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第326話 水竜王

 ―――トラージ・紅社の竜道


 見渡す限り真っ直ぐに伸びる青き水平線。船影はなく、砂浜へと立つ小さな波は雲のように穏やかだ。されど、この大海原はトラージの民達の聖地とされる場所。トラージの守護竜、水竜王が住む竜海の一部『紅社の竜道』には限られた者しか立ち入る事が許されず、またトラージ王であるツバキ自身も軽率に近づくべき場所ではないと先代の王に教えられてきた。竜海に立ち並ぶ朱の社は正に水竜王の神域の証であり、トラージにおいて最も意義深い場所なのである。


「さ、到着したぞ。ここが我がトラージが誇る竜神様の住処、紅社の竜道じゃ!」

「ツバキ様、案内して頂きありがとうございます。竜海はいつ来ても雄大な眺めですね。圧倒されてしまいます」

「ん、1年振りだね。今も昔も綺麗なまま」

「うむ! そうじゃろう、そうじゃろう!」


 ―――であるが、姫王と称される現トラージの君主が先人の教えを素直に守るかと問われれば、答えはノーである。気に入った者であれば割と許可は下りやすいようで、今も嬉々としてトラージ訪問中のシルヴィアとエマを連れていた。人材フェチ、ここに極まる。


「ところでシルヴィアにエマや。竜神様より認められたそちらの力、妾も一目置いておってな。どうじゃ? その才覚を我がトラージで活かそうとは思わんか?」


 息をするようにシルヴィア達に猛烈なアタックを仕掛けるツバキ様。彼女らに対しての誘いは、これで何度目であっただろうか? それまでの結果は惨敗だったが、彼女はめげる事なく我を通す強者である。再三誘いを断るケルヴィンに対しても、定期的に屋敷へ米を運ぶ使者を通して毎回手簡を贈り、あの手この手のやり取りを続けている。ある意味で鋼の意思を持つ挫けぬ人なのだ。


「ごめん。今はやらなきゃならない事がある」

「私もシルヴィアと一緒です。すみません」

「むう、そうか…… ならば、また妾の気が向いたら誘うとしようぞ!」

「いえ、ですからお断りすると―――」

「誘うとしようぞ!」

「………」


 ビシリと扇子と突き付けられ、エマ、気概に押し負ける。元々2人はトライセンから逃れた後、ツバキから様々な支援を受けていた事もあり、少なからぬ恩義がある。それも強く断り切れない理由となっていた。


「でも、やるべき事を終えたら考えたいと思う」

「……! そ、そうかの! 是非とも一考してほしいのじゃ!」

「え? いいの、シルヴィア?」


 シルヴィアの意外な言葉にポカンとするエマ。


「ん、トラージの食べ物は美味しいし、自然も豊か。特にお城での食事が記憶に残っている」

「うーん…… まあ、シルヴィアが良いなら私は反対しないけど……」

「うむ、城の料理人は妾が目を付けた者達ばかりであるからな。美食に煩いトラージの者でも呻る一品ばかりよ! まあ楽しみにしておれ。近頃は料理界においてかの有名な『爆撃姫』エフィルに皆弟子入りしてな。お主らが食した1年前とはまた別物となっておるぞ」

「……!? その話、詳しく」


 ここぞとばかりに畳掛けるツバキと、興味を更に持ち始めたシルヴィア。シスター・エレンを探し出した後、トラージは少々賑やかになるのかもしれない。一方で、エマは―――


(ナグアとかも一緒に付いてくるだろうなぁ。正直、ナグアは母さんと波長が合わない気がするんだよなぁ……)


 厄介な同僚に頭を悩ませるのであった。とまあ、そのような思案もそこそこに、優秀な纏め役であるエマ

は本来の趣旨へと軌道修正する。


「ふむ、此度の要件も竜神様との謁見であったか」

「ええ。『天獄飛泉』を皆で確実に通過するには、水竜王様の助けが不可欠でしょうから」

「それに、折角来たのだから挨拶もしたい」

「この心掛けは重畳であるな。じゃが、あの気難しい方がそう何度もお会いしてくれるどうか―――」


 ―――ズザアアアァァァーーー!


