第36話 魔人闘諍
黒き魔力は徐々にビクトールの身体を侵食し、別の形状を形作っていく。特撮やアニメであれば黙って変化を待つのだろうが、別に俺が待つ必要はない。容赦なく攻撃を仕掛けるとしよう。
『ご主人様、今の内に!』
弓を構え、携えた矢にエフィルの炎が竜の頭を形作っていく。よし、エフィルも俺の考えを汲んでくれているようだ。ジェラールは一足先に空顎を飛ばし、自らも駆け出している。次いでクロトがジェラールの後を追う。俺は魔力を練り上げ、未だ変化途上であるビクトールに矛先を向ける。
『地表爆裂!』
『多首火竜・第一竜頭!』
地表に亀裂が走り、その刹那、地面が爆発し地形が変動を起こす。それだけでも平時であれば大事なのだが、B級緑魔法【地表爆裂】により鋭く裂けた大地が、喩えるならば獲物を噛み砕こうとする大型モンスターの牙の如くビクトールに襲い掛かる。
エフィルにより放たれた矢は炎の竜を纏い、まるで意思を持つかのように獲物を探す。その姿は西洋のドラゴンと言うよりは、東洋の龍のような蛇状の姿をしている。この多首火竜は独自に感知能力を持ち、モンスターを自動追尾する応用の利く技だ。エフィルによりマニュアルでも操作することができ、攻撃面・防御面両方において活躍が期待できる。ただし、出現中は常にエフィルの魔力を消費し続ける為、その辺りの工夫は必要だ。炎の竜はビクトールの周囲をゆっくりと飛翔する。
大地の牙がビクトールの足を噛み潰し、更には空顎が切り刻まんと飛来、真上には炎竜。真っ当なモンスターにとってすれば絶望的な状況でだろう。
『……コンマ数秒遅かったか』
地表爆裂をものともせず、奴は立っていた。魔法の効果か、全身を魔力で出来た黒の鎧に包まれ、その姿は先程までよりも一回り大きくなっている。失った筈の両腕の付け根からは黒塗りの強靭な腕が生えており、明らかに体格とは不釣合いなでかさだ。
一見鈍重そうなその腕で、なんとビクトールは不可視である空顎を裏拳で弾いて見せた。斬撃は進行方向を直角に曲げ、ビクトールの真横に沈んでいく。
『空顎を弾くじゃと!? それに何じゃ、あの巨大な腕もさっきの魔法で生み出したのか?』
『ジェラール、忠誠スキルを全開にしとけ』
『……良いのか? 数分しか持たんぞ』
『それだけアレは危険そうだ。あっちも短期戦狙いだろうしな』
ジェラールの固有スキル『忠誠』はステータス上昇タイプのスキルだ。その効果は一時的で、自分の主に対する忠誠が高ければ高い程、効果も高まる。今の俺に対するジェラールの忠誠がどれだけのものかを測ることはできないが(そもそも王でもないし)、ここは使っておいた方が良い。
「クフフ、それでは最終ラウンドと行きましょうか」
「ああ、全力で来いよ」
ビクトールが一歩踏み込む。そこで一瞬溜めを作ったかと思うと、猛スピードで跳躍。弾丸のようにこちらに迫って来る!
