表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
178/1031

第173話 永劫回帰

 ―――トライセン城


 トライセン本城の後方、魔法騎士団本部は静まり返っていた。女騎士達が皆揃って呪いの武器を持ち、正門から攻め入るジェラールとダンの迎撃に出向いてしまっている為だ。今ではその女騎士らの洗脳と呪いは解かれ、鉄鋼騎士団によって保護されている状態。この場所に帰る女騎士は既におらず、支城はもぬけの殻である筈だ。しかしその支城の内部にて、蠢く人影が二つ。


「はぁー、しんどかった。ちょっと重過ぎだよ」

「この体はドワーフなのだ。無理を言うな」


 一人は先程まで超巨大ゴーレム『ブルーレイジ』の内部にて機体を操り、ジェラールらと戦闘を行っていた謎の商人、ジルドラ。そのジルドラを腋に抱え、黒フードを深く被った人物が愚痴を漏らす。フードで顔は見えず、体格は細身、声も中性的な為に性別がどちらか判断できない。


「あれっ? 『創造者』、何か肌に緑の斑点が出てるよ?」

「これか…… 恐らくは毒を盛られたな。症状からして悪魔が住まう地下世界の猛毒植物の一種だろう。あそこには天使をも殺すと謳われる劇物が多々存在す―――」

「うわっ、危なっ!」


 黒フードは即座にジルドラを放り投げるが、ジルドラは何事もなかったかのようにズンと音を立てて着地する。


「安心しろ、接触や空気で感染するタイプの毒ではない。その上お前は私を救出する際にスキルを発動していた。だからブルーレイジ内部で毒を受けることもなかっただろう。全てを、毒をもすり抜けて来たのだから。まあ、一度この毒に侵されれば治療の手立ては限られ、即効性により早々に死に至るのだがな。このような場ではもう持つまい」

「何でそんなに冷静なのかなー……」


 ジルドラの肌に広がる斑点は今もその数を増し、ひとつひとつが徐々に大きくなっていた。


「前にこの類も研究していたことがある。この斑点はやがて皮膚表面を覆い尽くすまでに広がり、次の段階では膨れ上がる。普通であればその時点の痛みで悶絶死するのだが、運悪く生き長らえれば隆起した膨らみは破れ出し―――」

「いや、もういいから。このままだと本当にそうなっちゃうよ!?」

「む、そうであったな。『暗殺者』、ここに来たと言うことは目星は付けているのか?」

「まあね~。こっちこっち。ほら、この広間の先」

「……また派手に殺ったな」


 黒フードが案内した先は魔法騎士団本部のエントランスであった。人の気配はない。あるのは幾つもの散乱した死体のみ。死体は皆白金の鎧を着込み、首から血を流して絶命している。死体のその手には剣が握られており、エントランスが多少荒れていることからこの場で戦闘があったことが読み取れる。


「お前の力であれば気付かれることなく全滅させることもできただろうに」

「だって創造者を待っている間暇だったからさー。それに文句を言いたいのは私の方だよ。あのまま抜け出す予定だったじゃん、何でしれっと戦闘始めてるのさ。しかも負けてるし」

「毒の回りが早い。さっさと案内しろ」

「ハァ、はいはい……」


 二人は死屍累々のエントランスを抜け、とある部屋の前へと辿り着く。魔法騎士団団長の部屋である。


「この部屋、トリスタンが結界を張ってくれていたみたいでさ。何かを隠すのには絶好の場所に仕上がってるよ」

「ああ、あの出来損ないを進化させたのはここだったのか」

「いやいや、素質はあったと思うよ? クライヴ君。ただ、『選定者』が選んだ中では残念な感じではあったけど。それよりもトリスタン死んじゃったじゃん。クライヴ君はどうでもいいけど、そっちはどうするのさ? 折角末席に加わることが決まったのに。私たち、怒られない?」

「奴はまだ転生前。どちらにせよ、あのままでは使い物にならないのだ。却って都合が良かったではないか。『代行者』の転生術は不完全ではあるが、我らのしゅが目覚めるまでの繋ぎにはなるだろう」

