第161話 報酬はあれ
―――トライセン城・正門前
「メル、こっちの虚偽の霧を解除してくれ」
「あら、もういいのですね。承知しました」
そんな男女の遣り取りの後、まるで霧が晴れたかのように歪みのような靄が消え去り、突如としてダンの上空に漆黒の竜が姿を現す。その漆黒の竜は鉄鋼騎士団の面々にも見覚えがあった。勿論、ダンにも。
「あ、あれは竜騎兵団の古竜じゃないか……? ほら、出陣のときにアズグラッド将軍が騎乗していた」
「まさか、ダン将軍を助けに?」
「馬鹿か! 岩竜が敵に回ったんだ。だとすれば、あの竜も寝返ったに決まっている!」
「ック! では王子は、やはり……」
騎士団の予想は殆どが正解であった。竜騎兵団将軍である当のアズグラッド及び、副官フーバーまでもが反旗を翻しているとは思い描けなかったようではあるが、この状況下では無理もない。と言うよりも、考え付くはずがない。
その一方でダンは異なる理由で額に汗を流し、目を見開いていた。黒竜はダンの前に舞い降り、着地する。その背にはひとりの黒ローブを着た男と、男を取り囲むように3人の美女が乗っていた。うち青髪の女は面識がなかったが、男を含む他の者達をダンは知っている。ケルヴィン、エフィル、セラ。パーズにて新たに台頭したS級冒険者パーティだ。昇格式のときとは違いドレス姿ではなく、各々の戦闘用装備を着用している。
(……改めて間近で目にすると、凄まじいな。皆が皆、先ほど剣を交えた黒騎士と同等かそれ以上の力を持っておる。面妖な趣の装備であるが、それらもA級、下手をすればS級か)
真に注目すべきは竜ではないと判断したダンは、より一層警戒心を強める。
「あんた、鉄鋼騎士団のダン将軍だな。何だよさっきの戦いは? 全然集中できてないわ勝負を急ぐは…… 戦う気あるのか?」
「そうよ! まるで外出したリュカの帰りが遅くて心配するジェラールみたいな雰囲気だったわよ!」
「え、ワシ?」
「兄貴、行き成り襲った側の台詞じゃないッスよ、それ。セラの姉御に至っては意味が分からないッスよ……」
出陣前はいつも不満気で群れることも全くなかったあの黒竜が、明らかに下手に出てツッコミ役に回っていた。ある意味で核心を突くセラの指摘と併せてダンは困惑してしまう。
(何なのだ、こいつらは?)
(―――っとか思ってんだろうな。うんうん、分かるぜ。その気持ちはよ)
挙句の果てに黒竜に同情された。
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「ふんふん。獣王の言葉で目を覚まし、トライセンのお姫様を助ける為にこの城に戻ってきたと」
「大方そういったところだ。門を潜ることもできずにジェラール殿に負けてしまったがな」
「ガァーハッハ! ……面目ない」
ダンの話を聞いたジェラールがシュンとする。敵の主戦力だと思って意気揚々と戦い、倒してみたら実は味方だったのだ。実に間抜けな話である。はい、指示したのは俺です。すみませんっ!
