第103話 食料調達
―――ケルヴィン邸・地下修練場
「ハァ、ハァ…… 案外しんどいな」
修行を開始して丸一日が経過。俺はその殆どを地下修練場で過ごし、S級魔法の研鑽に明け暮れていた。修練場から出たのは食事と用を足す時、後は数時間ベッドで寝たくらいだったか。
MPが枯渇しては回復薬を飲み、また大風魔神鎌を発動するの繰り返し。魔力量を最小限に抑えているつもりだが、それでも掠っただけでアダマントの壁が抉れる。お蔭様で修復したばかりの修練場がボロボロだ。これも俺が扱いきれていない証拠なんだけどな。
「だが、感覚を掴んできた。もういっちょいくか」
「精が出ますね、あなた様」
「……メルか」
ガレキに腰を下ろし、楽しげに俺を見つめるメルフィーナがそこにいた。
「唐突に現れるなよ。一応、ここ立ち入り禁止にしているんだからさ。俺の手元が狂って危ないかもしれないぞ?」
「その程度の速度であれば問題ありませんよ。目を瞑っていても避けれます」
「はは、厳しいな」
冗談ではなく、メルフィーナのステータスを考えればその通りなのが悔しい。俺のステータス基準ではあるのだけれども。
「ですが、なかなか順調のようですね。以前よりも魔力の消費が安定し、より自在に扱えるようになっています」
「まだまだだよ。最終的にはこの部屋が無傷の状態で駆使できるレベルにしないと。っと、それよりもメル、頼んでいた物はできそうか?」
「ふふ、愚問ですね。S級の装飾細工スキルを持つ私にかかれば、皆のアクセサリーを作ることなど朝飯前です!」
「今日もしっかり寝坊して、朝飯もしっかり食ってたはずなんだがな」
「せ、成果を上げれば問題ないのです!」
「へいへい」
俺がメルフィーナに依頼したのは装飾品の作成だ。此間戦ったトライセンの将軍クライヴは魅了眼を所持していた。俺には使ってくることはなかったが、エフィルやセラに使う可能性は十二分にある。それを回避する為にも、魅了を無効化する状態異常耐性が付与されたアクセサリーが必要なのだ。幸い、必要になりそうな原材料はクロトの金属化やメルの錬金術のスキルで事足りる。これまで装飾品の作成はしてこなかったし、ちょうど良い機会だろう。
「魅了耐性だけでは詰まらないと思って、せっかく機能性溢れる装備を夜なべして作ったと言いますのに……」
よよよ、とメルが泣き真似をするが、いくら何でもわざとらし過ぎる。つかお前、俺が私室に戻ったとき既に寝ていたじゃねーか。タオルケットを蹴飛ばしながら。
「さて、冗談はさて置き、あなた様に確認したいことがあります」
「お、おお。いきなりシリアスな顔になるのもどうかと思うんだが…… で、何だ?」
メルが真っ直ぐにこちらを見据えると、ふざけていた空気が完全に消え去る。思わず俺も身構えてしまった。俺を見つめること2秒か3秒、俺としてはもっと長く感じたが、メルはゆっくりとした口調でこう言った。
「先日あなた様が戦われたクライヴという男、本当に転生者と名乗っていたのですか?」
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―――精霊歌亭・酒場
ケルヴィンが修練場にて切磋琢磨に明け暮れていた同時刻、セラとジェラール、リオンにアレックスは精霊歌亭にて屯していた。ジェラールは久方ぶりに酒を楽しむ為に。リオンとアレックスはクレアに会いに。セラは単に暇を持て余していた。
「もうっ、退屈!」
「なんだい、藪から棒に?」
正面のカウンター席で両手を上げて喚くセラにクレアは皿を磨きながら目をやる。幸いにも今は客が疎らな時間帯、それほど注目は集まらなかったようだ。尤も、ここ精霊歌亭においては「ああ、またセラさんか」で他の客達が済ませているので変わりないのだが。
「聞いてよクレア! ケルヴィンったら私の相手をしてくれないのよ!」
(セラねえ、それは色々と誤解を生む言い方だよ)
セラの隣でジュースをコクコクと飲むリオンが心の中でツッコミを入れる。
「昨日からずっと引き篭もっちゃって、部屋の中に入れてもくれないの!」
「それは大変だねぇ。倦怠期ってやつかい?」
「けんた、い? 何それ?」
「そうだねぇ。夫婦同士がお互いに落ち着いて、慣れて退屈になってしまった時期って言えば分かるかい?」
「何言ってるのクレア、私とケルヴィンは夫婦じゃないわよ?」
(そこじゃないじゃろう、セラよ)
背後のテーブル席で火酒を仰ぐジェラールが心の中でツッコミを入れる。
「私がケルヴィンに飽きる訳ないじゃない。そうじゃないの。鍛錬するんだったら私が相手するって言ったのに、ケルヴィンったら危ないからって断るのよ! 試合もしてくれないの!」
「ああ、そっちの話かい……」
「だから暇なのよー。何かすることないかしら」
消沈しながらカウンターにうつ伏せるセラ。クレアは少し残念そうだ。
「趣味の釣りはどうしたの?」
「ケルヴィンが頑張ってる時に釣りってのもねー……」
(ウォン?)
