第114話 出会いは唐突に
―――精霊歌亭への道中
「それでは、いってらっしゃいませ」
屋敷の留守をエリィに任せる。俺は半ば無理矢理セラ達に連れられて、精霊歌亭の酒場に向かうこととなった。とは言ったものの、修練の疲れがそう簡単に癒えるはずもなく、再び黒杖を支えに歩く訳だ。S級冒険者としてこれでは見栄えが悪かったので、屋敷の庭園を出た辺りでエフィルに肩を貸してもらう。これなら首の皮一枚で激戦による名誉の負傷を負った姿に見えなくもない。たぶん。
「セラ、かなり乗り気だが、お前酒が苦手なはずじゃ……」
「私は飲まないわよ? でもお祝い事の雰囲気は大好きなの!」
その雰囲気に押し負けて毎回酔い潰れている訳なんだが。そして俺が危機的状況に陥るのだからたまらない。
「明日は大事な日なのに、ごめんねケルにい。今の僕の力じゃセラねえを止められなかったよ……」
「あの、私は食事会と聞いたのですが…… 宴でしたら今日は駄目ですよ」
エフィル、リオン。君たちは俺の最後の良心だ。正直、この状態で酒でも飲んだらその場で倒れる。
「何言ってるのよ二人とも! 大事な日だからこそ、こうして士気を上げに行くんじゃない!」
「うむ! 今日は一滴も飲めんかったからな。ワシも思う存分楽しむとしようかの!」
「うむ! 私も楽しむぅ~」
ジェラール、お前はもう何杯か飲んでるだろ。肩に乗るリュカはジェラールの口真似をして楽しそうだが、呂律が若干怪しい。まるで酔っ払っているような―――
「おいジェラール。まさか、リュカに酒を飲ませていないだろうな?」
「ワシが大事なリュカに飲ませる訳ないじゃろう。エフィルが作ったアルコール入りのパウンドケーキをつまみ食いしたらしくてな。それからずっとこの調子じゃ」
「申し訳ありません。私のミスです。調理場のテーブルに置いた試作品を食べてしまったようでして…… このままでは仕事になりませんので、ジェラールさんの意向で連れて行くことになりました」
「ああ、そういうことか…… ケーキに含まれたアルコールなら大した量じゃないだろうが、しっかり面倒見るんだぞ」
「分かっておる。うたた寝でもしたあたりで引き上げるわい」
まあ、リュカが第一のジェラールならそのあたりは安心か。俺はエフィルの横でセラを見張りながら大人しくしていよう。それで上手くいった試しはないんだけどな。
「あなた様、精霊歌亭にあの伝説の料理『カレー』があるとは本当ですか!?」
……それで上手くいった試しはないんだけどな。
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―――精霊歌亭・酒場
「クレアー! 来たわよー!」
ケルヴィンの屋敷と同じくらい慣れ親しんだ宿、精霊歌亭。俺たちにとっては実家のようなもので、セラは実の母に会いに来たかのようにクレアさんに接する。俺もそうだが、他の皆も頻繁に訪ねているようだ。
「おっと来たね、待ってたよ! ってケルヴィンちゃん、どうしたんだい!?」
「いえ、ちょっと冒険帰りでして」
ここ一番の危ない橋を渡っていました。それにしてもこの威勢の良いクレアさんの声、本当にここは変わらないな。
「はい、クレア! 腕によりをかけて釣ってきたわ!」
セラが背負った袋から新鮮な魚介類を取り出す。屋敷を出たときから何が入っているか気にはなっていたが、クレアさんへの手土産だったのか。
「ほう、これはまた活きがいいねぇ。いつも済まないね、セラ」
「いいのよ。釣り過ぎてうちでは処理しきれ…… るけれど、クレアには世話になってるもの!」
今、チラッとメルフィーナの方を見たな。本人は意に介していないが。
「それじゃあ、私も腕によりをかけてさばこうかねぇ! エフィルちゃん、手伝っておくれ」
「はい。ご主人様、それでは行って参ります」
「ああ、できるだけ早く戻ってきてくれな……」
クレアさんとエフィルが調理場へ消えていくのを見送る。ああ、俺の数少ない良心が―――
「なるほど、シーフードカレーを作るのですね」
違うと思います。
「おーいケルヴィン、お前らの席はこっちだぞ!」
「あ、ウルドさん」
手招きをする人物はウルドさんであった。精霊歌亭で出会うことは滅多にないのだが、今日は珍しく酒場で飲んでるな。しかも俺が来ることを知っていた風だ。よくよく辺りを見回すと、見慣れた冒険者達もかなりいる。