「いや、我等も操られていたとは言え、ガウンを攻め戦争に加担していた事実に変わりはないのだ。侘びを入れねばならないのはこちらの方だ」
「いやいや、俺なんて上から目線で変に偉そうなこと言ってしまって…… 本当に申し訳ない」
「それなら私も失礼なことを言ってしまったわ。ごめんなさい!」
「……セラよ、間接的にワシに酷いこと言ってない?」
「あのう」
謝罪の応酬が続く中、エフィルが口を挟んだ。
「ここ、一応敵本拠地前ですので、あまり長居は……」
「「「………」」」
ですよね。もっともな意見です、はい。セラの察知能力があるとは言え、謝り合っている場合ではないよね。依然としてトライセンに動きがないのは不気味だが、トリスタンには既に発見されているのだ。気が付かれていない筈がない。こんなところで話し込むのは無策すぎる。だが、その前に―――
「ダン将軍、これは提案なんだが、俺らを雇う気はないか?」
「雇う、とは?」
「知っての通り、俺は冒険者だ。将軍は姫様を助けたいんだろ? 依頼に見合う報酬があれば受けようと思うんだが、どうかな?」
「確かに、ケルヴィン殿が味方になるとすれば心強い。だがS級冒険者に見合う報酬か…… 悪いが手持ちの金は少なくてな、ワシの屋敷に戻れば―――」
「ああ、金は別にいいよ」
金では買えないものがあるじゃないですか。
「む、ならば何を望む?」
「そうだな。依頼を無事遂行したら、代わりに全力で俺らと戦ってくれよ。勿論模擬試合の範囲でさ」
「……そんなことで良いのか?」
「そんなことで良いのです」
交渉成立である。俺とダンは固い握手を交わす。魔王討伐同盟+α、ここに生誕。
『あなた様、これ、別に依頼を受けなくともやることは変わらないのでは……』
『俺のモチベーションが変わる』
出鼻は挫かれたが、俺はただでは起きぬ。それに依頼を受けた以上、シュトラ姫は全力で助ける。互いにwin-winな関係を築こうではないか。空にはメルフィーナの虚偽の霧を施したムドファラクとリオン達を待機させているが、まあ紹介する必要はないかな。一応デラミスの巫女やらガウンの王族やらオカマやらもいることだし。
『ケルヴィン、やっぱりここにもあったわよ、あれ』
辺りを警戒していたセラからの念話が届く。セラの手には古代文字が描かれた杭があった。トリスタン対策にある物を探してもらっていたのだが、どうやら当たりのようだ。
『予想通りだな。悪用されないうちに頂戴しておこう』
『オッケー。クロトに入れておくわね』
一先ずはこれで奇襲の心配はないかな。
「まずはこの城壁を抜けねばならない。鉄鋼騎士団の攻城兵器を用いても恐らくはかなりの時間がかかる。そちらの竜にも協力願いたいのだが」
ダンがダハクとボガを見上げる。体格的にも適任だと考えたのだろう。それよりもセラやメルフィーナが適任だったりするのだが。パワー的に。
「いや、俺がやるよ」
「ケルヴィン殿が?」
黒杖を取り出し、大風魔神鎌を唱える。形成された大鎌を見たダンは納得したように頷いた。
「なるほどな。ルノ、ゴホン…… シルヴィアとの試合の際に使ったあの大鎌か。デラミスの巫女が作り出した秘術をも破壊したそれならば……」
む、なぜか俺とシルヴィアの試合を知っているような口ぶりだ。どこかで観戦していたのかね?
俺は城壁目掛けて杖を振るう。助走なんていらない。その場でただ振るうだけだ。大鎌に触れた城壁はサックリと二つに割れ、そこからひび割れが広がっていくように障壁にまで裂け目が生じる。10秒もすれば城を囲う障壁全体にまで裂け目は到達したようで、パリンと音を立てて消滅していった。
「「「おお!」」」
「うむ、これも当然の帰結か」
ダンを除く鉄鋼騎士団の連中がかなり驚いている。どうやら俺の鎌を見たことがあるのはダンだけらしい。
「これから同胞とも戦うことになるが、大丈夫か?」
「部下たちも覚悟はできておる。兎に角、シュトラ様の命を優先してくれ」
「了解。クロト」
俺のローブの袖からクロトが顔を出す。
「持ってきたゴーレム全部出しちゃってくれ。」
俺の身長ほどに肥大化したクロトから次々と騎士型ゴーレムを出てくる。剛黒の城塞に配備していたゴーレム全てをクロトに詰めて持ってきたからな。ざっと100機ほどか。ワンなどの新型も持ってきたかったが、魂を組み込んでいる為かクロトの保管には入れることができなかったのだ。残念。
ゴーレムの他にもクロトには城下町侵入の際に怪しまれぬよう、武器防具を全員分詰め込んでいた。サバトはかなり躊躇していたが、結局は泣く泣く収納していた。サバトとしては収納するときの感触が苦手なのだそうだ。ゴマやコレットにはプニプニとした感触が好評だったのだが、まあ人それぞれか。
「むう、何から突っ込めばいいのか……」
「時間が勿体無いからなしの方向で。ダン将軍はこのゴーレム達と共に正面から攻めてほしい」
「正面となると、そちらは?」
「俺らは―――」