第128話 修羅場
―――ケルヴィン邸・セラの私室
「朝、か……」
窓から差し掛かる太陽の光を浴び、まどろみの中から目を覚ます。横を向けば、直ぐ傍にすやすやと眠るセラの顔。可愛い。俺に抱き付くような形で眠っている為、その豊満な胸の感触が直に伝わってくる。互いに裸だから尚更か。実に目覚めの良い朝だ。
「俺の理性、存外脆いのかもしれないな……」
だが、あのセリフはずるいと思う。俺の次なる行動を確定させ、本能をむき出しにさせたのだから。男であれば抗えるはずがない、はずがないのだ。たぶん、プリティアあたりの差金だろうな。女であり、男でもある彼女だからこそ、どのような言葉が効果的か熟知しているのだろう。末恐ろしいことだ。
それもあるが行為自体がご無沙汰だったので、結果的にセラには負担を掛けてしまったかもしれないな。ほら、最近はメルフィーナがよく俺のベッドを占領しているから、エフィルと二人きりという機会がなかなかなかったし。いや、千切れる寸前のか細い理性でセーブしようとはしたんだ。でも、そんなものが保たれたのは序盤のうち、何時の間にか理性は消え去ってしまい、やがて俺は一匹の獣へと―――
「んんっ……」
「悪い。起こしちゃったか」
セラが目を覚ます。
「ふあっ、んー、おはよう…… ケルヴィン……」
「おはよう、セラ。体は大丈夫か?」
「まだ、ちょっと…… けど、気分は最高に良いわ」
セラが微笑みながら俺の頬に口付けをしてきた。ああ、これで俺は完全に目覚めましたよ。
「寝過ごしちゃったみたいだな」
時間を確認すると9時を回っている。いつもは寝坊してもエフィルが起こしてくれるから、こんなに寝るのは久しぶり――― んん? なぜ、今日に限ってエフィルは起こしてくれなかったのだろうか。俺が自分の部屋で寝ていなかったから? 違うな。例え早く起きたとしても、朝食の時間になったらエフィルなら俺のいる場所を探すはずだ。部屋の鍵は、開いてる。そういえば昨夜は俺がここに来てから鍵を掛けていなかった。だとすれば、エフィルはこの部屋で裸でセラと寝ている俺を見て、敢えて起こさなかった?
「ケルヴィン? 頭を抱えてどうしたの?」
「いや、ちょっと状況の整理をさ……」
これはもしや、修羅場へのフラグになるのだろうか? 予定では確か、今日は午後からシルヴィア達を屋敷に招くことになっている。それまでにエフィルがどのような状態かを見極めなければ、俺の精神がやばい!
「今日はこの前の依頼で破損した黒金の魔人を修理してくれるのよね? えっと、その間一緒にいてもいいかしら?」
セラの抱きしめる力が僅かに強くなる。まだ少し恥ずかしそうにしている表情が非常に男心を擽るが、まずは現状把握が先決だ。
「そ、そうだな。まずは朝食を食べにいこうか」
セラの頭を一撫でし、ベッドから降りて急いで着替える。
「セラも早く着替えなよ。エフィルに朝食を下げられちゃうぞ。早くエフィルに会って待ってもらわないとなー」
無理矢理に理由をこじつける。セリフがかなり棒読みっぽいが、今の俺の精神状態ではこれが関の山なんだ。
「そう? それなら心配ないわ。だって、エフィルなら―――」
セラが扉を指差す。
「扉の向こうにいるもの」
「………」
流石察知スキルに長けるセラ、エフィルの気配を捕捉するとはやりおるな。ハハハ――― さて、現実逃避はここまでだ。口から心臓が飛び出るとは正にこのことだろう。驚きを通り越して逆に無表情になってしまった。そうなんですか、この扉の向こうにエフィルさんが……
ええい、ままよ! 動揺を隠し切れぬまま、勢いに任せて扉を開く。一刻も早く状況を打開したかったのだ。エフィルなら、あの天使のエフィルならきっと大丈夫だと、そう信じて。
「ご主人様、おはようございます」
セラの予告通り、扉を開けた先にはエフィルがいた。いつものように、いつもの笑顔で挨拶をしてくれた。
「はい、おはようございます」
