第157話 巫女演算
アズグラッドが屋敷を出た後、こっそりとパーズを抜け出した俺たちは人目に付かない所で召喚を解除していた仲間を再召喚する。ダハクは留守にしていると言ったが、実際は全員俺の魔力内に潜んでいたのだ。全ては単身でトライセンに向かう為。だってさ、よくよく考えてみろ。大人数で向かったとしても俺らの好敵手が減ってしまうではないか。ロザリア達にはエリィとリュカの指示に従うようにと言い伝えてあるし、アズグラッドが竜化したロザリアに騎乗して追いかけて来ることもないだろう。あいつにはあいつの役割を用意しているしな。
「よし、皆召喚されたな? ダハク、ボガ、ムドファラク。まずは明日中を目標に大渓谷の城塞に向うぞ」
「お言葉ですが兄貴、直に走った方が速いんじゃないですかい? 俺らが空飛んでも、たぶん兄貴の足より遅いッスよ?」
「んー、それはそうなんだが……」
「え…… お空を飛んで行かないの……?」
リオンが悲しそうな表情をする。目には涙を溜め、今にも泣きそうである。その後ろではオーラから般若を出現させたジェラールが静かに控え―――
「兄貴、お嬢! 俺らに乗ってください! 全速力かつ快適な空の旅を約束するッス! ボガ、ムドファラク、死ぬ気で飛ぶぞぉ!」
「いや、そこまで気合入れなくてもいいから。ジェラールも止しなさい」
「ハッ! ワシとしたことが、無意識に……」
何もリオンが可愛いからというだけの理由で空を行く訳ではない。ガウンから帰途に着いている『鉄鋼騎士団』がトライセンに到着する時間を換算し、調整しているのだ。アズグラッド曰く、将軍のダン・ダルバはトライセン最強の戦士と名高いらしいからな。こればかりは逃せない。絶対戦う。
「えへへー」
満足気なリオンがムドファラクに乗り込むのを期に、俺らもそれに続いていざ出発である。竜の巨体が宙に浮かび、大空へと駆け上る。俺はダハクらに敏捷強化を施しながら高鳴る心を押さえるのだが、その心とは裏腹に何とも言えぬ予感を感じていた。
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―――朱の大峡谷・剛黒の城塞
大方予定通りの時刻に剛黒の城塞に俺たちは到着した。だが、城塞で俺たちを出迎えたのは予想外の人物だった。
「……で、何で君らがいるのかな?」
「メル様とケルヴィン様の行動を予測致しました!」
「女の勘を頼りにコレットちゃんを追って来たのよぉ!」
このところ姿が見えなかったコレットと、皆大好きゴルディアーナお姉さんである。ええ、大好きですからボディビルダーも真っ青な渾身のサイドチェストを決めながら威圧するのは止めてください。そこに乙女要素は微塵もないです怖いです。
話の詳細を聞くに、コレットは俺らパーティの行動原理から連合軍を出し抜いて逸早くここに来ることを推測し、数日前にペガサスに乗ってパーズを出発していたそうなのだ。偶然にもその現場を見ていたプリティアは類稀なるその感性で何かを感じ取り、その足でコレットを追いかけて来たと。パーズにはデラミスからの援軍もやって来てるし、迷いなく追いかけることを選択したらしい。
『道理で最近平和だと思ったよ!』
『全くじゃ!』
『クソッ、だからいくら探してもいなかったのか!』
我らパーティ男勢は思い思いの叫びを共有する。一人方向性の異なる奴もいるが、気にしてはならない。いや、今はそれどころではないか。まさか俺の行動を先読みされるとは思わなかった。しかし―――
「その予言じみた予測能力には参ったが、これからどうする気だ?」
「神の名の下に、魔王を討伐されに行かれるのですよね? ならば私も同行致します」
「コレット、分かってると思うがお前は連れて行けないぞ。S級冒険者であるプリティアは兎も角、トライセンは敵陣の真っ只中。いくら俺らでもコレットを護りながら突破するのは難しい」
これまでのトライセンとの戦いは防衛側だった為、地の利はこちらにあった。次の戦いはその逆、兵力などあらゆる要素があちらが有利、とてもではないがデラミスの重鎮であるコレットを連れては行けない。
「ケルヴィン様、お忘れではないですか?」
「ん?」
「これでも私は召喚士です。自分の身は自分で守りますよ。ほら―――」
コレットが右手を掲げ、魔法陣を作り出した。やがてそれは輝き出し、コレットの配下が顕現する。
「……巫女様、迂闊に能力を晒すのはお止しください」
姿を現したコレットの配下は、神聖騎士団団長のクリフであった。おお、この人コレットと契約していたのね。
「黙りなさい、クリフ団長。今私は大事な交渉の最中なのです。これによってはデラミスの未来が左右されると知りなさい」
巫女様モードとなった凛々しいコレットがクリフを叱責する。と言うか、普段の彼女はこれが普通なのだろう。最近はちょっと興奮することが多過ぎてハジケ過ぎただけなのだ。できることなら俺やメルの前でも巫女様の君でいてほしい。
「クリフ団長のレベルは86、召喚術によるステータスの強化もありますし、十分に戦力に成り得るはずです。それに、私を連れて行けば独断での行動を後に責められることもないですよ」
「……なるほど。デラミスの巫女であるコレットが同行することで、作戦に正当性を持たせるのですね? いざという時に、自分が立案した策だと公言する為に」
「その通りです! 流石はメルフィ…… メル様」
本性が出かけていたことについては目を瞑るとして、それでは下手をすればコレットが責任を問われるのではないか?
『魔王が出現した際、デラミスの巫女の発言力は大幅に増します。曲がりなりにもこの世界で私の声を聞くことができるのはコレットのみですからね。作戦さえ成功すれば他国から文句を付けられることもないでしょう』
と思ったのも束の間、メルフィーナからフォローされる。うーむ、要は俺らが魔王討伐をしくじらなければ何の問題もないと。あれ? ひょっとしてコレットは俺やメルフィーナの為を想ってここまでしてくれているのだろうか? だとすれば、自分の欲望に従ってメル様に付いて行きクンカクンカしたいです! とか考えていると勝手に想像していた自分が恥ずかしい……
「ケルヴィンちゃん、私も悪い提案じゃないと思うわん。クリフ団長は現神聖騎士団の最高戦力だし、コレットちゃんには他にも配下がいるのでしょう? これ以上の味方はそうそうないわよん?」
「……分かった、分かったよ。但しコレット、自分の命を第一に考えて行動しろ。それが最低条件だ」
「ありがとうございます! 不肖ながらこのコレット、配下と共に全霊を尽くすことをお約束致します!」
「全てを賭けるなって…… まあ、ここに魔王討伐同盟結成ってことか―――」
「ちょっと待ったー!」
渓谷全域に響くような大声。その音源は城塞の中からであった。その場にいる全員の視線が城塞内部へ続く扉に集まり、やがて扉が勢い良く開いていく。
「俺も行くぜェアアァーー!」
顔を認識した瞬間にゴマに殴り飛ばされるサバト。最早これは持ち芸と称するべきだろうか。
「いきなり大声出さないでって何時も何時も言ってるでしょうが。あ、皆さんこんにちは。私たちもご一緒してよろしいでしょうか?」
殴り飛ばした当人はしれっと同伴を願い出て来るし、この王女様も本当に肝が据わっている。
「ハァ、もう纏めて面倒見るよ…… 魔王討伐同盟、ファイ……」
「ケルヴィン、やる気出して!」
俺、プリティア、コレット、サバトら各パーティによる魔王討伐同盟がここに誕生した。