第166話 呪われし女騎士
―――トライセン城
鉄鋼騎士団本部とトライセン本城を繋ぐ庭園では、ジェラールとボガ、そして騎士団を率いるダンがある集団と激突していた。呪いの武器を携えた、魔法騎士団の女騎士達である。
「フンッ! ハッ!」
前線に立つジェラールが5人の女騎士の一斉攻撃を魔剣で受け止め、まとめて払い除ける。各々の得物は彼方へと飛ばされ、本城の壁へと突き刺さった。武器を失った途端に女騎士達はその場で倒れこみ、意識を失ってしまう。
「倒れた者は運び出せ! 一応縄で縛るのも忘れるでないぞっ! 作法としてっ!」
「了解!(さ、作法って何だ?)」
ジェラールとダンは何度かこの女騎士らと戦う中で、ある法則があること見つけ出した。クライヴの『魅了眼』による洗脳が弱まったのか、呪いによる力がそれを上回ったのかは微妙なところだが、女騎士を倒さなくとも呪いの武器を手放させることで戦闘不能にすることができるのだ。相手は罪もなく洗脳を施された若々しくも美しい女性ばかり。覚悟を決めた騎士らも本音のところでは彼女達に憧れていた節があり、できることなら殺したくはない。となれば、取る戦法はひとつである。
「皆の者っ! 無理に彼女らを殺す必要はない! 手に持つ武器を取り上げるのじゃ! さすれば、彼女らは呪いから解放される!」
「武器には直接触れないよう十分に注意しろ! 今度はワシらがああなるぞ!」
「「「おうっ!」」」
騎士団の士気が上昇しているのはご愛嬌だろう。
「くっ、力負けする、だとっ!?」
「油断するな! 身体能力は以前の比ではないぞ! 互いに連携しろ!」
しかし呪いの武器によって強化された女騎士達の力に、熟練の鉄鋼騎士団は苦戦を強いられていた。単純なパワーは勿論のこと、唱える魔法もワンランク上のものを使用してくる。その強さはケルヴィンのゴーレムに迫るものがある程。呪いによって無理矢理に体を操っているらしく、戦闘によって疲労している様子も感じられない。そしてまた、後方より女騎士の一団が魔法を詠唱し始めた。
「ジェラール殿!」
「うむ!」
拮抗する戦線に放たれる魔法。A級相当の炎の塊だ。魔法が放たれるよりも早く、二人のロートルはルート上の女騎士が持つ呪いの武器を折り、砕き、破壊しながら駆け出す。
「「ハァ!」」
黒き魔剣と白き聖剣を構え、二人は長年共に戦い続けた戦友のように息の合った連携で魔法を切り伏せる。炎は四散し、魔力の粒子がジェラールの持つダーインスレイヴに吸収、大聖剣チャリスは白く輝きダンを癒していく。
「全快だ!」
「よし、次に行くぞ!」
攻撃の為に唱えられたA級赤魔法は結果的に二人をより強く、より元気にしてしまったようだ。このように二人を基点に戦線を押し始めてはいるが、魔法騎士団はこの場所に全軍を投入しているらしく、数の多さと不殺により時間を要してしまっていた。
「致し方ないのう。ボガ!」
「ゴアァ。すぅ……」
ジェラールの指示にボガが頷き、空気をドンドン吸い込んで腹を膨らませていく。ボガはその巨体と頑強さを活かし、ジェラールやダンと共に敵陣への道を切り開く役割を担っていた。つまり、敵陣のど真ん中にいる。その場で無防備となってしまっているボガであるが、二人の騎士の鉄壁の護りにより敵は近づくことができない。
「そろそろか…… 皆の者、耳を塞げぇ! ブレスがくるぞぉ!」
ジェラールが叫ぶ。直後、ボガの大口がバカリと開いた。
「……グゥルルゥアアーーーーー!!!」
ボガが放ったのは声を増幅させた音のブレス。全方向へと襲い掛かる大音量の音波は聞く者の体に衝撃を与え、行動を封じていく。
「い、今が好機、全軍、と、突撃……!」
「「「お、おう……」」」
「ゴァゴァ」
敵も、味方も…… それでも事前に警告があった為、直撃を受けた女騎士らよりはマシではある。この隙を狙って鉄鋼騎士団の面々は武器を破壊していく。しかし全てを破壊するまでには至らず、ボガより遠くにいた者から復活していった。