ここでダベってる時点で駄目じゃないのか? と、リオンの椅子下で骨付き肉を噛むアレックスが心の中で―――
「―――そうだわっ!」
ガタンと勢い良く椅子を押しのけ、セラが立ち上がる。そのあまりの盛大さに耳の良いアレックスはビクッと顔を上げた。
「ケルヴィンの為になって、尚且つ私も楽しめる方法があるじゃない! ジェラール、リオン、アレックス! 早速行くわよ!」
「ちょ、ちょっとセラねえ、行くってどこにさ?」
「それにワシ、今日は酒を飲みに来たんじゃが……」
不意の提案に当然ながら二人は困惑する。だが、セラがあまりに良い笑顔な為に強く言えないでいた。言葉で言えないのであれば別の切り口からだ。と、ジェラールは酒瓶を片手にセラに近づく。アルコール度数が高く、匂いもまた強烈な火酒だ。セラは反射的に顔に手をやり一歩下がった。
「ジェラール、あんまりその酒は私に近づけないで! 空気で酔っちゃうでしょ!」
「なら、何をするか説明くらいしてほしいものじゃな」
「僕からもお願いしたいな。今のところ、何をするか全く読めないしさ」
あはは、と空気を和ませるリオンに対し、セラは「しょうがないわねー」と自分のアイディアの詳細を述べ始める。
「私が今思いついたのはね、ズバリ食料調達よ!」
「「食料調達?」」
「そうよ! それもそこいらの物じゃなくて、ケルヴィンが喜ぶようなランクの高いやつ!」
「ええと、ブラッドベアみたいな?」
「ふむ、そういうことか…… しかし、屋敷にはA級の食材が十分にあったじゃろう? あれだけあれば明後日の式までは持つのではないか?」
「甘いわね、確かにケルヴィンはクロトのように無限に食べ続けれる訳じゃないわ。その分、その質が問われてくる。ケルヴィンの分だけを考えれば、今の貯蔵量でも足りるでしょう。でもね、考えても見てなさいよ。うちにはあの食いしん坊がいるのよ? 昨日はおかわりを遠慮していたようだけど、エフィルが調理したA級食材の絶品料理に対して、おかわりを明後日まで我慢できると思う?」
「「………」」
リオンとジェラールはその場で反論できないでいた。頭の中では「いやいや、まさか」と思ってはいる。いるのだが、これまでのメルフィーナの食に対する情熱を考えれば有り得ぬことではないのだ。
「絶対ない、とは言い切れないのう……」
「今考えれば、昨晩も食べ終わったメルねえがケルにいの料理を羨ましそうに見ていたような……」
「ね、可能性はあるでしょ?」
「なんだい? あの新しい子そんなに食べるのかい? それなら今度うちで思う存分―――」
「クレアさん、それだけは止めた方がいいよ。僕の良心が痛むよ」
「そ、そんなにかい……」
何せ、最近になってメルフィーナは『爆食の女神』という不名誉な称号まで手に入れてしまったのだ。人様に迷惑はかけられない。
「その不安要素を排除する為、これからレアなモンスターを狩りにいきましょう! それなら私も鬱憤を晴らせるし、ケルヴィンに安定した提供ができるわ! 一石二鳥ね!」
拳を固め、やる気のセラ。そんな様子に感化され始めたのか、ジェラールとリオンが立ち上がった。
「仕方ないのう。エルフの里では出番がなかったことじゃし、どれ、ひとつやるとするか」
「ケルにいの為と聞いちゃ、黙っている訳にもいかないよね。アレックス、いくよ。クレアさん、これ御代ね」
「毎度あり。気をつけていくんだよ」
代金を払い、精霊歌亭を出るセラ達。さて、次なる向かう先は―――
「まずはギルドで情報収集ね!」
冒険者ギルドであった。




