第344話 密偵から殲滅へ
―――グレルバレルカ帝国
「グゥララァアアーー!」
哮り立つは緑色の鱗を持つ蜥蜴型モンスター。地上でいうところのリザードマンに酷似した外見を持つ蜥蜴の群れであるが、その実似ているのはそれだけで、身体のサイズや屈強さは段違いに上回っていた。恐れを知らぬ獰猛さは仲間を倒したところで止まらず、剣や槍といった様々な得物を高い技術を用いて振るう。群れの中には司令塔を担う個体もいるようで、統率された動きは本物の軍隊かと勘違いしてしまうほど。鑑定眼で見るに、彼らの名はマリスガリスンリザード。表す意味合いは知らないが結構凄そうな名前だ。実際、A級モンスターほどの力量はありそうだ。それも上位。
『アンジェ、増援5匹がそっちに行ったぞ。槍3、弓1、杖1だ』
愚聖剣クライヴで蜥蜴を斬り裂きながらも、並列思考は常に動かし状況を探る。察知能力に優れるアンジェならば余計な世話かもしれないけど、コンビで戦うにはまだまだ俺たちは発展途上なのだ。色々試して損する事はないだろう。
『また? もうすぐ大台に乗っちゃうくらい、穴倉から際限なく出てくるね。司令塔のマリスガリスンコマンド、やっちゃう?』
『待て、それはもったいない』
『そう言うと思った。りょーかい、ゆっくり丁寧に刈り取ろっか』
アンジェはダガーを片手に槍を構えた3匹に突貫する。全く本気のスピードではないとはいえ、常人には風が通り過ぎたかと錯覚してしまう程度には速い。恐らく蜥蜴達には視認できていないだろうが、どうも彼らは勘が良いらしい。本能的にか、危機感を覚えてか、兎も角突き出した槍の向かう先にはアンジェがいたのだ。
『あ、結構良質な武器を使っているね』
尤も、当のアンジェは突き出された3本の槍を値踏みしながら躱していた。そして直後に足元に転がるは――― 別にここは解説しなくてもいいかな。まあいつもの結果である。後衛に控えていた弓使いと魔導士らしきマリスガリスンリザードは、仲間の死を見越してか既に攻撃態勢を整えていた。司令塔の指示か、仲間ごと攻撃する腹積もりだったんだろう。が、放たれようとしていた矢と魔法が彼らの指先から離れると同時に、自らの首をも胴体から切り離す結末を迎えてしまったようだ。はて、暗殺者とはこんな真正面から戦う職業だっただろうか?
『ケルヴィン君。新たに10匹――― わ、大盤振る舞いだね。一気に30匹も投入するみたいだよ。そろそろ魔法使っちゃう?』
『一網打尽にするにはそれが最善なんだろうけど、この程度の相手なら白兵戦で十分だ』
押し寄せる増援部隊に挨拶代わりの蹴りを食らわし、そのまま火中に舞う。アンジェの指摘通り、敵を殲滅するだけであれば魔法を使用した方が圧倒的に手早く済む。ステータス的にも筋力や耐久で劣る俺は前衛向けではないからな。
しかし、しかしだ。この後に控えるは魔王の亡霊。もしかすれば、俺の予想が当たっていれば、それはセラの父である前魔王グスタフだ。仮にそうであったとすれば、セラとの関係を報告した際に殴り合いのガチバトルに発展する可能性大なのだ。要するに、これはその時に備えての予行練習でもある。能力が及ばないのなら、実戦で地力の技術を磨くしかないからな。少しでも鋭く、僅かでも糧とする為に。
『うん、それは見た感じ分かるけど…… モンスターの群れと接敵してからそろそろ数十分かな。結構な騒ぎになっちゃってるけど、隠密行動はいいの?』
『無音風壁を張ってるから、音以外で目立たない限り問題ない』
『用意周到だねぇ。でもね、ケルヴィン君』
『何だ?』
『今は私との殲滅活動中だよ?』
黒衣の袖からジャラジャラと鎖を取り出すアンジェ。あれは何時ぞや俺と共同開発した起爆符付縛鎖剣の鎖じゃないか? 鎖に取り付けられたのは剣や起爆符ではなく、拳大の大きさもある分銅。お、おい、まさか……
『合言葉は速やかに、効率的にっ!』