そうと分かっていても、俺自身に罪悪感があったのだろう。朝の挨拶を敬語で返し、その場で正座の体勢に移行するまでそう時間はかからなかった。
「あの、ご主人様? どうされたのですか?」
「怒って、ないのか?」
「?」
困ったようにエフィルが首を傾げる。本当に怒っていないようである。
「その、俺がセラと寝たことに対して、怒ってないのか?」
「私はご主人様のメイドです。そのようなことで、ご主人様に目くじらを立てることはありません」
「今日、時間になっても起こさなかったのは?」
「酷くお疲れのようでしたので。それに、私だって空気は読みますよ。ただ―――」
「……ただ?」
「時々でいいですので、私にもかまって頂ければ、嬉しいです。その、私だって我慢していたのですから……」
口元に手を当てながら、エフィルが頬を染める。その瞬間、俺はがばりとエフィルを抱き抱え、部屋の中へと招き入れた。
「あの、ご主人様?」
当然エフィルはキョトンとしている。部屋の中ではベッドの上でセラが下着だけ着ている格好となっていた。ベッドにエフィルを優しく下ろしてやる。
「二人とも、話しておきたいことがある」
俺も同様にベッドに腰を下ろし、セラとエフィルを交互に見ながら話す。
「エフィル、セラ。俺さ、二人のことが好きだ。比べようがないくらいに二人が好きなんだ。こんなことを言ったら不純と思われるかもしれないが、できることなら平等に愛したい」
二人は何も言わず、静かに俺の話に耳を傾けてくれている。
「そんな俺を、二人は許してくれるか?」
心臓の鼓動まで聞かれてしまいそうだ。俺の気持ちを上手く伝えることができたかは分からない。ただ、俺の言葉にセラとエフィルは顔を一度合わせ、クスリと笑い合った。
「改まって何言ってるのよ。そんなの、全然問題ないじゃない!」
「つい先ほど申したばかりではないですか。私も気持ちは一緒です」
「……いいのか?」
「誰でもオーケーって意味じゃないわよ。私が信頼しているエフィルだからいいの。その辺勘違いしないでね!」
「お、おう」
「でも、これからそういった女性が増えるかもしれませんよ。メル様なんて妻宣言までしてますし」
「ケルヴィン、ちゃんと愛がないと駄目だからね!」
そんなこんなで修羅場は何とか過ぎ去った。最悪、死を覚悟していたのだ。平穏に終わって本当に良かった…… さて。
「それじゃあ早速、エフィルの悩みを解消しなければならないな」
「えっ?」
エフィルとセラを枕元へ押し倒し、そこに覆い被さるように移動する。
「悩みって…… ええっ、今からですか!?」
「えーっと、私も?」
「当然、ここでエフィルだけだと不平等だろ」
「午後にシルヴィア様達がいらっしゃるのですよ?」
「大丈夫、時間は十分にある」
「え、ええと……」
「エフィル、諦めろ。後で何かあっても俺が何とかする」
「いえ、その、せめて鍵を……」
「………」
エフィルの言葉にそちらを見ると、半開きで停止した扉が。俺はそっとベッドを下り、扉と鍵を閉めるのであった。
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―――ケルヴィン邸・食堂
「あれ? ご主人様、今日は随分お寝坊さんだね。もうお昼だよ?」
食堂に行くと、空いた皿を下げるリュカの姿があった。誰もいないところを見ると、もう皆昼食も済ませてしまったようだ。
「昨日の疲れが残っていたのかもな。昼飯まだ食べれるか?」
「うん、今持ってくるねー。あ、セラ様にメイド長も」
俺に続いてセラとエフィルも食堂に入ってくる。
「おはよー。私も食事をお願いするわ」
「おはようございまーす。ちょっと待ってくださいね。あれ? メイド長、何かありました?」
リュカの鋭い指摘。エフィル、顔が少し綻んでいるぞ。
「え、ええ、まあ。さ、私は午後の準備をしてきますね。リュカ、後片付けは任せましたよ」
「はーい」
あ、逃げた。




