第170話 死の商人
―――トライセン城
場面は変わり、ジェラールとダンへと移る。呪いと洗脳から解放された魔法騎士団をダンの部下に任せ、ボガ、100機の騎士型ゴーレムを背後に従えて二人は本城へと疾走していた。庭園を越え、本城はもう目の前。城の影になってここからは見えないが、更に奥の城外から悲鳴や戦闘音が聞こえてくる。今もゴルディアーナが奮闘しているのだろう。それに加え、遥か上空でも変化が生じていた。
「あの眩い炎、エフィル達も何者かと遭遇したか。それなりに強いと見える」
「む、あんな高所でか? 魔法で空を飛べる魔法騎士団は戦闘不能、竜騎兵団も大した者は残っていない筈だが」
「強いと言ってもワシが心配する程ではない。気にする必要もないじゃろう。それよりも……」
「うむ、あれが本城の入り口だ。流石はS級冒険者のゴルディアーナ殿だ。粗方ここの制圧は終わっているようだ」
本城の門は開かれ、中から兵が出て来た形跡がある。恐らくは突然のゴルディアーナの襲撃に城を守護する兵達が応戦したのだろう。兵が山となって積み重なっているあたり、迎撃には失敗したようではあるが。死んではいないが余程怖い思いをしたのか、兵は皆青い顔をしながら気絶している。
(一体何をされたんじゃろうか……)
ジェラールの不安は募るばかりであった。経験豊富な老兵にとっても未知の存在は恐ろしいものなのだ。味方ではあるが恐ろしいものなのだ。
「……見張り役に何機かゴーレムを残して置くとするかのう」
「それは良いが…… ジェラール殿、どうされた? 何やら体調が優れないようだが」
「いや、そうではなく―――」
ジェラールが否定しようとしたその時、城の上空にて激しい爆発音が轟いた。場所は、そう、先ほどエフィルの炎が見えた辺りからだ。二人は瞬時に顔を見上げた。
「何事だっ!?」
「これは……!」
空に広げ渡る激しい爆発。魔法によるものかは分からないが、かなり強力なものに間違いはないだろう。そこに追い討ちをかけるかのように、ダハクが大声量にて念話を一斉送信してきた。
『エ、エフィル姐さんが消えちまった!』
これ以上不安を煽る言葉はないだろう。すぐさまにジェラールはエフィルに念話を送り、安否の確認を行った。まさかとは思うが、いや、しかし。爆発の威力から導き出される最悪のケースがジェラールの思考を駆け巡る。
『こちらエフィル。無事戦闘を終了致しました』
意思疎通を通して聞こえてきたのはエフィルの声。その瞬間にジェラールは大きく安堵の溜息を漏らす。
『ハァー…… 寿命が縮んだわい……』
『エフィルねえ、さっきの爆発ビックリしたよ! ハクちゃんムドちゃんも大丈夫?』
『う、うっす。つか間近で見ていた俺が一番驚いたッスよ! 姐さん、爆発と一緒に消えちまうんだもん! マジで心臓に悪ぃ……』
『ダハク、後で新しい魔法の実験に付き合ってくれ。何、コレットがいるから死ぬことはないさ』
『え?』
どうやら心配していたのは皆同じだったらしい。念話で口々にエフィルの無事を喜んでいる。
『ご心配をお掛けして申し訳ありません。敵将は死亡、私たちは全員無傷です。あと、少々懸念事項もありまして…… 敵将トリスタンの配下モンスターを一体見失ってしまいました。以前、ご主人様が紋章の森でトリスタンと共に遭遇した鏡のゴーレムです』
『トリスタンが乗っていたあれか…… メルフィーナ、仮に召喚士が死亡した場合、その配下はどうなるんだ?』
『死亡した時点で召喚士との契約が解除され、その場に召喚されていなかった配下も強制的に魔力体から戻されます。召喚士と共に無理心中などと物騒なことにはなりませんのでご安心ください。あ、でもあなた様は死んではいけませんよ? 駄目ですよ?』
『まだまだそんな予定はないから安心しろ。こら、揺らすな揺らすな…… しかし、それならあのモンスターはどこに行ったんだ? 結構大型だった筈だぞ。屋内に隠れられるようなサイズじゃない』
タイラントミラはトリスタンがその手に乗れる程の巨体であった。いくら巨大な建造物である城があると言えど、即時にタイラントミラが隠れ、エフィルの千里眼を逃れられる場所はない。
『上空からは見当たりません』
『考え得るは召喚士が死亡する寸前に配下をどこかに召喚した、でしょうか。魔杭を併用すればエフィルから見えない範囲への召喚も可能ですし』
『一応セラねえに気配を探してもらおうよ。万が一奇襲なんてされたら危ないし』
『そうですね。セラさん、お願いできますか? ……セラさん?』
エフィルの問い掛けにセラの反応はない。どうやらセラ側から意思疎通を閉ざしているようである。
『そう言えば、さっきからセラねえ何も話してないね? どうしたんだろ?』
『……ジェラールの報告からセラの連絡がないな。仕方ない、セラには俺から話しておくよ』
『ならばワシが辺りを探索しよう。ちょうど手が空いたところじゃし、ここまで制圧できれば残りの戦力でも対応可能じゃろう』
『よし、ジェラールに任せる。エフィルも支援と平行して警戒を続けてくれ』
『承知致しました』
念話では相手の姿までは見えない為に分かり辛いが、このときジェラールは渾身のガッツポーズを決めていた。
(中心地に居ては奴と会ってしまう可能性が高いからのう。できるだけ城壁側の離れたところを探すとしよう。孫の手助けもできることじゃし、一石二鳥じゃ!)
