第168話 メイドと竜
―――トライセン城・上空
ご主人様達が城に降下し、私とハクちゃん、ムドちゃんの援護組は地上への火力支援と敵部隊の妨害活動を主に活動を開始しました。ちなみにこの呼び名はダハクさんに「クロト先輩と同じでお願いします! エフィル姐さん!」と言われたことがありまして、現在はちゃん付けで呼ばせて頂いています。ムドちゃんに関してもリオン様から「エフィルねえ、ムドちゃんもそう呼ばれたいってさ」と、ムドちゃん自身からもキラキラとした瞳で見詰められてしまいました。なぜなのか、皆さん料理を食べてから表情が柔らかくなった気がします。
あ、申し訳ありません。話が逸れてしまいましたね。ここはトライセン本城の遥か上空、敵兵の弓や魔法は届きません。今もこちらに向けて放たれた矢が山なりに落ちていきました。
「くそっ、見張り塔の上からでも矢が全然届かねぇ。このままだと一方的に攻められるだけだぞ。魔導士は何をやっているんだ!?」
「障壁の復旧で手が回せないらしいぞ。さっき中心区の長から連絡があったそうだ。それよりも今ので位置がばれたかもしれん。早くここから離れよう」
「お、おい! 下から例の筋肉の化物が登って来てるぞ!?」
「か、壁を直でだと!? しかも速い!」
「撃て、撃てっ!」
地上ではゴルディアーナ様が単身で囮役を奮闘しています。屋外ですので私の視界からもしっかり確認済みです。私が状況を把握し、ご主人様の意思疎通を通じ図解してハクちゃんとムドちゃんに伝達。ゴルディアーナ様の場合は火力支援よりも補助が中心になりますね。今もハクちゃんが見張り塔に登りやすい様、能力で塔の壁に丈夫な蔓を伸ばして力添え中です。
「プリティアちゃん、勇ましいぜ…… 美人なだけじゃないんだな……」
……少々、ゴルディアーナ様ばかり支援しているようにも見えますが、ここはメイドとして心を汲んだ方がいいのでしょうか? 仕方ありません。私とムドちゃんで他はカバー致しましょう。誰だって恋は応援したいものなのです。あれ? でもこれだとジェラールさんの恋路を邪魔していることになるのかな? 前にゴルディアーナ様が「私とおじ様は相思相愛よん」と仰っていましたし。どう致しましょう……
『エフィル、マップに記した位置に爆撃を頼む。シュトラ姫がいないことは確認した。盛大にやってくれ』
『エフィルねえ! こっちにもお願い!』
いけない、ご主人様とリオン様から念話が届きました。同時にマップ上に八箇所の狙撃マークが書き足されます。お二人は別々のルートから本城の最上階に向かっているのですが、魔王のいる敵本陣だけあって敵兵が多く、苦戦は全くせずとも時間を要してしまっているようです。だからこその私たち支援組なのですが。
「ムドちゃん、そこの3つのポイントをお願い。後は私がやるね」
「「「グォン」」」
ムドちゃんはまだ念話での会話が不慣れなので、直接声に出して指示をします。弓を構え、5本分の矢の魔力を装填。ムドちゃんも各首の角を光らせ、ブレスの準備が完了。一斉に放ちます。ほぼ同時に着弾した八箇所のポイントが爆発し、激しい噴煙が巻き起こりました。よし、1ミリもずれなく撃つことができました。威力の調整もバッチリです。お城を倒壊させてしまってはシュトラ様を探す意味がなくなってしまいますからね。あくまで敵戦力を削ぐことが主目的です。
「グォー……」
黄色角のムドちゃんはブレスを少し外してしまったみたい。ガックリとうなだれてしまいました。
「一箇所だけ外れちゃったね。でもほんの僅かな誤差だよ。ご主人様には私からフォローしておくから、今度練習しようね?」
「グォ!」
良かった。元気を出してくれたみたいです。元気付ける最中に外したポイントに矢を撃っておいたので、これでムドちゃんの面目も守られたはず、だよね?
