第314話 お使い
―――火の国ファーニス
ケルヴィンお兄ちゃんからお金を預かり、私とリオンちゃん、ムドファラクは宿を出発する。自分の足で歩き、自分の目で見る初めてのお買い物。知識の中でしかなかった異国の景観が心を昂らせるのか、今からワクワクが止まらない。っていうのかな? この感覚。
「色々なお店があるね~。ちょっとガウンと似てるかな?」
ふとリオンちゃんが呟いた。うん、確かにそうかも。商業区に足を運ぶと、あちこちに屋台形式のお店が並んでいて、ファーニスの特産物であろうカラフルな果実や野菜を旺盛に売っているのが目に付く。トライセンはどちらかといえば建物で店舗を構えての販売が中心で、こういったお店は数が少なかった。観光面から考えればこちらの方がお手軽だし、本格的な導入を考えてみるのも面白いかも。もちろん非合法な出店の取り締まりは必要だろうけど、上手く運用できれば閉鎖的だった国風の打破に繋げることができる。
「でも、国の気質でいけばガウンの闘技場みたいなものの方が―――」
「え? 闘技場?」
「あ、ううん。何でもないの。それよりも早く買い物を済ませないと。買うもの一杯だよ!」
「シュトラちゃん。言い出しっぺの僕としてはとっても言い辛いんだけどさ、気が付いたことがあるんだ」
「どうしたの?」
「えへへ、道が全く分からなかったり。土地勘もない状態です」
リオンちゃんは照れくさそうに頭の後ろに片手をやり、頬を紅く染めている。か、かわゆい…… 抱っこしてすりすりしたいなぁ。私の方がちっちゃいけれど、可愛いく感じてしまう衝動はどうしても止めることができない。せめてせめて、ポーカーフェイスを心掛けよう。ケルヴィンお兄ちゃんもよく言ってるし! ポーカーフェイス!
「大丈夫よ。この国の街並みはさっき頭に叩き込んできたもの。入り組んだ裏路地から隠れた名店まで、ある程度の場所は案内できるわ」
えっへんと胸を張る。
「おおー、流石はシュトラちゃん! 予習も完璧だね」
「ふふん。伊達にルミエストの学園で、コレットちゃんと並んで首席卒業していないと自慢しちゃおうかな」
えっへん。世間でいうところの記憶喪失になってしまったらしい私だけど、お兄ちゃんとパーティを組むようになってから、所々の記憶を思い出すようになってきた。尤も私自身の記憶という感じより、新しい知識を手に入れる感覚に近いのかな? お蔭でトライセンから遠い地にある学園のことも分かるようになったけど、私よりも成長した私の記憶があるのも変な感じ。ううん、貴重な知識の引出しが増えたんだ。素直に喜ばないと。
「ムドちゃんもよく本を読んでるし、勉強できそうだよね。僕、彫刻や絵画を見られる美術は好きだったけど、数学とか英語はてんで駄目でさ」
「そんなことはない。まだ文字を学んでいる段階」
デラミスで光竜王へと進化したムドファラクは人型にも変身できるようになった。竜の人型への変身は、その竜が人間だった場合の年齢の姿で反映される。犬を例にすれば分かりやすいかな。1歳の犬を人間の年齢に直すと20歳くらいになるように、竜の変身も同じように作用するの。ムドファラクは63歳だけど、竜としてはまだまだ子供に分類される年代。事実、今のムドファラクの姿は12、13歳ほどの少女のもので、非常に可愛らしい。非常にかわゆい。秘密裏に作った三つ首形態のデフォルメヌイグルミがお城の部屋にあったりするのは、文字通り私だけの秘密。
「それでも覚える速度が僕の比じゃないよ~。文字を覚えるのに今までどれだけ苦労したことか。ああ、頭が痛くなってきた……」
リオンちゃんが頭を抱える。私と友達になった時には問題なく読み書きできていたけど、相当苦労したのかな?
「本は私の趣味みたいなものだし、早くエフィル姐さんお薦めの本を読みたいし…… ハッ! 私はあくまでもリオン様とシュトラ様の護衛。お喋りのお相手の任務は受けていない」
「あはは、そこまで言ったら繕っても意味ないかな」
「ふふ、ムドファラクは本当にエフィルお姉ちゃんが好きなのね」
「も、黙秘する」
ムドファラクの竜形態が三つ首であるように、人型も3人の人格がある。とはいっても一緒には出てこれないみたいで、1人の人格が出ている時、他の人格は眠っているみたい。多重人格みたいだね。不思議と見聞きしたことは共有しているんだって。今出ているこのムドファラクは青角の人格。元を辿れば同じ竜だから、そこまで性格に差はないけれど、どちらかといえばマイペースな性格の子かな。角の色は髪にも表れる傾向があるようで、エフィルお姉ちゃんがその色を基調とした服をそれぞれに用意してくれた。ムドファラクはエフィルお姉ちゃんが大好きだから、3人ともとっても喜んでいたっけ。
「まあまあ、そこまで隠すようなことじゃないと思うよ。僕だってケルにいが大好きだし」
「むう、リオン様は少しオープン過ぎる。あと、人前で朝の挨拶は止めた方がいい」
「それは私も同意しちゃうかな……」
「ええっ、何で!?」
いや、何でって言われても困っちゃうな。誰だって何事かと思っちゃうよ。リオンちゃんは優しくて誰とでも友達になれる私の憧れだけど、ケルヴィンお兄ちゃんが絡むとちょっとだけ、ほんのちょっとだけ常識が通用しなくなる。でも、ケルヴィンお兄ちゃんもそれが普通であるように受け入れていたし、逆に私の兄妹感がおかしいのかな? う、ううーん…… 確かにアズグラッドお兄様は変わり者だったけど…… うん、深く追及するのは止めておこう。郷に入れば郷に従え、ここではこれが普通なんだ。 ……って、それだと私もしなきゃいけなくなるよ! あわわわわわ……
「ムドちゃん、買うもの覚えてる?」
「フルーツ」
「あ、そっか。ムドちゃんの報酬はそうだったね」
「そ、それだけじゃなくて、ちゃんとお買い物を済ませられれば皆から褒められると思うわよ?」
よ、よし、何とか落ち着いてきた。今はお使いに集中しよう。
「……エフィル姐さんも、喜ぶ?」
「喜ぶよー。それはもう、喜ぶよー」
「買って来たフルーツでケーキを作ってくれるかも」
「リオン様、メモ書きを私に」
うんうん、ムドファラクもやる気になった。そして目指していたお店も目前、お使いも無事に終わりそうね。
「もう、お父様も大臣も大袈裟よね。何も国を挙げてここまですることないのに」
「そうそう、城の中もいつもより窮屈な感じだし。それに理由も言わずに部屋から出るなって言われてもねー」
「部屋の前に見張りの兵は立てるは、勇者様は帰っちゃうはで散々よね」
「こんな日は城を抜け出すに限るねー」
「ねー」
あら? お店の前が騒がしい。誰かいる?
「わ、双子さんだ。当然だけど似てるね」
「リオン様、こちらは三つ子みたいなもの。もっとレア」
「そこは張り合うところじゃないよー」
ええと、あの後ろ姿、どこか見覚えがあるような気が…… ファーニス特有の日に焼けた肌色、いつも一緒にいる勝気な双子。そう、ルミエストの学園で確か―――