第167話 罰は続く
―――トライセン城・パーティー会場
「■■■■ーーー!」
奇怪な叫びと共にクライヴの背がまた膨れ上がる。歪に構築された新たな腕は合計6本となり、その全てに打撃系武器が握られていた。出来の悪い阿修羅像、現代人からすればそのように見え、この世界の住民には邪神像かと思われるかもしれない。兎も角、顔を除いた全てのパーツが醜悪に膨張し、体のバランスに釣合いが取れていないのだ。
そんな更なる化物と化したクライヴに、セラが会場の死体を掻き集めて生成した血を浴びし黄泉の軍勢は臆することなく迫り行く。それどころか自身の主に献上する為の供物程度にしか見做していない。紅き髑髏に恐怖を感じる心はなく、素体となった肉体の復讐心を宿し、ただひたすらにセラに尽す。
「■■■ッ!」
「「「オオオオオッ!」」」
クライヴと髑髏の軍勢が扱う得物は互いに呪いの武器。空気を切る音は絶叫となり、武器がぶつかり合えば怨念が滲み出る。双方の風貌と相まって文字通り壮絶な恐怖の戦いとなっていた。互いの剣戟が轟く拮抗する戦い、しかしセラがそれを黙って見ている筈もなく―――
「相手から目を離しちゃ駄目じゃない」
注意が散漫となったクライヴの懐に難なく入り込み、今日何度目かの拳を叩き込む。これまで腕を使って防御を行っていたクライヴであったが、察知が遅れ紅き拳は顎へと吸い込まれていった。骨が粉砕し、肉が潰れ、クライヴの体は向かいの壁まで吹き飛んでいく。
「さ、これで顔下半分は支配完了ね。これで貴方の忌まわしい声も聞かなく済むわ。って……」
クライヴの顎は潰れ、とてもではないが声を出せる状態ではなかった。それでも並外れた再生力により徐々に徐々にではあるが蘇生を開始している。
「命令、黙りなさい」
それを見たセラはお願いするように可愛らしく手を合わせ、支配者としての決定を下した。但し目は笑っていない。これで例え顔を再生したとしても、クライヴは声を出す権利を失ってしまった。
「「「オオオオオッ!」」」
吹き飛ばされ、地に伏すクライヴに血を浴びし黄泉の軍勢が追い討ちする。無防備となったクライヴに各々の得物を突き刺し、抜き、突き刺しを何度も繰り返し行う。その様は生前の恨みを晴らすように鬼気迫るものであった。悲鳴を上げようにも口は堅く閉ざされ、どす黒い血液だけが舞い上がる。
「……ッ! ……!!」
「貴方、相当恨みを買ってるのね。私もここまでとは思わなかったわ」
混乱の最中、クライヴが力任せに振るった凶器が偶然に一体の下僕に衝突し、バシャリと赤い液体が飛び散った。
「……あーあ」
打撃を受けたスケルトンはその瞬間に液体となり、クライヴの持つ大槌を赤く染める。クライヴの手に相手を破壊する感触はなかった。あたかも、初めからそういった役割であったかのように。
―――ズガァン!
