第139話 前哨戦
―――朱の大峡谷・剛黒の城塞
「遂に来たか……!」
響き渡る地響きと無数の敵の数にサバトがゴクリと喉を鳴らす。冷静なゴマや他の者達も同様に緊張した面持ちだ。
「ケルヴィンさん。セラさんとメルさんの姿が見えないのですが……」
「ちょいとやってほしいことが出来てね。俺の合図があるまで伏兵として隠れているよ」
俺の魔力内にね。
「そうだったんですね」
「それ以降は作戦通りだ。城塞前の護りは任せたよ」
「おう! 死ぬ気で死守するぜ!」
「死ぬ前に逃げてくれよ…… それじゃ、俺は城塞の上に戻るから」
サバト達に念を押したところで、エフィルから念話が届いた。
『ご主人様、そろそろ……』
『頃合か。よし、挨拶代わりにエフィルの判断で撃っていいぞ。俺も今向かう』
エフィルが待機する城塞の屋上部分に飛翔で移動する。屋上に到着すると、ちょうどエフィルが矢を放ったところだった。
『申し訳ありません。防がれたようです』
敵の全軍が大渓谷に侵入したところで、『隠弓マーシレス』で初撃となる不可視の矢を放ったエフィルが申し訳なさそうに報告する。かつてエルフの里での防衛で混成魔獣団を恐怖のどん底へと陥れたこの矢であるが、今回の相手には感知可能な者がいるようだ。
『気にするなって。それだけの実力者がいるってことだろ? むしろ嬉しいくらいだよ』
まず目をつけるは空を飛ぶ黒竜と白銀の竜だな。特に黒竜の方は騎乗する者もエフィルの矢を打ち払うほどに強い。称号を見るに、こいつが竜騎兵団の将軍か。
『エフィルは次の手の準備をしてくれ』
『承知しました』
『ジェラール』
『うむ。こちらも作戦に移る』
エフィルの狙撃こそは失敗したが、奇襲はまだ終わってはいない。むしろここからが本番だ。
「総員、構え! ―――てぇー!」
―――ガガガガガガガガガッ!
ジェラールの号令と共に改装したゴーレム、総勢100機による魔導ガトリング砲による一斉掃射が開始された。空を飛ぶ敵グループと地上から迫って来る敵グループに向け、半分ずつにゴーレムを分けての攻撃だ。放出される光弾は弾速こそいまひとつではあるが、連射性に長けA級モンスターをも貫く威力がある。亜竜はもちろんのこと、幼竜や成竜であっても2、3の光弾を回避した辺りで被弾。やはり軍などの複数の敵に対して絶大な効果を発揮するようだ。
『メルフィーナ、作戦通りに召喚するぞ。後は分かるな?』
『ええ、お任せを』
敵の背後である渓谷と砂漠のちょうど境界線上にメルフィーナを召喚する。召喚完了時に最後列で気配に気付いたのか振り向こうとする者もいるが、もう遅い。竜騎兵団の軍勢は既に渓谷の中だ。
「絶氷城壁」
渓谷の壁に沿って展開される氷の壁。その巨壁は竜の飛ぶ遥か上空まで生成され、渓谷の天辺にまで到達する。
『ふふっ、これで鳥篭の完成ですね』
メルフィーナの魔力で生み出した防御壁だからな。下手したらこの城塞よりも強固なんじゃないか? 何はともあれ、敵の退路は絶たれた。
『うん、これで俺たちの役割である足止めは磐石だな!』
『ケルにい、これ足止めって言うよりも逃走防止だよ。殲滅する気しかないよね』
妹よ、細かいことは気にするでない。足止めは足止めなのだ。イッツマイタスク。
『ケルヴィン! 私も! 私も!』
『はいはい』
急かすセラを上空の敵部隊後方に召喚。現在、敵陣は道沿いに縦に伸びている。セラの任務は敵背後からの後陣への急襲だ。
『あなた様、それでは私も参ります』
更に、ここへ壁を作り終えたメルフィーナが戦線に加わる。正直なところ、後方の敵さん方は絶望ものだな。うちの最大戦力である天使と悪魔のタッグコンビが相手なのだから。距離的に聞こえないはずの悲鳴が聞こえてくるようだ。
『ジェラール、上空へのゴーレムの砲撃は気にせず続けてくれ。あの程度じゃ二人には絶対に当たらないから』
『そうじゃろうな…… む、力任せに突撃してくる者もおるのう』
『例の岩竜か……』
敵地上部隊の先頭を竜の姿を模した巨大な岩の塊が、鑑定眼で確認した名前はボガか。兎も角、岩竜ボガがこちらに猛突進して迫っていた。ゴーレムのガトリング砲も直撃はしているが、表面を僅かに焦がすのみで殆ど弾かれている。大層な装甲と耐久力だな。道幅の半分以上もあるその図体で、後ろに続く竜達の盾となって突き進もうとしているのか。
『ケルにい、僕とアレックスが行く?』
『そうだな。だが、その前に…… エフィル』
『はい』
弓を火力特化の火神の魔弓に持ち替えたエフィルが再び構える。既に矢には凄まじい量の魔力が犇いている。やがて紅に染まった矢は放たれ、山形の軌道で岩竜を飛び越えようとしていた。
「何だ? 撃ち損じたのか?」
「馬鹿! 警戒を怠るな!」
エフィルが最後の術式を完了し終えると同時に、紅色の矢より広範囲に飛来する火の粉。さながらそれは赤い雨が降っているようであった。やがて舞い降りた赤き雨は地面に、疾走する竜達に接触する。
「飛矢爆雨」
―――ドォゴォォォーーーン!
