第311話 激動のファーニス
―――ファーニス城・転移門前
この日、火の国ファーニスに激震が走った。事の始まりは転移門のゲートより来訪した勇者達。国を救った英雄の帰還に湧き上がる城の皆々。ファーニス王は年甲斐もなく喜び、王女ら刀哉のファンなど踊り狂う有様である。
「刀哉よ、よくぞ舞い戻った! うむ、元気そうだな!」
「お久しぶり、とまではいかないですね。国王もお変わりないようで」
「「勇者様ー!」」
あっという間に作られた人々の輪。賑やかにも騒々しい、温かな喧噪が部屋中へと渡り行く。 ―――尤もこの喧噪が続くのは、刀哉の次の台詞を聞くまでであるのだが。
「す、すまぬが刀哉よ、今何と言ったのだ?」
「俺の師匠が今度ファーニスにお邪魔します。と、言いました」
「その師匠というのは……?」
「東大陸のS級冒険者、『死神』のケルヴィン・セルシウスです」
「「………っ!?」」
刀哉の言葉にファーニス王と大臣が沈黙してしまう。先のはしゃぎぶりと打って変わって、2人とも顔色が青く汗を滲ませ始めている。あまりの変貌具合に、国王の娘である姫らも釣られて静かになってしまった。が、こちらは状況を分かっていないようだ。
「「……お父様?」」
娘達の声に、ファーニス王はハッと我に返った。
「だ、大臣! 至急、冒険者名鑑の準備を! 最新版だぞ、間違えるな!」
「は、ははっ! 直ちに!」
大臣の指示で家臣達が慌ただしく動き出し、つい今しがたの騒ぎとはまた別物の、不測の事態に城内は移行する。そう、火の国ファーニスの激動の日々が始まったのは、ここからであったのだ。
やがて、その場にドカリと置かれた机の上に積み重なる幾重の資料。王はそのうちの1枚を拾い上げ、険しい目で文字を読み解く。
「ぬう、よりによって戦闘狂と悪名高い『死神』ケルヴィンか……」
「S級冒険者としては新鋭の、若手冒険者でありますな。ただし、先の魔王騒動にて一翼を担い、東の大国ガウンの伝統行事『獣王祭』にて確かな実績を残しております。彼に率いられた仲間達も一騎当千の猛者ばかりだとか。更に当のケルヴィンが戦好きであることは周知の事実、扱いを間違えれば非常に危うい存在かと……」
「洗い出せる情報は全て調べ尽しておけ。文官らの政務、その最優先事項にすることを許す!」
「ははっ!」
国の知識人達が集まり出し、不意に始まった転移門前緊急会議。そんな場所に居合わせてしまった勇者達は、なぜか椅子に座らされ、重要参考人として参加することになってしまっていた。
「こちらをどうぞ」
「あ、どうも」
4人の眼前、その卓上に人数分の甘味と紅茶がすぐさまに置かれる辺り、この国の男達の気の利きようが窺える。もてなしの心もきっちりとしているようだ。
「お父様、これは何の冗談ですか!?」
「そうよ。たかだか冒険者がファーニスを訪れるだけのことでしょう? 勇者様まで巻き込んで、失礼が過ぎます!」
「だまらっしゃい! お前たち、恋も良いが少しは知見を得る努力をせんか!」
「「え、ええー……」」
ファーニス王はS級冒険者の恐ろしさを力説する。曰く、人の形をした災害。曰く、人外の領域に踏み込んだ怪物。曰く、変人奇人が集まる変態集団――― 東大陸の大国であればまだしも、強国にまで及ばないファーニスにとってその者らは不意に訪れた超大型台風でしかない。S級とは人類の頂点、絶対である筈の権力や富に対し嘲笑うかのように力を振るい、単独で国家を抗い覆すことができる唯一の存在。その絶対的な力に目が眩み、無理に取り込もうとした愚行の果てに亡んだ国々は数知れず。我々にできることは、その逆鱗に触れぬよう配慮するしかないのだ。