 突如、シルヴィア達を誘うように聳え立つ朱の社の中心から海が割れ始める。竜海の底には整備された石畳の道が顔を見せ、さあ通れとばかりにその存在を誇示していた。先ほどまで海面上に出ていた上部分しか姿が見えなかった朱の社も道沿いに立ち並んで、まるで手引きをしているようである。


「……このような事もあるものなんじゃな。ケルヴィンの時は毛ほども反応せんかったというのに。全く、面目を保つ為に妾でもそう会えないと嘘を言って幸いじゃった」

「ケルヴィンもここに来たの?」

「然り。あの者が竜神様に興味を持たぬ訳がなかろう。まあ、その時に道は出来なかったんじゃが。シルヴィアとエマだからこそ教えるが、あまりにも何も起こらなかったから、ケルヴィンらがここに来たと他の者は誰も知らぬであろうな」


 ツバキの話を聞いて、水竜王も出会い頭にバトルを仕掛ける輩と会いたくはなかったんだろう。と、エマは心の片隅でこっそりと推測。シルヴィアは割れた海の道をぼんやりと眺めていた。


「っと、話が過ぎたな。竜神様に会うのじゃろう? 長らく待たせては失礼というものじゃ。早速行くとしようぞ」

「あ、やっぱりツバキ様も来られるんですね」

「無論じゃ。妾もついでに次の雨季の時期を伺っておきたいのでな」



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 石畳の道を暫し進むと、祠のような大きな建物が見えてくる。ここまで至ると海面も大分高い位置になるようで、太陽の光も殆ど届かない。ただ、途中から複数の提灯鮟鱇に似たモンスターが隣り合う海から照明代わりに光を照らしてくれたお蔭で、暗いと不便に感じる事はなかっただろう。1年前もそうであったが、敵意を見せる気配がなく、ツバキも当然のようにそのまま進む為、シルヴィアとエマもモンスターを討伐しようとは思わなかった。


 キィ……


 竜海の底にあったからか、木製の祠は海水でやや濡れている。ツバキが扉を開ければ、祠の中には地下に続く洞穴。まだまだ下へと降るようだ。洞穴に足を踏み入れた瞬間、壁に掛けられた松明に魔力の炎が灯される。


「歓迎されておるのう」

「そう? 前もこんな感じだったと思うけど」

「通い慣れた妾だけならまだしも、同伴する者によってはこのような道案内までしてくれんよ。この洞穴は入り組んだ蟻の巣のようなもの。何も知らぬ者であれば彷徨う事は必至じゃろうて」


 シルヴィアとエマが周りを見回せば、確かに松明の光で照らされない道が無数にある。恐らくは水竜王の住処とは不正解の道なのだろう。モンスターの姿も今は見えないが、歓迎されぬ侵入者に対しては手荒い出迎えが待っているのかもしれない。


「ふう。さ、ここじゃここじゃ」


 広い空間に出た途端、背伸びをするツバキ。次いでシルヴィアらの視界に入るは巨大な地底湖だ。かつてケルヴィンが邪竜と戦った『竜海食洞穴』と酷似した場所であり、また、その邪竜の形姿と瓜二つな水竜らがそこかしこで泳いでいる。並の冒険者であれば、この時点で悲鳴のひとつも上げるだろうか。


「……来たか。久しいな。シルヴィア、エマ。我が子孫も変わりないようで何よりだ」


 地底湖の最奥にて、重厚な声が発せられる。他の水竜とは一線を画す存在感は、この場に踏み入れた際一番に感じられた。水に浸かっている為に正確な体長は測れない。が、その力が圧倒的である事は分かる。彼こそがこのトラージの守護竜。彼こそが水を支配する竜族の頂点なのだ。


「余が水竜王、藤原虎次郎である」

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