エピローグ
気が付けば、俺は暗闇の中に居た。辺りを見回しても一切先を見通す事ができない、完全なる闇。一体ここはどこなのか、どうして俺はこんなところに居るのか、さっきまで何をしていたのか、未だ夢見心地な頭で考えてみる。
「……ああ、俺は死んだのか」
その事実を自覚した事で、靄に支配されていた俺の頭はクリアになっていった。そう、俺は死んだ。戦いの中で胸を心臓ごと貫かれ、その場で息絶えてしまったんだ。
「そうか、死んだか…… 戦いの中で死ぬ。そんな事はとっくに覚悟していたつもりだったけど、まさかこんなにも早くにその時が来るなんてな。何だかんだ言っておいて、俺も考えが甘かったって事か」
そんな俺の独り言が、口にした傍から闇に溶けていく。誰に聞かれる事もないと言うのに、一度口にしたら止まらない。おかしいな、俺ってこんなにお喋りだったっけ?
「あいつらには悪い事はしたなぁ。愛を語って信頼させるだけさせといて、最期まで俺の我が儘に付き合わせちまった。俺が死んだ後、何を思うかな? 俺の為に泣いてくれるか? 悲しみを乗り越えて、新しい幸せを見つけてくれるか?」
わざわざこんな事を声に出してしまうのは、一種の贖罪の気持ちがあるからだろう。ああ、これは俺の本心だ。だが、けど…… それと同時に、俺の心は満たされてしまっている。後悔ばかりの現実を迎えてしまったと言うのに、あんな馬鹿をしでかしたって言うのに、俺のクソみたいな心は―――
「―――なあおい、それってどんな感情なんだ? 笑いながらボロ泣きするって、普通そんな器用な事はできないぞ?」
「……?」
今の、俺の声か? 幻聴? それとも、俺の口が勝手に今の台詞を口走った? ハハッ、いよいよ俺も駄目になってきているらしい。まあ死んでるから今更な話なんだが。クククッ。
「笑いながら無視するなって。声、聞こえてんだろ?」
「……あ?」
幻聴にしてはやたらと流暢なその声の方へ、ふと視線を向けてしまう。すると、どうした事だろうか。そこには漆黒のフードを深々と被り、巨大な大鎌を手に携えた死神が居た。ボロボロのローブもそうだが、身に着けているものが全て黒色だったから、今まで見落としてしまっていたのか。
「幻聴の次は死神か。まあ、死んだ後のシチュエーションとしてはピッタリ――― いや、死神って生きているうちに見るもんじゃないのか? 何で死んだ後に出てくんの?」
「さっきから何の話をしてんだよ? なあ、魔王の俺よ?」
「ッ!?」
死神だと思っていたそいつがフードを脱ぐと、そこには俺と同じ顔があった。声も顔も俺とそっくり、いや、そのものと言って良いだろう。
「……どういう事だ? 最近の死神は、獲物の姿を真似るものなのか?」
「あー、そういう認識か。まあ確かに、俺の恰好が悪かったのかもしれないな。ククッ」
笑い方まで同じである。まるで鏡に映った自分と話しているかのような、そんな変な気持ちになってしまう。
「取り合えず、大まかに説明だけしておこうか。不思議に思うかもしれないけど、俺はお前だ。もっと言えば、来世の来世のお前だと思ってくれ」
「思ったよりも具体的な説明がきたな…… ええっと、来世じゃなくて、来世の来世なのか?」
「こっちにも色々あるんだよ。その詳細まで話しているとキリがないから、そういうもんだと思ってくれ。で、もう認識していると思うが、お前は既に死んでる状態だ。ざっくり言えば、転生するのを順番待ちしているこの時間を、俺が色々な伝手を使って停止させてもらっている。理解できたか?」
「色々とツッコミどころが多過ぎて、逆に指摘し辛いんだが…… 来世の来世の俺、一体何者だよ?」
伝手でどうこうできるレベルの話じゃないと思うんだが。過去に来てるのは大前提で、死んだ状態の俺に会った上に会話しているのも、大分おかしいよな?