―――などとS級冒険者がモンスターよりも厄介であるかのように話す王であるが、実際に亡んだ国があるという確かな裏付けがある訳ではなかった。長い時を経て過去にそんな国もあったという事実が誇張化され、徐々に肥大化した嘘が真実へと上書きされていった産物と呼ぶべきか。S級冒険者が如何に一般の常識から大きく外れた変わり種だったとしても、現実的にはギルドの目もある為、そこまで無茶なことはしないのだ。 ……そこまでは。
「でもでも、私たちには勇者様がいるじゃない!」
「そ、そうよそうよ! 勇者様が護ってくれるわ!」
姫達も負けじと勇者を理由に自らの意見を正当化させる。王の力説はケルヴィンのイメージ像を化物にすることに成功したようだ。そしてどうした事か。勇者とケルヴィンが対立する構図がなぜか出来上がっている。
「ねっ、勇者様! 勇者様は無敵だものねっ!」
「え、えーと……」
露骨に奈々が瞳を逸らした。そして助けを求めるような視線が刹那へと降り注がれる。いつものように眉間にしわを寄せて小さく溜息を漏らした刹那は、いつものように仲間のフォローへと回るのであった。
「残念ながら私たちが4人がかりで戦ったとしても、とても勝てる人達ではないです。ついこの間もケルヴィンさんの妹であるリオンちゃんを相手に、完膚なきまでにやられてしまったところですから。正直、次元が違います」
「「う、嘘……」」
刹那の有無を言わさぬ文言が姫を射貫く。
「おっと、大丈夫かい?」
フラフラと危うい足取りの2人の姫は、着地点として刀哉の膝元を選んだようだ。ショックは受けるがただでは済まぬ、ファーニスの強き女をしっかりと体現している。
「そういうことだ。神の慈愛を一身に受けた勇者とはいえ、決して無敵ではない。唯一無二の英雄なれど、その力に頼り過ぎてはならぬのだ」
「それにケルヴィンは私たち以上に慈愛を受けて、うぐぐっ……」
「はい、ストップ。話をこじらせない」
刹那のツッコミは今日もやはり冴えていた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
姫達から逃れた刀哉らがデラミスへと戻り、それから数日が経過した。ファーニスでは今日も厳しい訓練が行われている。訓練場では兵が一糸乱れずに整列し、皆の前に立つ兵長を言葉を緊張した様子で待っていた。
「ケルヴィン殿の奴隷、エフィル殿はっ!?」
「「「「奴隷であって奴隷に非ずっ! 最上級の客人としてお出迎えせよっ!」」」」
「うむ。過去に大国トライセンの将軍がエフィル殿に手を出そうとし、ケルヴィン殿の手によって惨たらしい死を迎えたのは万人の知るところだ。そうなりたくなければ、この教訓を心に刻め!」
「「「はっ!」」」
「では次っ! ケルヴィン殿の伴侶、セラ殿にはっ!?」
「「「死にたくなければ酒を飲ますなっ!」」」
「む! 貴様、僅かに遅れたなっ!? 死にたいのか!?」
厳しい、それは厳しい訓練が行われていた。
「何なのよ、この茶番……」
「お父様や文官達の発案だって」
「大切な訓練ですぞ、姫様」
何とも言えぬ顔で訓練場を見詰める彼女らであるが、訓練を行う兵達は大真面目である。ちなみにこの大臣も発案者の中に加わっていたりする。そんな時、息を切らせながら走ってきた伝令の兵が姿を見せる。
「姫様、大臣、火急の知らせであります! 『死神』ケルヴィンとその一行、東より急接近せり!」
「むう、遂に来たか! 急ぎ、王に知らせを! 城下町に厳戒態勢を敷き、注意を促せ! ワシも動く!」
太陽光を反射する輝かしい頭部で次の手を導き出しながら、バサリとマントをひらめかせて兵と共に歩み出す大臣。その背中は戦に向かう男のものであり、国の威信をかけているといっても過言ではなかった。
祝2周年。早いものです。