第130話 祭りの終わり
―――ケルヴィン邸・食堂
「なんだ、明日にはパーズを立つのか。ゆっくりしていけばいいのに」
「ん、そうしたいのは山々。だけど、トラージの船に乗って西大陸に向かわなければならない」
少し早めの食事をしながら、シルヴィア達のこれからの予定を聞く。どうやら急いで西大陸に渡らなければならないようだ。
「ングング…… 素晴らしい」
「ん~♪ やはり、エフィルの料理が至高ですね」
エマとアリエルが立ち直るのを待っているうちに、メルフィーナとシルヴィアの大食いコンビが大半の料理を平らげてしまったので、途中で一足先に息を吹き返したエフィルが追加で調理してくれた。まあ、それも大方この二人が食べてしまっているのだけれど。
ちなみにエマ達が生み出した劇物料理は秘密裏にクロトの保管に収納しておいた。放置していればあの鼻を刺す刺激臭が屋敷の壁に移ってしまいそうだしな。敵に投げつければ武器代わりに活躍してくれそうである。
「ハア、やはり駄目でしたか…… 頑張って調理スキルを取るべきかしら……」
「馬鹿、ポイントの無駄だってぇの! こんな0を通り越してマイナスからのスタートじゃ、B級A級のスキルで漸く人並みだ」
「うぐ、ナグアに正論を言われるとは……!」
会食の際、シルヴィアのパーティでエマとアリエルは唯一マナー良く食べていたから、てっきり何でもできるタイプかと思ったんだがな。人は見かけによらないものだ。
「そっかー、シルヴィー旅立っちゃうんだ……」
「寂しくなるのう」
「リオン、ジェラール。実に自然に混じっているが、今までどこにいたんだ?」
さっきまで食堂にいなかっただろ、お前ら。
「あははは…… 調理場から危険を察知してさ、遠くから様子を見ていたんだ。アレックスは臭いでまだ近づけないみたいだけどね」
「ワシも同じじゃ。リュカとエリィにも近づかないように伝えてあるから安心せい」
エフィル、本当に苦労していたんだな……
「セラ、さっきから黙ってどうしたんだ?」
食事も口にしないで何か考えているようだが。
「……思ったんだけど、犬男ならゴーレムの相手にちょうど良いんじゃないかしら?」
「ナグアがか? むっ、良いかもしれん」
「ああん?」
シルヴィア達に事の説明をする。要するに、新型とナグアを戦わせることでゴーレムの実力を測りたいのだ。ナグアよ、戦え。
「ハァ? 何で俺がんなことしなきゃ―――」
「あ、いいですよ。私達に料理を教えてもらったお礼もしたいですし」
「習ったのは結局俺だろうがぁ!」
「よし、了承を得たわ! ジェラール!」
「すまないな、友よ」
未だエプロン姿のナグアをセラの指示で担ぎ上げるジェラール。
「誰が友だぁ! 誰がぁ!」
ナグアも足掻くがガッチリとホールドされている為、ジェラールから抜け出すことができない。
「何を言っておる、あの夜を忘れたか! ワシらは一緒に覗き見をした仲ではないか!」
「ん、覗き見?」
「うわああぁぁー! 分かったからそれ以上言うんじゃねぇー!」
仲が良くなったとは思っていたが、もうそんな親友関係になったのか。この二人、シルヴィアの覗きでもしてたのかな。
「それじゃあ早速、地下修練場に行きましょ、ケルヴィン♪」
「先に行っておるぞー」
「ぐっ、何でこんなことに……!」
ジェラールは先に地下への階段を下りて行き、セラも俺の腕に抱きつきながら引っ張ろうとする。
「待て待て。俺達はナグアとゴーレムの戦いを見に行くけど、シルヴィア達はどうする?」
「ん、この料理は私達が責任持って美味しく頂く」
「あなた様、ここは我々に任せて行ってください!」
「あ、うん。任せたよ」
メルフィーナとシルヴィアは残る、と。
「エマ、私たちはどうします?」
「アリエルは行ってあげなよ。料理は駄目だったけど、他でもアピールできるチャンスはきっとあるからさ」
「……そうですね。私、行ってきます」
「それじゃ僕が案内するよ。こっちこっち!」
リオンがアリエルの手を引き地下へと案内して行った。何やらラブコメ臭を感じる。エマはエフィルの片付けを手伝うようだ。
「………」
「……料理以外なら一通り家事はできますから」
「そ、そうか。疑ってすまない」
エマに睨まれてしまった。しかしながら、それなら心配する必要はないだろう。これ以上エフィルに負担をかける訳にはいかないからな。
「ご主人様もそろそろ行ってあげてください。セラさんが待ちくたびれているようですので」
「むー」
おっと、セラが頬を膨らませてジト目で待っている。この表情も写真に保存したいくらいなのだが、これ以上待たせると拙いな。
「そうだな。エフィル、後は頼んだよ」
「はい、お任せください」
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―――ケルヴィン邸・正門前