突如として先ほど下僕を屠った大槌が爆発する。その爆発はクライヴの片側の腕を纏めて巻き込み、消失させてしまう。この下僕達はセラの血で形成されているようなもの。仮に破壊に成功したとしても紅き骸骨は血に戻り、己を害した発端を主の支配下へと誘うのだ。
「……!?」
爆発に驚愕する暇もなく、クライヴの額に宙より飛来した長剣が突き刺さり、貫通する。セラの支配下にあった呪い武器の一本だ。
「これだけ呪いを与えているのに、全然堪えないわね。耐性でもあるのかしら? それに頭を貫いても生きているなんて、凄い生命力――― あ、そっか。貴方にとって頭部はそこまで重要な部位じゃないのね。ごめんなさい、勘違いしちゃったわ。それじゃあ弱点を探さないといけないわね」
セラに命じられた下僕らが場所を変え場所を変え、突き刺しを再開する。最早セラは倒すよりもいたぶることを目的としてしまっていた。セラの内に秘めたスイッチが入ってしまったのか、完全にドSモードとなっている。宙に滞在するどの武器を次に放とうかとセラが品定めしていたその時、シャットアウトしていたはずの念話が届いた。
『セラ』
『え? ……ケ、ケルヴィン!?』
念話の主はケルヴィンであった。ケルヴィンの声を聞いた途端にセラの瞳から赤みが掻き消え去り、逆に頬が赤くなる。セラはケルヴィンとの念話の回線だけは開けていたようだ。
『どうしたんだ。注意力が散漫になってるぞ?』
『う、ううん、何でもないの、あはは……』
『ジェラールから連絡があったんだが、そっちに相当数の武器が向かってる。気付いていたか?』
『……あ』
『おい』
どうやらセラは周りが見えていなかったらしく、指摘されることで漸く現状に気が付いたようだ。ケルヴィンから呆れた声が返ってくる。
『えっと、えへ♪』
『えへじゃない! 普段ならその可愛さに免じて許すところだが今日は……』
『あっ、ごめんなさい。そろそろ追加の敵さんが来るみたいだから、一度切るわね。ケルヴィン、ありがと!』
『お、おい―――』
セラは念話を強制的に終え、頭を冷やしたところで外を向く。そこに見えるは飛来する武器の大群。向かうはこのパーティー会場、正確にはクライヴの体であった。クライヴを攻撃していた下僕の一体がセラに近づき、跪く。
「オオオオ」
「そう、やっぱり死なないの。そうね…… 貴方たち、魔力を全部私に献上しなさい」
セラの言葉に7体の下僕達は姿を血液に変え、支配下の武器らは蓄えた魔力を根こそぎ取り出し、セラの拳へと収束する。そうしている間にも、外から新たな呪われし武器達が次々に飛来し、クライヴの体へと納まっていく。それと共に欠損した体の再生スピードは速まり、クライヴの魔力も膨れ上がっていった。
「ふう、どうかしていたわ、私。貴方の奇妙な体、死ねない呪いにでもかかっているのかしらね? ま、同情はしないけど」
立ち上がるクライヴの右腕が変貌する。それは巨大な、10メートル程もある歪な呪剣。内にある全ての呪いを右腕に融合させたのだろうか。1000以上にも及ぶ呪いの集合体が、会場の全てを巻き込んで薙ぎ払われた。
「足元」
「……ッ!?」
クライヴの足がバランスを崩し、薙ぎ払われた呪剣は天井を突き破って軌道を変えられる。クライヴの足下には背後より真赤な線が引かれていた。床の血の海より伸びた、一本の線。セラの『血操術』でクライヴが倒れている隙に死角より伸ばした、最後の罠。それに気付く間もなく、セラはクライヴへと接近していた。
「血鮮逆十字砲」
血色の逆十字はメルフィーナとの戦いの時よりも鮮明に、そして光を増して描かれる。呪剣を振るってしまったクライヴに止める術はない。
「……ッ! ……ッ!」
例え体中に目玉を形成し、彼の固有スキルである『魅了眼』を全方向へ乱射しようとも、クライヴにセラを止める手立てはないのだ。
「きもいっ!」
放たれた紅き閃光はクライヴ本体を完全に消し去り、邪悪な気を一掃する。この瞬間にクライヴの洗脳効果は世界から消失し、心を囚われていた女性達は解放される。直撃を免れた呪剣の剣先の半分ほどだけが残り、ズガンと床を突き破って下の階層へと落ちていった。
「あっ」
そしてセラは感じ取る。半壊した呪剣がケルヴィンがいる付近、セラが唯一察知できなかった場所へと向かうことに。
セラの血鮮逆十字砲は集めた魔力量と自身が流したた血液の量が多い程威力を増す。しかしセラの出血は『自然治癒』により既に塞がっており、メルフィーナのとき程は血を流していなかった。
「……もう少し、手負いになっていた方が良かったかしら?」
小型クロトより取り出したMP回復薬を飲み込みながら、呪剣を追ってセラは破壊された外壁より飛び出すのであった。