「……ふぅむ、まだまだおるな。斬るならまだしも、得物だけを狙うとなるとのう。なあ、斬って良いか?」
「「「ジェラールさん、どうか穏便に!」」」
「何その団結力……」
「しかし、これ以上時間をかける訳にも…… む?」
騎士団がジェラールに組み付いたそのとき、女騎士達の動きに、正確には彼女らが持つ呪われし武器に変化が起こった。各々の装備者の手を離れ、武器が宙に浮き始めたのだ。呪いから解放された魔法騎士団は意識を失い、次々と倒れていった。
「退いて行く……?」
様々な種類の武器が本城に向かって一斉に飛んで行くのを見て、誰かが呟いた。光に誘われる羽虫のように、その動きに迷いはない。更に武器が向かう先であろう城の一部から、異様なプレッシャーが放たれた。
「くっ!? この本城より発せられる猛烈な黒々とした殺気、魔王の覚醒か!? 何と言うことだ、やはり国王は…… ジェラール殿、ボガ、ワシはこれから本城に向かう。すまんが、力を貸してくれないか?」
「う、うむ。勿論じゃ」
「お前達、今のうちに魔法騎士団を拘束しろ。大隊長は―――」
ダンが部下達に指示を出していく中、ジェラールは少々思うところがあった。先ほどのプレッシャーである。
(この殺気、セラがマジギレしておるな…… 念話にも反応がないのう。セラめ、何をしておるんじゃ? 気付いておるとは思うが、王と姫様にも連絡しておくか)
「グルゥ……」
ボガが不安そうに鳴く。
「何、心配せんでもセラなら大丈夫じゃ。むしろ相手を心配した方が良い。いや、本当に」
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―――トライセン城・パーティー会場
煌びやかだった宴の会場は見る影もない程に半壊状態であった。外に繋がる一面の壁はまるごと消滅し、シャンデリアは全て地に落とされている。大理石の床は裂け、今にも崩壊してしまいそうだ。その床に、クライヴであった化物が膝をつく。無尽蔵に武器を収納していた黒ずんだ体には謀反を起こした武器達が突き刺さり、漆黒の血が流れ続けている。
「これで113本目、後どれくらいあるのかしらね?」
空中に停滞しながらセラがクライヴを見下ろす。セラの周囲には無数の武器武器武器――― そのどれもが元々はクライヴの体から出てきたものである。セラの瞳は真赤に染まっている。これは悪魔が激昂した際の特徴であるが、それと同様の色彩を放つ魔力をセラは全身に纏っていた。血のように紅い魔人闘諍、S級黒魔法【魔人紅闘諍】である。
この魔法を発動して以降、セラはクライヴを圧倒していた。呪いの武器はセラを傷付けることができずに逆に支配され、殴られれば拳に触れた先から支配される。攻撃することも、防御に徹することも、そのどちらもがセラの支配に直結していたのだ。既にクライヴは右腕を3度、左腕を2度、両足を1度支配され、その都度に部位を斬り落とし、新たに局部を形成するのを繰り返している。その再生も無制限ではなく、奪われた武器による八方からの攻撃によりガリガリとHPは削られている。
「血を浴びし黄泉の軍勢」
血の海に沈んでいた肉塊が膨張し、凝固し、人の形を作っていく。この血の海はパーティー会場にいた来客のものであるが、セラの頬を伝っていた血も含まれている。他と混じり合ったセラの血は同化し、一切を同質のものへと変質させ、遂にはその全てがセラのものとなっていた。クライヴも今ではそのことに気付いているが、代償に両足を失った。
「出来上がったのは8体か…… 貴方、ちょっと横暴じゃないかしら? これしか作れなかったじゃない」
セラは血色のスケルトンに武器を渡す。呪われし武器を引き摺るように、悪魔の僕はクライヴに迫った。