『申し訳ありません。一箇所だけ爆撃が遅れてしまいました』
『いや、敵の一掃を確認した。流石だよ』
『ありがとー! それじゃ、今のうちに進んじゃうね!』
な、何とか誤魔化せたようです。良かった…… ええっと、ジェラールさんとボガちゃんも無事に正面を突破して、そろそろゴルディアーナさんと合流かな。セラさんは―――!
「ハクちゃん、ムドちゃん」
「「「グォン?」」」
「あそこの通路を塞いで、催眠系の毒を撒き散らす植物を生やして…… おおっ、プリティアちゃんの腿チラが!」
「………」
何やら夢中になってしまっていますね。念話に切り替えて直接ハクちゃんの頭に呼び掛けます。
『ハクちゃん!』
『お、おわっ!? な、なんですかい、エフィル姐さん!』
驚かせてしまったようです。緊急時でしたので、少々大声を上げてしまいました。ムドちゃんは何が起こったのか分からず、お互いの顔を見合わせて首を傾げています。
「地上より敵が接近中です。注意してください」
「お、マジッスね。もうこの高度まで来れる戦力は残っていない筈なんスが……」
ハクちゃんも確認したようですね。でもね、いるじゃないですか。私たちが知る中でもただ一人、その手段を持っていそうな方が。
「……トリスタンか!」
「「「グゥオルルゥ……」」」
元竜騎兵団だった二人もあの敵将を知っているようです。ちょっと、と言いますか分かりやすいくらいに敵意剥き出しです。相当嫌っているのかな。以前ご主人様は彼を取り逃がしてしまったのですが、その際に従えるモンスターを含めてステータスを覗いていました。彼はご主人様と同様、召喚士なのです。それも瞬間移動のように術者自身も召喚の対象とする、特殊な召喚。不意打ちに使われてしまえばとても厄介なことでしょう。ですが、今はその心配はありません。逆にここに来たのが不思議なくらいです。
「来るッスよ!」
敵将が紫の羽を持つ怪鳥に乗ってこちらに向かって来ます。
「やあやあ、はじめまして、ですかな? 可愛らしいメイドさん。私の名は―――」
射程圏内には疾うに入ってますね。自己紹介をして頂けるようですが、必要ないので撃っちゃいましょう。予備動作を極力なくし、火神の魔弓で心臓目掛けて速射を放ちます。
「―――トリスタン、と申しますが」
矢が何者かに弾かれました。目の前に召喚されたのは大型の、無機質なモンスター。上半身だけのゴーレムと言えばいいでしょうか。2本の風変わりな腕が宙に浮き、四角錐を逆にした胴体に頭が搭載されています。表面は鏡ように月の光を反射してキラキラと輝いていました。外見の特徴からご主人様が見たモンスターと推測されます。
「容姿に似合わずなかなか大胆なお嬢さんで―――」
「多首火竜」
第一竜頭から第八竜頭までの首を一斉掃射。夜空が火竜が灯す炎の光で明るく照らされます。空中戦ですので、固体別に体は分離、と……
「す、ね……」
各首に対象を捕捉。怪鳥とゴーレム、半々で追尾しましょうか。
『エ、エフィル姐さん、相手の口上の途中なんですが……』
『別に無理に付き合う必要はありません。あの敵将は口車が上手いともアズグラッド様から伺っていますし、さっさと攻撃してしまいましょう。もしかしたら時間稼ぎかもしれませんよ?』
『そ、そうスか…… ムドファラク、やっちまうぞ! って念話はまだ駄目だったか』
ハクちゃんとムドちゃんも漸く戦闘態勢になったみたい。
「……なるほど、よく教育されたメイドだ。私の屋敷に欲しいくらいです」
「お断りします」
丁重にお断りするのと同時に、多首火竜を飛ばし火炎城壁で敵背後の退路を塞ぎます。そうでした、ご主人様達に連絡しませんと。
『エフィル、ダハク、ムドファラク、本城上空にて敵将トリスタンとの戦闘に入ります』




