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第330話 姫王の実力

 ―――トラージ・紅社の竜道


 赤と青の軌跡が湖上を乱舞する。烈々たる大剣の猛撃を絶え間なく繰り返すエマと、退き気味になりながらも巧みに操る薙刀で受け流すツバキ。時折攻守は逆転し、その後また反転する。炎と水が混じり合う度に凄まじい蒸気が周囲に広がって視界を閉ざすが、2人にとってそれは些細な事なのだろう。白煙の中で光り合う2色の煌めきが止まる様子は見られない。


 戦いの最中、怒りはあれど冷静でもあるエマは違和感を感じていた。国王たるツバキが、S級冒険者であるシルヴィアと同等の力を持つ自分と互角に打ち合っているのだ。言葉でいうのは簡単であるが、人の目に映らない速度で行われているこの戦闘は異常なのである。


 一般的な視点で化物クラスに分類されるエマは、人の実力を見極める力にも長けている。これまでエマは幾度となくツバキと会う機会があったのだが、その際にツバキからはプレッシャーのようなものは感じ取れなかった。しかし、今この時になって肌で感じるのは、明らかに異彩なものであり、明らかに異様だった。


(実力を隠していた……? ううん。ツバキ様は王としての風格はあったけど、それは戦いの猛者としてのものではなかった。じゃあ、これは一体―――)


 大剣より放たれた爆炎が分厚い水弾に阻まれ、打ち消される。近接戦闘もそうだが、運用する青魔法までもがトップのそれ。更にいえば、未だ様子見の域を出ていない余裕さえ見受けられる。


 ―――ギィン!


 刃物同士が打ち払われる音が鳴る。次いで白き霧が晴れた時、2人は自ずと距離を取って静止していた。


「おっそろしい得物を振り回すものじゃ。その大剣、防ごうにも並な武器では簡単に溶解されてしまう。妾の持つ『水天ノ一振』とて、再生を刹那に重ねて逸らさなければ危ういところじゃったよ」

「ツバキ様こそお人が悪い。水と刃物の両方の性質を併せ持つその薙刀、太刀筋を防ごうにも私の『太陽の鉄屑ソルフォルム』を通り過ぎようとしますからね。高熱で蒸発させないと、防御する私がそのまま斬られてしまうところでしたよ」

「ふふふ」

「あはは」


 不気味に笑い合う2人。笑声はそれほど大きなものではなかったが、密閉された地底湖の空間ではよく響き渡っていた。彼方で一戦交えているシルヴィアと水竜王の両人が、同時にそちら側を確認する程度には目立っている。


「良い良い。妾は強い者も好きじゃが、察しの良い者は一層好きじゃ。そなた、なぜ妾にこのような力があるのか、妙に思っている頃じゃろう?」

「ええ、まあ。そうですね」

「妾を楽しませてくれた褒美じゃ。特別に教えてしんぜよう。む、だまし打ちした詫びにした方が良いか?」

「どちらもそう変わませんよ……」

「そうか? ……うむ、そうじゃな。どちらでも構わぬか!」


 聞いてもいない話を率先して語り出す辺り、ツバキの機嫌はとても良いようだ。


「竜神様の能力の1つでな、血族の者にそのお力を授けるというものがある。行き着くところ、今の妾には竜神様の強さが備わっておる。普段は華奢な乙女でしかない妾も、万夫不当の武人に様変わりよ。このように、な?」


 ツバキが薙刀を掲げると、周囲一帯に魔力が満ち始めた。


竜國の大洪水ドラウンデリュージ


 ドガンと耳を塞ぎたくなるような轟音と共に、大量の水が大津波となって地底湖に押し寄せる。災害を思わせる無慈悲な大水はみるみるうちに洞窟内部を埋めていき、この領域全てを水の中へ沈めようとしていた。


「くっ……!」

「当然ながら、この青魔法もS級よ。横文字になってしまうのが難であるがな。そら、早く対策を打たねば溺れてしまう―――」

水除泡フロス


 波に乗って移動してきたのか、知らぬうちにエマの背後にいたシルヴィアが魔法を唱えると、巨大なシャボン玉がエマの全身を包み込んだ。シャボン玉は押し寄せる水を跳ね除け、その内部に水を入れようとしない。


