第318話 火山群
―――ファーニス領・火山
火の国ファーニスの南西、内陸側へ進むとそこには火山地帯が広がっている。大小の大きさは異なれど、その噴火口からは黒煙が今も出続け、正に噴火の準備段階といったところか。過酷な環境にも思えるが、この火山地帯で囲まれているからこそ、ファーニスは敵国から攻め入られる心配もない。この火山群は海に面し船での貿易を盛んに行うファーニスならではの、外敵から身を護る天然の盾となっているのだ。そしてこの火山地帯の名称を聞けば、まあ並の国の軍隊は立ち入ろうとも考えないだろう。
「『火竜王の塒』、なあ。随分と豪快な寝床じゃないか」
俺たちはメルフィーナのB級青魔法【清涼領域】のお蔭で快適に旅路を歩んでいるが、実際のところは灼熱地獄さながらの気温となっている。道の真横をマグマが流れていたりするし、青かった空は黒々とした煙で覆われてしまい、太陽の光も差さない。主な光源は溶岩である。
「所々噴火してるもんね。不思議とファーニスの方角には被害がないみたいだけど?」
「風向きや傾斜、様々な要因が奇跡的に反対側へと流れるようになっているのです。ファーニス側から至る道は比較的安全ですが、逆側からこの火山群に入ろうとすると悲惨ですよ」
「うわー、そっちからは登山したくないね」
「ところでエフィル、巷では溶岩焼きという調理法が流行っているそうなのです! ファーニスの街でもこの目で見掛けました!」
「ええ、実のところ私も気になっておりました。何でも、食材の芯にまで熱を通す上に焦げないとか―――」
後続組はやることがないからか、雑談に興じるなど案外皆余裕そうだ。シュトラなんてゲオルギウスに歩くのを任せ、その上で何やら難解な本を読んでいる。清涼領域の効力がなければ、本に炎が引火してしまいそうな環境なんだけどなぁ。この魔法が冷房の効いたくつろぎ空間みたいな適温にしちゃってるのが原因である。で、ジェラール率いる前衛組はというと。
「セラさん、そっちに行ったよ!」
「せいっ!」
「こら、盾役のワシより前に出るでない! ワシの見せ場がなくなる!」
清涼領域の効果範囲ギリギリのところで味方を守護するジェラールに、それより前に出てこの地域のモンスター狩りに白熱するセラとアンジェ。熱気と炎が舞う火山のモンスターっぽく、この辺りは火属性系ばかりが出てくる。毛の代わりに炎を纏う獣、火の玉かと見間違えてしまった鳥類や蝙蝠。迂闊に近づけばそれだけで火傷は必至。まだまだ入口に近いエリアであるが、どれもB級モンスターほどの強さを誇り、並の冒険者では太刀打ちできぬ存在だといえるだろう。
「ああっ、それワシの獲物!」
「「早い者勝ちよ!(だよ!)」」
まあ、そんな凶悪なモンスター達もセラとアンジェが相手では出現した刹那に経験値に変えられてしまうのだが。熱くないのかって? おいおい、エフィルの炎に比べれば、あんなものはマッチの火未満だぞ。
「ぬん! 今度こそ!」
「お先っ!」
んー、悲しきかな。背後の仮孫に良いところを見せようとするジェラールには全くターンが回ってこない。大丈夫だ、ジェラール。今リオンは女子トークに夢中、シュトラは本に夢中だから。
「ケルヴィンの兄貴、考え事ッスか? それともビタミンが足りないとか?」
「主、とても難しい顔をしている。糖分不足?」
闇竜王の息子様と現役光竜王様が、野菜スティックとドーナツ棒を俺に差し出す。いや、慕ってくれる気持ちは嬉しいんだけどさ、君らもう少し竜っぽい食生活をしても良いんじゃないかな? 肉とか肉とかさ。見習えとは言わないけどメルフィーナ先生を見てごらん。好き嫌いせずに何でも食べる素晴らしい食いっぷりだぞ。
「別に大したことじゃないよ。それよりダハク。お前、ファーニス滞在中は全然見かけなかったけど、どこにいたんだよ?」