「そんな大層なもんじゃないさ。生まれ変わってもお前と同じ、いちバトルジャンキーに過ぎない。実はここに来た理由も正にそれで―――」
「―――魔王になった俺と戦いたいから、か?」
「……俺本人なだけあって、以心伝心してんなぁ」
死神は嬉しそうに笑っていた。ああ、いや、多分俺も今、同じように笑っているんだと思う。
「ハァ、わざわざこんなところにまで来て、やる事がそれかよ」
「ああ、過去に死んでいたくらいで、俺から逃げられるなんて思うなよ?」
死神は既にやる気になっていた。肩に担いでいた大鎌を構え、愛嬌のある目と笑みをますます鋭くさせている。なるほど、来世の来世の俺も、俺と同じく大馬鹿野郎であるらしい。
「この戦いの勝敗は過去と未来に何の影響も与えない、全く意味を成さないものだ。どっちが勝っても誰の記憶にも残らない、完全な自己満足の戦いだ」
「だが、それでも俺なら迷う事なく戦う事を選択する。目的の為に戦うんじゃない。戦う事こそが目的なんだ。だから、これで良い」
こんなところにまで付いて来てくれたのか、手を伸ばせばそこに、俺の愛剣があった。ああ、手に馴染む。死んだ後だってのに、この感触はいつも通り――― そして、戦いに対する貪欲さもいつも通りだ。来世の来世、未来の俺? ハハッ、これ以上愉快な敵が居るだろうか。相手にとって不足なし。
「けど、ちょっと待ってほしい」
「あ? おいおい、どうしたよ? 今のはそのままぶつかり合う流れだったろうが」
「まあ、俺もそう思うんだが…… その前に聞いておきたい事があってさ。お前、前世の前世の自分が魔王になっていた事を知って、ここへやって来たんだよな?」
死神は考える素振りを少し見せ、無言のまま頷いた。
「って事は、そうなった経緯や結末も知っている訳だ。ああ、いや、詳しくは話さなくて良い。教えてほしい事は一つだけだ。 ……あの後、メルフィーナは幸せになれたか?」
「……ああ、山あり谷ありで色々あったが、今は大食いを楽しむ余裕があるくらいだ。安心してくれて良い。ああ、でも食費の心配はした方が良いかもな」
「ハッ、そうかそうか! 元気にやっているか! ……今更俺が言えた立場じゃないが、それを聞いて安心したよ。これで心置きなく、お前のとの戦いに没頭できる」
死神の言葉にぽっかり空いていた心が満たされ、次いで俺の中に残っていた魔王の力が、その心を黒く染めていく。もう使うべきではないと決めていたこの力も、僅かではあるがここへ連れて来てしまったからな。憎き力であると同時に、今となっては一心同体。さあ、一緒に眼前の死神と遊ぼうか。
「おいおい、そんな変身があるとは聞いてないぞ? えらく魔王らしくなったじゃないか」
「この力を心から受け入れた影響かな。気を付けろよ? 多分今の俺は、生前よりも強い」
目の前の死神は本当の鏡じゃないから、今の俺がどんな風に変身したのかを知る事はできない。が、あいつの顔色から察するに、よほど戦闘に適したものにはなっているんだろう。ククッ、この力を全力で振るうのが楽しみでならない。
「そいつは楽しみだ。じゃ、やりますか。『死神』ケルヴィン、勇者の真似事をさせてもらうぜ?」
「何だ、来世の来世も同じ名前なのか? しかもマジで死神なのか。ったく、未来の俺もろくでもなさそうだ。この『魔王』ケルヴィンと同じ轍を踏むんじゃねぇぞ、バトルジャンキー!」
俺の人生は後悔だらけだった。愛する者を悲しませ、信頼する友を裏切った。悲惨さと言えば、最悪の部類に入るんじゃないかとも思う。けど、まあ…… こんな最高の敵が未来からやって来てくれたのなら、未来はそう悪いもんじゃないんだろう。だってさ、未来の俺はこんなにも良い顔をしているのだから。
終わり
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。
これにてアフターストーリー完結となります。
連載開始から10年という節目のタイミングなのは、何だか感慨深いですね。
しかし、メインストーリーの完結よりも随分と時間がかかってしまった……!
ま、まあしっかり終わる事ができたので、その辺りは大目に見て頂ければ……
さて、『黒の召喚士』の物語はここで一区切りですが、活動はまだまだ続けていく予定です。
『黒の召喚士』から数十年後の世界が舞台となる『黒鵜姉妹の異世界キャンプ飯』も終盤ですので、まずはここに集中したいですね。
あ、こちらの作品にはバトルジャンキーな誰かさんやその子供達も出ますよ。
その後は現在掲載がストップしている『黒凪のダンジョンマスター』にも手を付けていければなぁと。
あ、こちらの作品には敵前逃亡した誰かさんやその配下達も出ますよ。
よし、宣伝終わり! ただ、こちらは作者も一度読み直してプロットを思い出す必要がががががが。
……うん、まあ何とかなる!
という事で、今度ともお付き合い頂ければ幸いです。
ステータスに続きます。