「―――事もないようじゃな。やはりこれでは障害にもならぬか。竜神様、しっかり相手をしてもらわねば困るのじゃが」

「お主が呼び起こしたこの水でシルヴィアの機動力が増したのだ。この水はこちらが有利になるばかりではないぞ、ツバキよ」

「ん、水も得意と言った」

「ふーむ、じゃがエマにとっては苦難の道じゃな。炎と水では相性が悪過ぎる」

「………」


 洞窟が、水で満たされる。


「まあ、どのように攻略するか楽しみにしておるぞ。 ―――この水の世界でな!」


 ゴプンと最後に音を立てて、完全に水没してしまった水竜王の巣。シルヴィアが作ってくれた泡の恩恵で呼吸に問題はないが、水中では竜巻が未だ渦巻いて激烈な水流を作り上げている。間違えて巻き込まれでもすれば、今のエマに逃れる手はない。水の浸入を防ぐのこの泡共々、水中の塵と化してしまうだろう。


「シルヴィアは竜神様にお任せするとして…… エマよ、さあどうする?」


 エマの前に姿を現したツバキ。が、つい先ほどまでとは容姿が一変していた。2つの足の代わりに、下半身に魚の尾が付いているのだ。服装が着物である事、水の薙刀を手に携えている事を除けば、その姿はまるで人魚のようである。


「この姿か? ふっふっふ、妾の盟友である人魚族のようであろう? これも竜神様の変身能力の応用なのじゃ。まあ詰まり、正確には魚の尾ではなく竜の尾であるのだが…… 人魚族でもなければ見分けは付かぬから、何の問題もあるまい」

「水の中でも話す事ができるのですね。実に奇天烈きてれつです」

「ほう、存外余裕であるな。予め言っておくが、水中での妾の強さは先の比ではないぞ? 水を得た魚の如く、敏捷が上がり戦闘力も―――」

「―――ツバキ様」


 ツバキの言葉を遮り、エマは泡から赤の大剣を水中に突き刺した。泡が破裂する様子はない。


「確かに貴女の力は本物ですが、どちらにせよ戦いには向きません。武人にしては、お喋りが過ぎる」


 大剣の赤が、その色を増していく。


「……? 何を……?」

「大丈夫です。性質的にシルヴィアにとっては温かいお湯、お風呂程度にしか感じないでしょうから」

「じゃから……! お、おい、まさかっ!?」


 何かを悟ったツバキが、竜尾の色のように顔を青くした。


「ええ、だから安心してください。ぐっつぐつの全身熱湯、水が全部干上がるまで沸かしてあげますから!」

「や、止め―――」


 エマの持つ魔剣、太陽の鉄屑ソルフォルム。太陽の光を放ち出した鉄塊が、洞窟という名の大鍋を加熱する。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「きゅー……」


 干上がった洞窟の地面に寝かされたツバキが、苦しみの声を上げた。その様子を見守るはシルヴィア、エマ、そして水竜王。目を回してはいるが無事である事を確認した3人は、ツバキから目を離す。


「これもまた不思議なものであるな。あれだけの熱量、余なら兎も角ともツバキは酷い火傷を負うだろうと思っていたが。気絶するのみで、特に外傷らしきものがない」


 ツバキは肌を真っ赤にしてはいるが、それも風呂で長湯してしまったくらいなもの。あれだけの惨事に見舞われ、この程度で済んでいる事を疑問に思う水竜王。


「ん、それはエマが固有スキルの『咎の魔鎖』で―――」

「はいはい、シルヴィアも余計なお喋りして情報を渡さない。ツバキ様みたいになっちゃうよ?」

「……気絶は嫌」

「分かったならよろしい」


 幾分かスッキリしたのか、エマは満足そうだ。普段はあまりしない太陽のような笑みを浮かべている。


「でも、本当に良いのですか? 私たち、まだ水竜王様をぶっ飛ば…… 倒してないのに」


 エマ、大剣で素振りをする。


「お主、冷静そうでそうでもないのではないか? まあいいが。2人は囚われたツバキを助け出し、そして無傷のまま無力化した。その事実が分かっただけで余は十分に理解したのだ。お主らの強さと絆をな。であるからして、『天獄飛泉』を開けよう。仲間と共に目的を達成してくるといい」


 2人を称えるように、どこから現れたのか配下の水竜達が声を上げ始めた。勝利を奏でる竜の歌声、それは現トラージ王のツバキでさえも聞いた事のない、希少なものであった。

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