第163話 開門
―――トライセン城
布を羽織ったコレットを抱え、ムドファラクから飛び降りたリオンは直ぐ様『隠密』スキルを発動させる。その瞬間にリオンの姿は周囲に溶け込み、上空からケルヴィン達を見送るエフィルらの目にも映らなくなった。
『それじゃ、僕は予定通りセラねえの所に向かうね』
『頼んだ。転移門起動後はアレックスと共に遊撃隊として動いてくれ』
『りょーかい!』
地面が近づくとリオンはコレットを脇に抱え直し、空いた右手に魔力を篭め始める。
「電磁鞭!」
リオンの手より細長く伸びた電撃はエフィルが本城に開けた穴に接触し、収縮することでリオン達をそちら側へと牽引する。この段階で落下による引力は緩和され、超人めいた体さばきでリオンは難なく着地を終える。
「無事到着だね。コレット、大丈夫?」
コレットは口を押さえ無言ながらも大丈夫だとサインを出す。コレットに気を使ってアクロバティックな動きを極力控えていたリオンであるが、慣れぬコレットにとってはそれでもハードなものであったらしい。
「ごめん、もう少し我慢してね。セラねえのところに急ぐから―――」
―――ドガァーン!
少し離れた場所から地の割れる激しい音が聞こえてきた。ケルヴィンであれば飛翔により音もなく着地するので、恐らくはゴルディアーナが着地したんだろう。今回、ゴルディアーナの役割は囮である。その目立ち過ぎる存在感から、リオンのように潜入には向かない為だ。「私の魅力で注目を集めるわん。その隙にケルヴィンちゃんとリオンちゃんは行動しなさい」、などと男らしい発言が本人の口から出たので、この度ケルヴィンが採用したのだ。
「……急ごう。プリティアちゃんが頑張ってくれているんだ」
そうリオンは小さく呟き、頭の中に浮かぶマップを頼りに走り出した。
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―――トライセン城・中央区
リオンが扉を開けると、セラはくつろぐように椅子に座っていた。その姿は屋敷のリビングでのものと変わらない。その隣には管理者の長が直立不動の姿勢でリオンに敬礼を送っている。
「あら、リオン早かったわね。コレットも――― 大丈夫?」
「あはは、急いで来たら酔いが悪化しちゃったみたいで…… 一応気をつけたつもりだったんだけど」
リオンの腕から降ろされたコレットの顔色は真っ青である。本人は大丈夫だという姿勢を頑なに譲らないが、昇格式の際に行った模擬試合での惨劇を目にしているセラとリオンにとっては、とてもそうには見えなかった。
「ケルヴィンかメルがいれば白魔法で介抱してあげれるんだけど……」
「と、とりあえず背中さするね」
「っうぷ…… いえ、私は大丈夫です。むしろ―――」
コレットはリオンに振り返る。
「至福の一時でしたので」
「そ、そう? よく分からないけど、コレットが無事なら良かったよ」
顔色は悪いのに最高の笑顔を返すコレット。彼女の中では気持ち悪さによる嫌悪感よりも、終始リオンに触れられた幸福感が勝ったようである。移動中、布を羽織った為にコレットの表情が見えなかったのは色々と幸いだったのかもしれない。
「病み上がりで悪いんだけど、転移門の起動をお願いしてもいいかしら?」
「お任せください。メル様とケルヴィン様から授かった大任、必ず成功させます! ……っうぷ」
「ええと、肩を貸すわね」
コレットはセラの肩を借りながら、よろよろとやっとの思いで転移門のコンソールである台に辿り着いた。リオンはその後ろで小型クロトから取り出した紙袋を広げ待機している。
「それで、どうするの?」
「……元々、転移門は太古の神の移動手段として作られたものだと伝えられています。数え切れぬ時が経ち、何時からかデラミスの巫女は緊急時にこの門が使えるようにと、神から技を授かりました。それは限定的で万能なものではありませんが、どこの転移門でも起動させる程度のことはできます」
コレットは台に手を当て、こう唱え始めた。
「デラミスの巫女、コレット・デラミリウスの名において起動を命じます」
ピッ、と鳴り出す機械音。まるでパソコンを起動させたかのような軽快なものであったが、門の柱にはほのかに青い線が走っている。転移門は確かに起動したのだ。
「ハァ、ハァ…… 私にできるのはここまでです。門の行き来はその資格を持つ者にしかできません。私はトライセンの許可を受けていませんのウッ!」
サッとリオンがコレットの口元に紙袋を被せる。転移門を起動させる為の大量の魔力消費が、遂に引き金を引いてしまったようだ。セラがコレットの背中を下から上へさする。
「よく頑張ったわね。誰も気にしないから早く楽になっちゃいなさい」
「でもセラねえ、僕たちもこの門を繋ぐ資格を持ってないよ? 起動させたはいいけど、どうするの?」
「……ちょっとケルヴィンに聞いてみる」
セラも聞いていなかったようで、頬をやや赤らめる。セラがケルヴィンに念話を送ろうとした調度そのとき、行き成り転移門のゲートが開かれた。うっすらと3人の人影が見えてくる。
「え、ええ!? 誰か門を開けたよ!?」
「え、ちょ、今は―――」
これには流石のセラとリオンも驚きである。なぜならば―――
「ったく、あの狸親父、何がパーズの警備隊長に任命するだよ。資格だけ寄越せば良いものを、体良く扱き使う気満々じゃねぇか」
「まあまあ、いいじゃないですか。ご主人様がアズグラッド将軍をパーズに残した理由が分かったんですから」
「そのあいつをご主人様と呼ぶの止めねぇか?」
「無理ですよ。このメイド服を着ている限りは命令は絶対…… っと、あら?」
―――今は、転移門の真正面でコレットがアレしている最中なのだから。
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「ノックしないで入ってくるのはどうかと思うわよ?」
「無理言うんじゃねぇよ。それに嘔吐なんて珍しくも何ともねぇだろ。フーバーだって訓練中何度も……」
「うわぁー! 言わないでくださいよ!」
「アンタはもう少し乙女心を学んだ方が良いと思うわ」
コレットは部屋の隅で壁を向き、体育座りの格好ですっかり消沈してしまっている。その背後に立ってリオンが必死にフォローしていた。
「うふふ、あのような羞恥、2度も見られてしまいました……」
「だ、大丈夫だよコレット! コレットはとっても魅力的だよ!」
「そうでしょうか……」
「そうだよ! 少なくとも僕やケルにいはコレットのこと好きだよ! きっとメルねえも!」
「………」
まだまだ時間はかかりそうである。セラはその様子を心配そうに見守りながらパーティ全体に現状を報告する。ジェラールからも報告があり、正門を突破し鉄鋼騎士団の本部を制したとのことだ。
「ハア、とりあえず私は先に行くわ。このままここにいても仕方ないし。アンタたちはどうするの?」
「これから転移門から俺の部下とデラミスの部隊が来る予定だ。それまではここの死守に専念する」
「ああなってしまった原因である私たちからは申し上げにくいのですが、一度彼女をパーズに戻した方が良いのでは?」
ロザリアの提案は尤もである。わざわざ不安定な状態のコレットを戦場に置く必要はない。だが、その提案に反対する者がいた。
「いえ、その心配はご無用です。最早不安要素は取り除かれましたので!」
「……何か、元気になったみたい」
リオンの声に、何とも言えぬ皆の視線がコレットに集まった。