、人間に近しい動きをベースにして滑らかに動けるようプログラムされているのだが、シュトラのガードは彼女の『操糸術』によるマニュアルで操作されるので、そういった制限が取り除かれている。よって関節部が普通の倍以上に細かく取り付けられ、各所があらゆる方向に曲げる事が可能とやりたい放題となっている。これを自動で動かすとなれば歩行させるだけでもケルヴィンが頭を抱えてしまうほどの難問であり、シュトラだからこそ使用可能なシュトラ仕様のオーダーメイド品なのだ。
(14番、21番で砲撃)
背を向けていたガードの上半身がぐるりと180度回転し、ランスに内蔵されたガトリング砲で他のガードと組み合っていた敵に不意打ちを浴びせる。広い視野で盤面を見渡すシュトラ、そして全方位に対して瞬時にオーダーを遂行するガードが組み合わされば、ほんの僅かな隙も大きく付け入るチャンスとなる。亡霊ゴーレムの連携は軍に通じるレベルにあるが、シュトラのガードはそれ以上に群を抜いていた。
「メル様、よいのですか? シュトラちゃんに加勢されなくても……」
遠巻きに戦局を眺めていたコレットが、不安そうに傍らのメルフィーナに問い掛ける。今のところ危なげのない戦いが続いているが、相手は明らかに強敵。大好きな親友が1人でそんな状況に立ち向かっているのだ。心優しき聖女は心を痛めているのだろう。
「問題ありませんよ。それに、他に比べ実践経験の浅いシュトラには丁度良い機会です。S級相当のモンスターがこうポンポンと出てくる事なんて、そうそうありませんからね」
「仰る通りです! ああ、シュトラちゃん。なんて羨ましい…… 私もメル様のメル様による甘美なる試練を受けて、この信仰心を捧げたい…… ハァハァ」
「そ、そうですか……」
―――心優しき聖女は心を痛めているのだろう。
「それにしても、ケルヴィン様の召喚はやはり格が違いますね。ボガ様とクロト様を立て続けに召喚された時など私、感動のあまり失神してしまうかと思いました。何とか踏み止めた自分を褒めたいくらいです」
「代わりに口からも涙が溢れていましたけどね…… コレット、貴女はデラミスの巫女なのです。何時如何なる時に信徒の目があるか分かりません。幸い今のところ本性を晒してしまったのは理解のある方々ばかりでしたが、万が一があってはなりません。確固たる意志で己を抑制する術を身に付けるべきですよ」
「ああ、なんとありがたきお言葉……! 私、全身全霊を捧げて全う致します!」
コレットはその場に跪き、神に祈るようにして誓いを立てる。ただ、その表情は大変高揚していて本末転倒であった。メルフィーナはそんなコレットの様子に眉間を押さえる。
(私としてはシュトラよりもコレットの方が心配です。既に数度吐いて鼻からの出血もありましたからね。正直、いつ失神してもおかしくないです。あなた様、この配置はちょっと失敗だったかもしれません…… まあ―――)
メルフィーナは再びコレットに視線を向ける。すると彼女はメルではなく、シュトラの方へ顔を向けていた。少ししてガードと亡霊ゴーレムが戦っていた戦場に、何者かが飛び込んで来た。
―――ズゥン!
「くうっ……!? 退避っ……!」
大きな着地音と巻き起こる土煙。それをきっかけに、シュトラと敵のゴーレムが各々の陣地へと戻っていく。その場に残るは倒された数十体のカーディナルレイジの残骸、そして突如現れた土煙の中に潜む大柄な影のみ。
「よくない気配を感じます。メル様、シュトラちゃんに助力するのをお許しください」
立ち上がったコレットの顔には、先ほどまでの有様は微塵も見られない。毅然とした、国を背負う聖女の姿がそこにはあった。
「……許可します」
小さく息を吐いたメルフィーナは、コレットをシュトラのもとへと送り出す。
(―――肝心な時はしっかりしているんですけどね、貴女は)
召喚したミスティッククーガーの背に乗ったコレットが前線へ向かうと、シュトラはガードに盾を構えさせて陣を敷いていた。土煙は早くも晴れ始めている。
「ああん? おいおい、女子供しかいないじゃねぇか。お前ら、こんな奴らに苦戦してたのかよ! ったく、ベルのお嬢の命令とはいえ、こんなガラクタに警備させんのはやっぱ間違いだったよなぁ」
豪快な声の持ち主が姿を現す。一言でいえば、それは4本の腕を持つ三つ目の巨人だった。かつてリオンが紋章の森で戦った巨人の王と比較すれば小さくはある。だがその肉体は別次元のものであり、男の放つ殺気が痛いほど肌に感じ取れた。
「シュトラちゃん、大丈夫?」
「私とガードは今のところ損傷なし。だけど、これ相手に無傷は辛いと思う」
「それなら私がフォローに回ります。油断なきよう」
「うん!」
「おいおいおいおい、本気で俺様と戦う気かよ。止めとけ止めとけ。女子供を殴る趣味はねぇんだよ。そんなだせぇ趣味はねぇんだよ。ここは悪魔の私有地だ、大人しく回れ右して帰りやがれ。さもねぇと食っちまうぞ」
シッシッと手を払う巨人の悪魔。態度は悪いが、どこかシュトラはこの悪魔に兄の姿を重ねてしまう。悪人顔でバトルマニアっぽいからだろうか? ただ、妹とかいたら大事にしてそうだな、と感じた。
「そうはいきません。私たちの目的の為、ここは制圧させて頂きます」
「ほう、目的ときたか! で、そいつぁ何だ!?」
「己を高める試練の為、詰まりは経験値稼ぎです!」
「ええっ!?」
コレットの回答に思わずシュトラが驚いてしまう。そんな目的だったっけ!? と。
「ヒソヒソ(ご安心を、敵を欺く偽の情報ですよ)」
「ヒソヒソ(そ、そうだよね。突然だったから吃驚しちゃった)」
シュトラは嘘を見抜けなかった自分に反省しつつも、コレットに感謝した。これほど頼りになる親友が隣にいてくれる事に。まあ、それが真に嘘かどうかは神のみぞ知る事である。
「なるほどな。か弱い女子供かと思えば、高みを目指し己を鍛える猛者だったのか。クックック、見抜けなかった自分が恥ずかしいぜ。前言撤回だ」
悪魔は何かを悟ったかのように不敵に笑い、まんまとコレットの言葉を信じてしまったようだ。後方のメルフィーナは微妙な顔をしている。
「それならどうします? このまま去って頂けますか?」
「いんや、そいつは勿体ねぇ。こんなグスタフ様に似もしねぇガラクタに任せるたぁ勿体ねぇ。てめぇら、絶対手ぇ出すなよ! ここは1つ、この俺様が直々にぷちっと潰してやるからよ!」
悪魔は4本の腕を大きく広げるように構え始める。身長以上に大きく見える悪魔を相手に、シュトラとコレットも臨戦態勢をとった。
「悪魔四天王及びお嬢の健康管理担当。この医術を極めた大悪魔、ベガルゼルド様がなっ!」
(……お医者さんだったんだ)
(……お医者様だったのですね)
悪魔は意外と理系だった。