最終話 さあ、語り合おう
辺り一面が金属の壁やらパイプやらで占められた、他ではなかなか見られない個性的な地下空間。俺達が現在進んでいるこの場所は、どこまで潜ってもそんな光景が続いていた。いやはや、何とも未来的なもので。流石はジルドラの研究施設跡ってもんだ。
「しかし、まだこのような場所が残っていたとは驚きですね。それも、まさか冒険者ギルドのお膝元であるパブ近辺に存在していたとは……」
「シン総長も知らないくらいだったからね。埃の溜まり具合から察するに、ずっと閉ざされた状態だったんじゃないかな? あ、でも誰かが最近通った形跡はあるね」
「ご主人様、一体どのようにしてこの場所の情報を?」
「ん? ああ、珍しくルキルから手紙が来てさ、それで教えてもらったんだ。ご丁寧にこの場所の地図が添えてあって、不気味なくらい親切だったよ」
「……それ、何か裏があるんじゃないの?」
「まあ、ない筈がないわな」
ルキルの奴、何を企んでいるのか世界中を巡って、ジルドラの研究施設を探し回っているみたいなんだよなぁ。あいつ、改心したんだよね? あれっ、したっけ? 自信なくなってきたわ。
「たださ、手紙の方にこう書いてあったんだよ。私の手には負えないので、後始末をお願いします――― ってさ!」
「あ、後始末って…… ケルヴィンお兄ちゃん、何でそんなに嬉しそうなの?」
「いやいや、あのルキルが手に負えないって、あろう事か俺に匙を投げたんだぞ? 絶対これ、厄介事に決まってるだろ! ジルドラの研究施設ってだけで期待大なのに、ルキルからのお墨付きを貰ったようなもんだ! ククッ、一体何が俺達を待っているのか、こうしている間にも妄想が捗るッ!」
「も~、ケルにいったら本当に相変わらずなんだから。けど、僕も少しだけ楽しみかな? やっぱり未知の探求って楽しいよね」
「であれば、ワシもいつも通り皆の盾として、ひと頑張りさせてもらおうとするかのう!」
「ああ、いつものように頼りにさせてもらうよ。にしても、ララノアも大きくなったら、こうして一緒に冒険したいもんだなぁ。俺とエフィルの愛娘な訳だし、そりゃあ優秀な冒険者になると思うんだよ。冒険デビュー、七歳くらいで済ませちゃう? 何なら、初っ端こういう探索でも―――」
「―――ご主人様?」
「あ、はい。冗談です……」
笑顔のエフィルに叱られてしまった。
「冒険者よりも、まずはメイドとしての腕を磨く方が先です」
あ、そっち?
「っと、こっからはマジで冗談抜きな。最深部に到着だ」
ジェラールを先頭に、最深部と思われる部屋へと入っていく。そこには謎の機械類と共に、何本かの大きなガラス管が設置されていた。殆どのガラス管は破損してしまっているが、その中で一本だけ無傷かつ、今も起動しているものがあった。中は透明だが若干緑色の怪し気な液体で満たされており、時折プクプクっと気泡が流れ込んでいるのが確認できる。整備もされていないってのに、物持ちが良いこって。
「んでもって、お決まりの如く中に人間が入っている、と……」
ガラス管の中にはそれらと共に、正体不明の女性の姿があった。ジルドラの研究施設だからな。まあ、これくらいじゃ今更驚かないさ。全裸状態で携帯している武器や防具はなし。髪は真っ白、肌も真っ白。歳は…… 二十代半ば、といったところだろうか?
「……エスタ、って機械に書いてあるな。こいつの名前か? にしても、でかいな。ジェラールくらいはありそうだ。長年放置を食らっていたとは思えないくらいに、肉付きも良い」
「ケルヴィン君、奥さんが居る中で女性の裸をマジマジと見るのは、正直どうかな~? って、アンジェさんは思っちゃうぞ?」
「え? あ、いや、これはそういう意図で注視していたんじゃなくてだな!?」
「わあ、とっても美人さんです。パパが見とれてしまうのも、少し分かる気がします」
「「「「「へえ?」」」」」
「クロメルさん!?」
多分全く悪気がないとは思うのですが、妻達からの視線がですね! ……と、一応の隙を晒してみても、エスタとやらは目を瞑ったままだ。ただ眠っている感じじゃない。冬眠とかそんな感じ?