「だからさ、その言動が代行者を怒らせるんだって…… 代行者、普段は優しいけど怒ると怖いんだから」

「それはお前が未熟な証拠だ、暗殺者」

「あーはいはい。流石は第三柱の創造者さんですねー」


 黒フードが扉を開ける。かつてクライヴが長きに渡る苦しみを味わったこの部屋には、男が一人拘束された状態で横たわっている。奇しくもそこはクライヴが女騎士達から快楽を、その果てに拷問を受けたベッドであった。


「鉄鋼騎士団の副官か。まあ、悪くはない」

「私の頑張りを少しは労わって欲しいなー。えーと、ジン・ダルバだっけ?」


 黒フードに名前を呼ばれ、身を捩じらせるジン。そしてジルドラらを激しい剣幕で睨みつけるが、ジンを拘束するは対象の魔力を封印するマジックアイテムである。自力で抜け出すには、アズグラッドやダン並の力がなければならない。


「正義感の塊で馬鹿みたいな奴だが、肉体が若いことは良い事だ。長く使える」


 ジルドラがその大きな手でジンの頭を掴む。


「わー、噂には聞いていたけど、創造者の『永劫回帰』を実際に目にするのは初めてだな」

「おい、拘束を解いてやれ」

「いいの?」

「構わん、直ぐに終わる」


 ジルドラがそう言い終わる直後には、ジンを縛り付けていた紐が散り散りとなってしまった。刃物で斬られたかのような傷口はあるが、ジンには何をされたのか感じ取ることができなかった。考えるよりも早く、ジンの意識が遠くなっていく。ジルドラの手の感触も、もう感じない。もう何も、考えられない。この体はジンのものではないのだから。


 ―――ドサッ。


 ジルドラであったドワーフがその場に崩れ落ちる。


「ふーん、もっと凄い雰囲気かと思ったけど…… 何というか地味だね」


 黒フードは床に寝転がるドワーフを今はもう見ておらず、その視線の先にあるのはジン――― ジンであった、ジルドラだ。


「ふ、ふふ……」


 ジルドラがベッドから起き上がる。その口元は緩み、ジンのものではない笑みを浮かべている。


「随分とご機嫌じゃん。一度殺されかけたって言うのに…… その新しい身体がそんなに馴染むの?」

「いやいや、そうではない。ほんの些細な思い出し笑いだ。十余年振りに我が子を見掛けてしまったのでな。運命とは何と愉快なのか、何と面妖なのか」

「……ふーん、よくそんな昔のことを覚えているね」

「あれほど母体と似てしまっては見間違いも起こらんよ。そうか、失敗作と決め付け早々に捨てたのは間違いだったのだな。これからは長期的観察も視野に入れよう」

「おーい、また自分の世界に入らないでよ。このドワーフ、まだ生きてるよ?」


 黒フードの指摘にジルドラは興味なさげにドワーフへ目を落とす。


「ぐ、が…… な、何だ、この痛みは……! それに、ここは……?」

「何だ、まだ生きていたのか」

「ぬ……! お前は、先ほどの……!」

「お前からすれば一瞬だろうが、私からすれば十年振りだ。やり残しがないと言えば嘘になるが、その体はもう必要なくなった。返してやろう、後は好きにするがいい」

「何をっ…… ぐお、おっ……!」

「うわー、痛そー」


 ドワーフの体は既に緑に染まり、所々腫れてきている。


「さらばだ、『工匠の父』と呼ばれし偉大なるドワーフよ。お前の知識、技術からの学びは有難く頂戴しよう」

「ま、待……!」

「よし、この体に異常はない。そろそろ魔王も動き出す頃合だ。暗殺者、今度こそ戻るぞ」

「あ、うん。何か裏門があったからそこから出ようよ。ん? ええと、何か忘れているような……」


 破裂音を背後に、ジンの姿をしたジルドラと黒フードは魔法騎士団の支城を去っていく。以後、トライセンお抱えの謎の商人を見た者はいない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