グォンと風を切る、というよりは引き裂く爆発音にも似た轟音と共に放たれる2本の鎖。先導する鉄塊がモンスターに触れれば、それらは無残にも砕かれ、抉られ、四散していく。アンジェは袖下から鎖をコントロールし、超重量級の分銅を距離制限なしの鞭を扱うようにして死骸の山を築いていった。瞬く間に蜥蜴の軍勢は瓦解。奥にいた筈の司令塔、亜種族のマリスガリスンコマンドの頭蓋もとうに砕かれおり、アンジェは止めとばかりに彼らの巣穴の中に2つの分銅を放出。叩き付けるようにして巣穴を急襲した猛撃にとって、出入り口を叩き潰すなど造作もない事である。
『うん。投擲の速さはクナイに劣るけど、容易に当たる相手ならこっちのがいいかな? 名付けて『粉砕沈子』! 実戦でも十分使えそうだね!』
『お、俺の練習台……』
首を狩り落とすのは惨いものだが、これはこれで凄惨な光景である。死屍累々、ああ、死屍累々。暗器にしてはデカいし重過ぎる気がする新暗器によって、俺の企みはご破算となってしまった。
「ケルヴィン君」
分銅に付いた鮮血を振り払い、黒衣の袖中に鎖を戻したアンジェが俺に振り返る。そして念話ではなく、実際の声で呼ばれた。
「いつもなら許しちゃうけど、流石の私も殲滅活動中に他の女の人の、それもお父さんとの挨拶の事を考えられちゃうと嫉妬しちゃうよ? やきもち焼いちゃう」
清々しい笑顔を携えながら、片手にもダガーナイフを携えるアンジェ。いつの間にやら距離を詰められ、俺の首には刃物を模った猛毒が当てられていた。頑張れ、女神の指輪さん超頑張れ。
「き、気を付けます……!」
「うん、よろし」
超一流の密偵はそんな事も可能にしているのか、どうやらアンジェは俺の心をいち早く読み取っていたようだ。心を読むのはメルフィーナだけにしてもらいたい。
とまあプチ修羅場を乗り越えまだ五体満足な俺。アンジェと共に首都を目指す途中、さっきの蜥蜴の集団のようにモンスターとのバトルになる事も多くなってきた。
「グレルバレルカに入ってから、出現するモンスターが強力になった気がするな。これ、魔王の亡霊が出るまでもないんじゃないか? 出くわすモンスターだけで、侵入した大抵の奴らは撃退されるだろ」
「前魔王といえども、やっぱりその本拠地だからかな? あと、普通はあんなモンスターの集団に突撃する人はいないと思うな」
「ははは、人として当然の行為だよ」
誰にだって自分を抑えられなくなる時があるものだ。食べ物を前にしたメルフィーナ、台所を前にしたエフィル、孫を前にしたジェラール然り。
……いや、時と場合によっては皆抑えるからな? たぶん。
「ハァ、まあいいや。そんなケルヴィンを好きになったのは私だし。あ、さっきの話の続きって訳じゃないけど、ケルヴィンはコレットを迎えに転移門で一度デラミスに戻ったんでしょ? その時に孤児院で反魂者、エストリアにセラさんのお父さんについて聞かなかったの? 生き返らせたか分かると思うけど……」
「ああ、聞いてきたよ」
「聞いたんだ!? ど、どうだったの?」
とは言っても、エストリアの話を聞いて確証を持った訳ではない。なぜなら―――
「俺もそう思って孤児院のエストリアに会ったんだけどさ、正直本当の話か微妙なところだ」
「反魂者が嘘を付いてるって事?」
「いやさ、その、何というか…… エストリアさ、シスター・リーアとして板が付いてしまったんだ」
「へ?」
「要するに、妖艶な吸血鬼からドジッ子シスターへ完全にクラスチェンジしてた。精神的な意味で」
「……そ、そっかぁ」
行き過ぎた演技派エストリア。以前であれば妖艶な姿が精神の基本骨格だったのだが、今はすっかりシスター・リーアとして生まれ変わってしまっていたのだ。グスタフについての情報提供は快く受けてくれたが、あの状態のエストリアは信用して良いのか逆に分からない。だってさ、「たぶん~」「恐らくは~」「きっと~」なんて言ってる本人が確証を持っていないんだ。シスター・アトラの護衛、大丈夫かな……