「んー、流石に重要な資料は残されていないかな」
「こっちも似たようなものね。ケルヴィン、その他情報源は全部破棄されているかも」
辺りの資料をシュトラとセラに見てもらったが、収穫はなし。せめて、エスタをこの機械から安全に出す方法が分かれば良かったんだが…… こうなると、もう物理的に破壊して出すしかないか。
「あなた様、分かっているとは思いますが」
「ああ、十分注意するよ。何せ、こいつはルキルが手に負えないと判断した――― ッ!」
その瞬間、俺達はガラス管から一斉に距離を取った。唐突な臨戦態勢、そうなってしまったのには、もちろん理由がある。 ……エスタの目が、いつの間にか開いていたんだ。
―――パキ、パキパキ、バギギギギィ!
「……随分と寝相が悪いな。まあ、メルよりはマシだが」
「あなた様?」
笑顔のメルに叱られてしまった。む、おかしいな、デジャヴを感じるぞ?
と、そんな事を思っている最中にも、エスタは自身を納めていたガラス管を力づくで破壊していた。何年、下手をすれば何十年も眠りっ放しだったろうに、実にパワフルなものである。出て来た後もしっかり自分の足で立っているし、その綺麗な顔も寝起きとは思えないくらいに冴え渡って――― ん? 何か俺、すっごい凝視されてない? 信じられないくらいの怒気も感じるんだけど、今日が初対面ですよね、俺達?
『どうやら俺をご指名のようだ。皆、手は出さないでくれ』
念話を送った後、一歩前へ踏み出す。
「あー、言葉は通じているか? 俺の名はケルヴィン・セルシウス、ちょっとバトルが好きなだけの一般的な冒険者だ。お前は?」
「……ジルドラ、殺す」
彼女の白髪が逆立ち、殺気が溢れ出る。目の色は怒りを表しているのか、爛々と輝いていて悪魔のそれのようだ。ただそれだけの事で、ああ、こいつは強いわと確信。うん、ぶっちゃけルキルより強い。ジルドラは底なしの人でなしだが、やはり天才には違いなかったんだろう。
「おっ、良いね。俺を誰かさんと勘違いしてくれたみたいだ。話が早くて助かる」
「死ね」
遠慮も容赦もないエスタの突貫攻撃。獣の如く飛び出し、力任せに腕を振るっただけの攻撃だが、パワーとスピードが段違いな為、ただそれだけでも必殺の攻撃と化している。ハハッ、溜まんねぇ。けど、一種の暴走状態ではあるかな。あのジルドラがこれだけの実力者を放置していたのは、制御ができなくなって利用価値がなくなったとか、その辺りが理由か。ホント色んなところで恨みを買ってんな、あのマッドサイエンティストは。しかし、あいつと俺、そんなに似ているか? あ、いや、俺の知らない姿だったら、そんな可能性もあるのか。
「理性的な戦闘狂である俺としては、まずは話し合いをしたかったんだが…… そちらがその気なら、俺もその流儀に合わせるとしよう」
「……黙れ」
「黙っても良いが、最低限の意思疎通はしておきたいからな。言葉で語れないのなら、戦いで語り合おうって話だ。お前の力、思う存分俺にぶつけてくれ。お前が積み上げて来た想いを、心を込めて俺にぶつけてくれ。エスタ、ようこそこの世界へ。俺はお前の殺意を歓迎する」
「黙れ、この畜生がッ!」
うおっ、魔法も使えるのか! 詠唱速度といい威力といい、こっちも絶品じゃねぇか!
「あーあ、結局いつもの流れになっちゃったわね。あ、ケルヴィンがやられたら、次は私ね、私!」
「ええっ、セラねえ狡い! ここは公平にじゃんけんしようよ!」
「では、私は昼食の準備を」
「私はおかわりのスタンバイを」
「姫様、まだ“いただきます”もしておらんのじゃが……」
「あ、隠し倉庫発見。中身は…… 防具かな?」
「全身鎧、でしょうか? 随分な重装ですね。全てここの技術水準で作られたものだとすれば、相当な価値がありそうです」
「デザインも独特ですね。密閉されていて、臭いがとてもこまってしまいそうな――― ハッ、閃いた! メル様ッ!」
「嫌です」
「パパ~、頑張ってくださいさんです~」
冷たい金属の箱庭で奏でられるは、楽しげで賑やかな響きだった。それが笑い声によるものなのか、はたまた剣戟や魔法によるものなのか、真実を知るのは俺達だけだ。俺達は今日も、ここ戦いに満ちた世界を満喫している。
終わり?
エピローグに続きます。