「俺ッスか? ちょいと遠出して珍しい植物を探してたんスよ。ほら、こういう気候だと面白い植物も多いじゃないッスか。ものは試しに鱗に種をパラパラとまいたりして…… まあ、俺の趣味みたいなもんスね」
新たな場所に行く毎に植物採集、そして入手した種を自らの鱗に植え付ける竜ってのもなかなかに希少ではなかろうか。むしろ、お前以外に存在しないよな。
とまあ、まるでダハクが変な竜であるかのように言ってしまったが、この行為には理由がある。ダハクの『生命の芽生』は植物を自在に操る固有スキルであるが、植物を操作するには条件を1つクリアしなくてはならない。その条件とは対象の植物を種から育て上げ、再び種を採取すること。その種をダハクが食らうことで、初めてこのスキルによる効果対象となる仕組みなのだ。これを達成するのに、種を問わず無条件に生育を行えるダハクの『黒土鱗』は最高の苗床といえる。一見不可解な行為にも思えるダハクの奇行にも、正当な理由があるのだ。
「ダハクの抱える奇癖は相変わらず理解できない」
「ムド、駄目だぞ。ダハクの奇行は訳あってのことだ。不良が道端に捨てられた小動物を愛でる場面を想像してみろ。そういう時は生温かい目で見守ってやるもんだ」
「承った」
「できれば本人の目の前以外でやってくれるッスか? そのやり取り」
赤髪赤服のムドファラクを諭しながら、目的地である一際大きな火山を目にやる。目算でもこの速度ではかなり時間が掛かってしまいそうだ。くつろぎ空間内でこうやって竜ズと雑談しながら進むのも乙なものだが、理性的な戦闘狂としては少々物足りなくも感じてしまう。先頭で時折展開されるモンスターとの戦いも、援護の必要性は皆無。絶無。ナッシング。過剰戦力も甚だしい。
「―――火竜王の塒まで、競争でもするか」
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俺の突飛な思い付きにより、急遽開始されたレース勝負。くじ引きによる2人1組のタッグマッチだ。しかし競争とは名ばかりなもので、実際は多面からより多くのモンスターを殲滅するのが目的である。やる気向上の為にそれなりの景品は用意しようか、などと俺が言った瞬間にガチな気配が一部から漂っていたが、こちらはゆるりと進もうと思っている。
「ご主人様と初めてお会いしてからの、特訓の日々を思い出しますね」
「あの頃は何かと2人で行動することが多かったからな」
「ええ、とても懐かしいです」
折角エフィルと2人きりになれたことだしな。
最近、こういったくじ引きなどの運要素が絡むもので部屋割りやグループを決める際、エフィルと一緒である時が多くなってきた気がする。『悲運脱却』により幸運となったエフィルの願いが叶っているのかも、などと考えてしまうのは自意識過剰だろうか? だけど仮にそうだとしたら、まあその、嬉しい。
「優勝候補はセラ、アンジェ組になるかな?」
「とても意欲的でしたからね」
対して以前は常勝だったセラは近頃負けが込み始め、「うぐぐ」みたいな感じになっていた。その後は素直に結果を認めるけどな。でも負けず嫌いだから、陰で運絡みの勝負事の特訓でもしていそうだ。何を特訓するのかは知らんが。
「ご主人様の用意する景品ですから、それも仕方ないことだと思います。ですが、私はその…… もう少し、この時間を大切にしたいです」
「エフィル……」
それから俺はエフィルと手を繋ぎながら、暫くの間2人きりの散歩を楽しんだ。何でもない話をし、ちょっとしたことで笑い合い、互いの手の温もりを感じ――― 少しばかり蒸し暑く、道中で成竜クラスの竜が飛来したりとロマンチックな場所でなかったのが残念ではあったが、兎も角充実したひと時だ。
……でもな、これだけは今確認しておかないといかないか。エフィルの母、ルーミルの仇である火竜王。その処断をどうするかについて。