第353話 ケルヴィン邸の武装メイド
―――パーズ冒険者ギルド
ケルヴィンが携帯型転移門を使ってから3時間が経過した。当初の予定ではその機能と安全性が確認でき次第、ドクトリアの仮拠点へ直ぐに戻る筈であった。だがいくら待てどもケルヴィンと、後にパーズへ向かったエフィル達が戻る様子はない。念話を飛ばそうにも返ってくるのは『あと少し』という一言のみ。メルフィーナと赤ムドが帰って来てからも状況は動かず、シュトラやリオン、コレットまでもがトランプで遊び始め暫く経った頃、待ち切れなくなったジェラールと糖分の切れかけたムドファラクは迎えに行く事を決意。クロトの保管からケルヴィンのギルド証を取り出し、携帯型転移門をパーズへ繋げてゲートを潜るのであった。
「まったく。転移門を試すのも良いが、帰ってくる気配がまるでないではないか。王は何をしておるのだ!」
「恐らくエフィル姐さんのすいーつを独り占めしている。きっとそう。絶対そう」
「そうじゃ、独り占め――― む? あのまま待っておればワシ、リオンとシュトラの楽しむ様を独り占めできたのでは…… ムドよ、ワシ戻っていい?」
ジェラールの決意、崩壊。
「駄目、転移門の多用は厳禁。これ以上口直し用の甘味を摂取する時間が遅れたら、著しく狙撃の精度が落ちる。エフィル姐さんの一投必中の教えは絶対」
「その教え、エフィル個人の心掛けじゃろうて。まあ、確かに長引けば姫様の機嫌も悪くなるじゃろうしなぁ。ああ、我が桃源郷が遠のいていく……」
「ジェラール様、私で我慢するといい。外見は似たようなもの。よし、解決。このロリコンめ」
「違う、違うから! あくまで可愛い孫を愛でるお爺ちゃん目線じゃから!」
そんな風に賑やかにギルドから出て行く2人。転移門の許可を出したギルド長のミストは、その後ろ姿を見送りながら苦笑い浮かべていた。
(ケルヴィンさんのパーティに新しく加わったあの子、私の鑑定眼じゃステータスが分からないけれど、絶対に人外の類よね。これまでの傾向的に…… 冒険者名鑑、また更新の申請しなくちゃかしらね)
短いスパンで次々と加わる規格外の実力者達。アンジェとダハクの二つ名が決定されたばかりであったが、あの子にもそのうち名付けられるんだろうな、とミストは確信じみた予感を覚えていた。
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―――ケルヴィン邸・地下修練場
燃え盛りながら宙を駆ける2対の爆葬竜。その炎の竜を壁代わりにと壁蹴りを繰り返し、不規則な軌道で竜と共に飛ぶリュカ。どの視線の先も捉える者は同様、黒ローブを纏ったケルヴィンである。ただし、黒杖は持たず素手の状態で飛翔を駆使していた。
「上空の相手にも対応可能か。ますます腕を上げたじゃないか」
「涼しい顔してそう言われても、あんまり実感できないよ! ご主人様!」
「やはり、メイド長のようにはいきませんね……」
投擲されたクナイを棟部分でキャッチしながら褒め続けるケルヴィン。以前よりも数段正確に、かつ素早くなったリュカの投擲であるが、こうまで易々と処理されてしまっては立つ瀬がない。エリィも爆葬竜を同時に複数操作できるようになったりと、着実な成長を見せ付けた。が、見せ付ける相手が相手なだけに、自らの自信にいまいち繋がっていないのだ。
「……王よ、何をしておる?」
配下ネットワークの位置情報を頼りに、真っ先に屋敷の地下修練場にやって来たジェラールがケルヴィンに声をかけた。
「ん? おお、ジェラール。来てたのか。悪い、リュカ達との模擬戦に夢中で気が付かなかった」