「お、俺はやった、ぜ……」
「はいはい、今日は早く休みましょうね」
アリエルの肩を借りるボロボロのナグア。その表情は疲れ果ててはいるが、実に清々しいものだった。ナグアと新型の戦闘は想像以上に拮抗した戦いとなり、それはそれは見事なものであったのだ。風牢石により速度を増した新型にナグアが食らいつき、黒き装甲に拳を当て続ける。新型も内蔵された新装備であるガトリング砲を巧みに扱い、勝負は数十分も続いた。最終的にはナグアの辛勝である。
「今日はありがとう。お陰で料理の幅が広がった」
「俺の、なぁ……」
ナグアも案外大丈夫そうだな。
「………」
「どうかしたか?」
シルヴィアが何か言いたそうに俺を見る。
「ん、ケルヴィンも一緒に行かない?」
「俺も? 行くって、西大陸にか?」
「そう」
「お、おい…… 何言ってんだ、シルヴィア……!?」
西大陸、か。いずれ行きたいとは考えているが、今はトライセンのこともある。あまり遠方に向かうのは得策ではない。
「残念だけど、俺はまだここを離れる訳にはいかないからな」
「……そっか」
「せっかく誘ってくれたのに、すまないな」
「ううん。ケルヴィン、きっとまた会おうね」
「ああ、きっと会おう」
沈み行く夕日をバックにシルヴィア達が宿へと帰っていく。翌日、シルヴィア達は日も出ないうちにトラージに向かったそうだ。
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―――西大陸・とある宿
昨日はまた刀哉が面倒事に引っ掛かったせいで散々な一日だった。いえ、刀哉が面倒を引き起こすことは減ったのだけど、あの体質が相変わらずなのよね。何で厄介な揉め事に引き寄せられるように巻き込まれるのかしら? けど、今日は天候に恵まれた雲ひとつない、気持ちのいい朝。流石に今日は良い一日になりそう―――
ガチャ!
「刹那! 大変だ!」
「……にないわね」
勢いよく開けられた宿の扉と共に、刀哉が何かを手に持って帰ってきた。今日は朝から冒険者ギルドに顔を出すって言ってたっけ。あれ、また面倒事かな……
「大変だぞ刹那! ついに発行されたんだ!」
「何の話?」
「何って決まってるだろ! 師匠のS級昇格の記事だよ! ほら、ギルドから貰ってきたんだ!」
そう言うと、刀哉は私に一枚の記事を渡してきた。師匠、トラージから西大陸へ出発した後から刀哉はケルヴィンさんをそう呼ぶようになった。間違ってはいないけど、それならクリフ団長もそうじゃないだろうか? たぶん、雅に要らぬ知識を教えられたんだと思うけど。
「どれどれ」
一先ず、記事に目を通す。
―――新たなるS級冒険者の誕生!―――――――――――――
静謐街パーズにて、新たなるS級冒険者が誕生しました。冒険者の名はケルヴィン氏。驚くべきことに、ケルヴィン氏が冒険者となったのは3ヶ月前とのこと。これはギルド始まって以来の快挙であり、歴代最速で冒険者の頂点であるS級に登り詰めたことになります。更には現S級である『氷姫』のシルヴィア氏を相手に模擬試合で勝利を収め、その実力が本物であることを示しました。さて、皆さんも気になっているでしょう。ケルヴィン氏の二つ名ですが、先ほど冒険者ギルドより発表が執り行われました。試合にて見せたケルヴィン氏の大鎌と黒ローブ、そしてその特徴的な微笑みから名付けられた二つ名は『死神』。不穏な二つ名ではありますが、パーズの人々の声を聞くにケルヴィン氏自身は礼儀正しい好青年だそうです。既に同氏パーティはS級モンスターを複数体討伐しているとの情報もあります。今後のケルヴィン氏の活躍が期待されますね。
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確かにケルヴィンさんが記事の一面に載っている。S級冒険者と言えば人外の巣窟、変人奇人集団と噂される実力者達。私たちも西大陸に来てから随分と強くなったけど、ケルヴィンさんも更に上の世界へと駆け上がっているのね。欄外に載ってるケルヴィンさんのゴシップ記事も気になるけど……
「凄いわね、ケルヴィンさん」
「ああ、俺たちも負けていられないな!」
「そう、ね……」
西大陸に来て、私たちは日々鍛錬に励んでいる。コレットが聞いた女神様のお告げはリゼア帝国に魔王がいると疑うものだった。ただ、魔王の話は噂程度のものも聞かない。帝国は平和そのものなのだ。私たちは、本当にこちら側にいていいのだろうか……
刀哉が持ってきた記事の間から、別の記事がハラリと落ちる。私たちはこの時、この記事に気がつかなかったのだが、そこにはこう記載されていた。
―――トライセン、東大陸各国に宣戦布告
これにて4章は終了となります。
それともう一つ重要な報告です。
書籍化が決定致しました。詳しくは活動報告にて。