敵陣各地で連鎖的に起こる爆発。エフィルが放った飛矢爆雨から飛来する火の粉全てが触れた瞬間に爆発する爆弾である。分散する分威力が足りるか心配であったが、問題なく成竜も屠っているようだ。これにより岩竜を盾にしていた背後の竜騎兵は半壊状態に陥った。飛翔する矢は尚も爆撃の雨を降り注いでいる。
「くそっ! 腕がっ……」
「火の粉に触れるんじゃない! 爆発するぞ!」
「駄目だ! 逃げ切れ、ぐわっ!」
「地面に届く前にブレスで撃ち落せ!」
『まるで爆撃機だな』
『バクゲキキ、ですか?』
それでも流石は最強と称される部隊なだけはある。この状況下で対応策を講じ、爆撃の雨を潜り抜けた者も何体かいた。
『ああ、こっちの話だ。岩竜にも直撃したようだが…… 変わらず、か』
岩竜は今も前進を続けている。マジで頑丈だな、おい。
『あれはジェラールに任せた方が良さそうだな。リオンとアレックスは岩竜の横を抜けて地上の残党狩り、そのまま後方の三つ首に向かってくれ』
『うむ!』
『了解だよ!』
『ガウ!』
ギュン! と使い古されたバトル漫画のような効果音を残し、リオンとアレックスが姿を消す。うおっ、もう岩竜の目の前にまで移動しとる。稲妻反応を既にかけていたのか。
『うーん、何もしないのも面白くないよね』
『ガゥガゥ(一太刀浴びせようよ)』
『そうだね!』
岩竜とのすれ違いざま、リオンとアレックスは×を描くように互いに交差する。アレックスの口には劇剣リーサルが、リオンの手には新たに俺が鍛え上げた二振りの剣、『黒剣アクラマ』が握られていた。ゴーレムの砲撃にもビクともしなかった岩竜の装甲を、それぞれの剣がいとも容易く斬り裂いていく。
「―――!?」
大音声による騒音に耳を塞ぐ。実戦で使わせる機会があまりなかったのだが、アクラマもS級相手でも十分通用しそうだな。
『それじゃ、後はお願いね~』
そう言い残すと、そのままリオン達は一目散に駆け出して行った。
『まったく、戦闘となると王と同じようにやんちゃになるのう』
『ご主人様、あの黒剣にはどういった能力があるのです?』
『何もないよ』
『え?』
『アクラマはリオンから白狼との戦闘の話を聞いて打った剣なんだ。白狼はカラドボルグの雷が効かない相手だったらしくてさ、一本くらいは何の能力も持たない剣が欲しいって要望があった。あれは剛黒の黒剣のように兎に角硬く、折れず――― そしてリオンの力に合わせて最適化させた武器だ。特別な能力は持たないが、シンプルがゆえに応用が利く』
まあリオンには状況に合わせて使い分けて貰いたい。アレックスと一緒になって訓練する姿もよく目にするし、特に心配はしてないんだけどね。
『ご主人様。リオン様は二本、持たれているようなのですが……』
『……お兄ちゃん、気合入れて頑張っちゃった』
なぜかジェラールが仲間を見るような眼差しをこちらに向けてきた。おい、岩竜が来てるぞ。そっちを向け。