ジェラールとムドファラクの姿を確認したケルヴィンは、戦いを中断して地上へと高度を下げる。それに合わせてエリィは炎の竜を解除し、リュカも修練場の高所から跳躍して音もなく着地した。
「いやさ、エリィとリュカが進化したって言うから、実力がどれほどのもんか直に見せてもらってたんだ。聞いて驚け、今の2人ならS級モンスターも十分対応可能だ」
「―――真かっ!?」
我が子の成長を喜ぶように、年甲斐もなくはしゃぎ出すジェラール。本人達よりも喜んでいるのはどうかと思われるが、彼はそういう質なのだ。ここまで来ると治し様がなく、付き合いの長いケルヴィンは疾うの昔に諦めている。
しかしながら2人が強くなった事は嘘ではない。ステータス面は勿論、新たに付与された固有スキルもその一翼を担っている。
特にリュカの『把捉の箱庭』は自らのテリトリー内のありとあらゆる様子、事態を自在に捉えられるという、言わば限定的にではあるが全ての察知スキルの頂点に位置するもの。『テリトリー=慣れ親しんだ仕事場』といった図式になっている為、屋敷内外の一定の箇所でしか使えない制約が玉に瑕ではあるが、それでも暗殺道の達人とも呼べるアンジェが泣いて欲しがるまでの一品なのだ。リュカがいる限り屋敷への何者の侵入も即座に暴かれ、また彼女に対する不意打ちも通じない。ちなみにケルヴィンは流石にプライベートな場所は能力を解除してくれと、各々の私室のみは能力の対象外にするよう懇願していた。
エリィの方は戦闘用ではないが、強力な事に変わりはない。『メイドの神髄』は自身の使用人に関するスキルを一段階向上させるといったものだ。ジェラールの装備を強化する固有スキル『自己超越』のスキル版と例えれば分かりやすいだろうか。『従人』となってそれ系統のスキルレベルの向上に必要なスキルポイントが極端に少なくなった事もあり、エリィのスキルにはS級から更に強化されたそれらが並んでいる。スキルレベルに関してだけ言えば、エリィはエフィルをも上回っているのだ。過去にエフィルが持っていた称号である『パーフェクトメイド』を所持している事実からも、彼女がその域に達している事が読み取れるだろう。
「見事、見事じゃー!」
「あはは、お爺ちゃんやめてよー」
ジェラールは小柄なリュカを両手で掲げ上げ、その場でぐるぐると回転しながら祝福する。やや離れてエリィも楽し気にその様子を眺めていた。ところがそんな穏やかな雰囲気をぶった切るように、ムドファラクが冷ややかな口調で言葉を発した。
「主、甘味はどこ? 素直に吐いてほしい」
指を銃に見立て、ケルヴィンに突き付ける赤ムド。指先にはしっかりと魔力が宿っている。
「は? えーと、少なくともここにはないけど」
「姐さんの甘味を独占するのは大罪。主といえども許しておけない。覚悟」
長い長い歴史にあるこの世界においても、竜王が菓子欲しさに強盗紛いの行動に出たのはムドが初の快挙だろう。トリックオアトリートどころの話ではない。デッドオアアライブ、目がマジだ。
(……なるほど。竜王になったとはいえ、ムドは竜としてまだ子供。喜ぶリュカの姿に感化されたか。ムドめ、俺とじゃれ合いたいと見た!)
カッと目を見開き悟る死神。親しい者であればこんな行為をも好意的に取ってしまうのは、戦闘狂の悲しい性か。やがて死神はペットと戯れるように、甘党スナイパーは竜化も辞さないとばかりに戦闘を開始。模擬戦の休憩がてらにとエフィルが作って来た香しい菓子が到着するまで、激戦は続いたという。
ケルヴィンとムドファラクの和解が無事(?)済んだところで、いよいよ一行はドクトリアへと戻りセラの故郷、魔都グレルバレルカへの出発に取り掛かるのであった。