『ジェラール、緊急防御!』
急停止したジェラールは戦艦黒盾を流れるように構え、防御体勢を一息で整える。
「ええ、全力でいきますとも!」
飛来するビクトールは空中で回転し、全身を包む鎧をも伸縮させ、巨腕を横薙ぎに飛ばす。その範囲は部屋全体に当たる。
『あの野郎、一気に俺達を全滅させる狙いか!』
反射的にケルヴィンは自身の中で最短で展開できる防御魔法である、絶崖城壁を唱える。S級の本気の攻撃に対し、効果があるとは思えない。だが、やれることはやっておきたかった。
『ジェラール、貴方が受け切れなければパーティは崩壊します。全身全霊で耐えてください』
『全く、姫様も人使いが荒いのう!』
グオンと禍々しく風を切り、衝撃で大地を抉りながら迫る漆黒の塊。展開された絶崖城壁に直撃する。予想通りの結果だが、絶崖城壁は粉々に砕かれ、一瞬にしてその姿を消してしまった。対して、ビクトールの攻撃が弱まる気配は全くない。そして、パーティの先頭に立つジェラールと相対し、漆黒の巨盾と、これまた漆黒の巨腕がぶつかり合う。
忠誠スキルをフルで使うジェラールは、全ステータスが一時的に上昇している。この戦いで幾度もビクトールの攻撃を防ぎ切ったジェラールは、この攻撃をも防ぐ自信、パーティの盾としての自負があった。ましてや忠誠スキルまで使った最高の状態、主の魔法による補助まであるのだ。
『ここで負けて、何が騎士か!』
衝突する瞬間、ジェラールはシールドバッシュを絶妙なタイミングで放った。これ以上ないと思われる会心の一撃。一度目と同様に、再び敵を吹き飛ばすイメージが再現されるほどであった。
―――だが、しかし、理想は現実に塗りつぶされ、悪魔が呟く。
「それは余りに軽率ですよ」
受けたのは激しい衝撃。ジェラールが絶対に放すまいとしていた戦艦黒盾は、気が付くとその手にはなかった。再現されたイメージとは逆に、衝突と共に戦艦黒盾は損傷し、弾き飛ばされてしまったのだ。攻撃を見誤った致命的な隙。心眼スキルによる一瞬の時間を限りなく引き伸ばされた思考の中で、ジェラールは眼前に迫る死を目にする。
『ジェラールさん! 諦めないでください!』
意思疎通によるエフィルの声に、ジェラールは気づく。己の横を多首火竜が通り過ぎるのを。向かう先は当然―――
『一緒にいきますよ!』
『そうじゃな。まだワシにはやるべきことがある。まだ……』
大剣を両手に持ち替え、ジェラールは咆哮をあげる。
「まだ…… ここからじゃああぁぁぁぁ!」
多首火竜が喰らいつき、剣術の全てを賭した全霊の一撃を御見舞いする。深紅の外装の効力により、付近にいるジェラールには多首火竜によるダメージはほぼない。その攻撃はビクトールの黒腕を断ち切るには至らず、ジェラールは倒れこみ、反動で多首火竜は散り散りになって消失してしまう。だが、黒腕を押し返すことに成功した。
『まだだ、奴自身が来るぞ!』
喜びも束の間、戦闘はまだ続いている。跳躍したビクトールは一瞬バランスを崩したようだったが、それでも尚、伏したジェラールに接近中なのだ。おそらくジェラールは動けないだろう。
『第二竜頭!』
矢継ぎと魔力を練り終えたエフィルが、2体目の多首火竜を放つ。放出された竜は一直線に悪魔へと向かっていく。
「諦めが悪いですねぇ!」
ビクトールが繰り出すは唯の正拳突き。異様なのは足場のない空中で打ち放たれ、伸縮によりリーチが無制限にあること。ボウッ! っと拳を突き出した音とは思えない響きと共に、多首火竜に差し迫る。
「ああ、勝つ自信があるからな!」
正拳突きは多首火竜を捉え、再び粉々に打ち砕く。だが、その瞬間に多首火竜から何かが飛び出してきた。
(これは…… またスライムですか?)
そう、現れたのはクロトの分身体。エフィルの肩に乗っている本体が、もう一体分の分身を生み出したのだ。ステータス面で劣るこの分身体だが、扱えるスキルは変わりない。つまり、保管に収容しているアイテムも出し入れ自由だ。
『食らわせてやれ、クロト!』
保管から放出されるは呪われた武具の数々。要は俺が鍛冶で作ってしまった失敗作達だ。武器自体は強力なのだが、下手に装備してしまうと呪いがかかってしまい、売るに売れない困った品物…… だったのだが、ならばとクロトの飛び道具として使って貰うことにした。保管に入れるだけならクロトは呪いにかからないのだ。
ミニサイズのクロトから至近距離で飛び出され続ける呪いの嵐。伸縮する腕を引き戻す僅かな間、奴は無防備。鑑定眼で覗くまでもなく、奴は何らかのバッドステータスになったようだ。その証拠に……
―――バリン!
ビクトールの黒腕と、全身を囲っていた鎧が砕け落ちる。
『―――煌槍』
即時に繰り出す魔法は最速の槍。B級白魔法【煌槍】。これに合わせて大型分身体クロトが超魔縮光束を、エフィルが極炎の矢を放つ。
「クフ、私の、負けですか……」
3本の線がビクトールを貫いた。