「ケルにい、あの席だってさ。行こ?」
「おいおい、そんなに焦るなって」
気遣ってくれたのか、リオンが俺の腕を掴み支えながら誘導してくれた。不自然にならないよう演技までしてくれる配慮付き。お兄ちゃん、泣いちゃいそう。
ウルドさんに指定されたのは大き目のテーブル席。これなら仲間全員が座れるだろう。心の中で「どっこいしょ」と呟きながら椅子に座る。親父臭いって? それくらい足腰がやばいんだよ。可能であればこのままテーブルでうつ伏せになりたいが、いくらなんでもそれは我慢する。
「ジェラール殿とセラの嬢ちゃんから聞いたぜ。今日は盛大に前祝いをするんだろ? お前を祝おうとうちの常連共が集まってよ、到着するのを待ってたんだ。主役を差し置いて始める訳にもいかねぇしな!」
「そうらしいですね。俺もついさっき聞きました」
「うむ。サプライズというやつじゃよ。ワシとセラが企画した!」
「頑張ったわ!」
気持ちは嬉しい。とても嬉しいのだが、何故俺が疲れ果てているこの日に! ジェラールとセラは修練の内容を知らないので、ある意味致し方ないことではあるのだが…… ここは素直に受け止めるとしよう。
「さあ、そろそろ始めるするか! クレア、酒の用意だ!」
「アンタが自分でやりな! こっちは料理の支度で忙しいんだよ!」
「あ、はい」
クレアさんの声と同時にそそくさと調理場へ歩いて行くウルドさん。完全に尻に敷かれているな。それを見た他の冒険者達も準備を手伝い出すあたり、ウルドさんの人望がうかがえるが。
「俺も手伝―――」
「ケルヴィンさんは座っていてください! 私たちがチャチャッとやってきますんで!」
「そうそう、主役に手伝わせちゃ俺らの立つ瀬がないっすよ」
後輩の冒険者に止められてしまう。立ったところで戦力にならないので、結果的に助かった。後で礼をしないとな。そんなことを考えていると、冒険者の二人と入れ代わりでエフィルが飲料の入った杯を運んで来た。
「ご主人様、お酒ですと明日に響きますのでこちらを……」
「これは――― 葡萄のジュースか。エフィル、助かったよ」
「せっかくの宴ですが、明日二日酔いになっては元も子もないですからね」
「エフィルねえ、僕もジュースがいいな。あっちにあるの?」
「あ、私もジュースね!」
考えてみればうちの女性陣は殆ど酒が飲めないのか。メルフィーナは料理に合わせてその都度変えているみたいだけど。
「メル様は何になさいますか?」
「そうですね。私も同じものをもらいましょうか」
そして皆の協力のもと宴会の準備は滞りなく進み、ジェラールが乾杯の音頭を取る。そこにメイド姿のリュカが乱入し無秩序状態でのスタートとなったが、それも直ぐに落ち着きいつもの飲み会となった。顔見知りの冒険者やウルドさんのパーティが酒を注ぎに来たが、明日の試合のことを伝えてそれとなく断る。幸い皆も十分に理解してくれているようで、酒の代わりのジュースで勘弁してくれた。
セラも俺とリオンで席を挟み、目を光らせているので酒は全く飲んでいない。時折、楽しそうにジュースで酌をしてくれる。今日はセラに襲われることはなさそうだ。
「エルフの森での激戦の話、後でちゃんと聞かせてくださいね。約束ですよ、ケルヴィンさん!」
「なら、ワシが代理人として話を―――」
「おいやめろ」
黒歴史を突かれ宴の席も半ば、リュカがそろそろ眠たそうにしている。ジェラールにリュカを屋敷に連れて行ってもらうよう指示しようとしたそのとき、あるパーティの一団が酒場に入ってきた。
「ああん? ここも満席かよ」
第一声を発したのは獣人の男。犬のような獣耳を頭に生やしている。目つきが鋭く、酷く好戦的なイメージを受ける。
「ナグア、昇格式の前日はどこもこんなものですよ。こんな時間に到着した私たちの責任です。ギルドが宿を準備してくれているだけ、ありがたく思わなければ」
こちらはエルフの女性。獣人の男とは対照的に理知的な感じだ。しかし、パーズでエルフを見るなんて珍しいな。
「お腹、減ったな……」
「シルヴィア、もう少しだから我慢して」
「とは言ってもな、あっしも腹がそろそろ限界なんだが……」
そのまた後ろから入ってきた二人の少女とドワーフの男。ん、シルヴィア?