仲間となった当初から目をかけてきたこともあり、ジェラールにとってはリュカ、リオン、エフィルが孫筆頭なのである。あと天敵に会いたくなかった。
『ゴアァ』
『む、ボガも来るか? よし、共に行くとしよう』
これからの方針が決まったところで念話での会話が終了する。と言っても高速での会話だったので数秒も時間は経過していない。
「ジェラール殿、驚きながら安心したようで行き成り歓声を上げているところ悪いのだが、本当に大丈夫か? かなり精神が不安定のようだが……」
その為にダンから見たジェラールの姿はかなり珍妙なものとなっていた。
「む、これは恥ずかしいところを見られてしまったわい。ガッハッハ、もう大丈夫じゃ!」
「そうか? やる気に満ち満ちているのはいいが」
「それよりもダン殿、少々野暮用ができてしまってな。ここからは別行動をとらせて頂きたい」
ジェラールはダンに大まかな説明する。その上での話し合いの結果、率いるゴーレムを半分に分けてダンは本城へ、ジェラールとボガは周辺の探索をすることで合意となった。
「それではダン殿、ご武運を!」
「そちらもな! 次は万全なワシの力を見せようぞ!」
ジェラールは颯爽とボガに騎乗し、勘を頼りに混成魔獣団の本部へと向かう。
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―――トライセン城
トライセン城の西、混成魔獣団本部沿いの城壁にて小さな人影が動いていた。影の主は身長140センチと非常に小柄であるが、その肉体は屈強そのもの。顎には長い髭を蓄えており、ドワーフとしての特徴を的確に表しているのだが、その気品ある衣装によりどこか異質な雰囲気を発している。ドワーフの名はジルドラ、クライヴの将軍就任の際にトライセンのお抱え商人となり、数々の武具、マジックアイテム、時には曰く付きの物品を提供してきた謎の人物。
ジルドラはトリスタンと分かれた後、計画通り城壁を越えてトライセンから脱する為、城の中心から見て支城の影となっているこの場所へと訪れていた。
「……トリスタンめ、下手を打ったか。タイラントミラを使っておきながら、無様な」
ジルドラの足元の地面には杭が刺さっており、その横にトリスタンの配下モンスターであったタイラントミラが控えていた。ダラリと腕を地に落とし、特に動き出す様子もない。電源を落とされたかのような、そんな印象を受ける。
「いや、人間にしてはよくやった、と言うべきか。奴はまだであったな。まあ、ある意味で丁度良かった」
ジルドラが城壁に右手を添える。
「こうして最低限の時間稼ぎはしたのだ。私はゆるりと―――」
「―――どこへ行くつもりじゃ?」
背後からの声にジルドラは舌打ちと同時に添えた右手をタイラントミラに向ける。
―――キュイン
起動音。突如として動き出したタイラントミラの腕と大剣による攻撃が激突。ジルドラの鋭い眼光に漆黒の大剣を振るう黒騎士、ジェラールの姿が映し出される。
「むう!?」
渾身の一撃で斬り伏せようとしたジェラールの大剣が押し返され、そのままジェラールの巨体ごと後方へと飛ばされてしまった。
(こやつ、エフィルの話では魔法を反射するとのことじゃったが、直接攻撃も撥ね返すのか?)
地上へ着地したジェラールは剣を構え直し、ジルドラをその身で隠すタイラントミラを見据える。エフィルからこのゴーレムの特徴・特性を確認していたジェラールであったが、早くも情報に齟齬が生じてしまった。
「……予定変更だ。お前には実験に付き合ってもらおう」