第410話 あの神は狙い目
翌朝、やつれた体を何とか起き上がらせた俺は、式に来てくれた皆に挨拶をする為、里の中を巡っていた。起床時間がいつもよりも若干遅かったのもあり、既に里を出発している者も結構居る。獣王とかサバトとか、何かと忙しい王族組は大体そのようだ。何とか間に合った者達も、まあ昨日の今日だし仕方ない、むしろ無事に起きられただけでも重畳と、そんな事を言ってくれた。朝から優しさが身に染みる……
でも確かに、二日酔いでぶっ倒れている組も結構居るんだよな。俺がエフィルとアンジェに連れ去られた後も、朝方まで飲み会をやっていたみたいだし。逆に獣王達はよく元気に出発できたものだよ。いや、吐きながら出発したのかもしれないけど。
「おや、これはケルヴィン殿ではありませんか。昨日の式は大成功でしたな。獣王様も大変満足されたようですよ。またいつでもコロシアムに参加してくれと、そんな言伝も残されて行きました」
ネルラス長老は昨日(或いは今日の朝方)の酒を全く残していないようで、それはもう溌剌とした様子だった。酒のにおいも全く残していないし、この人本当に酒に強いんだなと再確認。アダムス達と正面から酒を飲み交わすだけの事はあるよ、マジで。
そんな長老との挨拶も終え、あとはアダムスとマリア達だけとなる。こいつらが二日酔いになっている可能性はまずないので、既に出発していない限りはどこかに居る筈だ。どこだどこだ? と、辺りを見回す――― あっ、ケルヴィムだ。それにグロリアにイザベル、レムの姿もある。
「おはよう、未来の戦友達。昨夜はしっかり眠れたか?」
「む、ケルヴィンか。ああ、パトリックが贄に――― いや、付きっ切りでアダムスの酒の相手をしてくれたのでな。俺達は早々に眠れたよ」
今、思いっきり贄とか言ったよな。ああ、道理でパトリックの姿だけが見当たらない訳だ。つまるところ、合掌。
「パトリック、良い奴だった……」
「うう、彼を護る事ができませんでした…… 守護を司る者として、要反省――― でも、最近向上心がないから別に良かったかも? ええ、この辺りが彼の寿命だった事にしておきましょう」
「あいつも相当に良い扱いをされているんだな…… 尊い犠牲となったパトリックは兎も角として、アダムスの姿も見えないようだが? まさか、一緒に潰れている訳じゃないだろ?」
「ククッ、そんなまさかは起こり得んよ。朝一でマリア、久遠と共に大海原横断チャレンジ? とやらに行ってしまった。何でも健康的に肉体改造を施すついでに、不足した水分もそれで補うんだそうだ」
「うん、百歩譲って肉体改造は良いけどさ、海水から水分を摂取しちゃ不味いだろ。腎臓が死ぬぞ」
ただでさえ昨日、酒で水分補給をかましていたってのに。しかし、マリアと久遠も一緒か。普通に挨拶しそびれたな。
「ああ、そうだ。アダムスからの言伝がある。エバの居る神域への道を開くまでに、今暫く時間を要する。時が来れば正式にギルドを通して依頼を出すが、それまでは新婚生活を楽しむが良い。 ……だ、そうだ」
「お、おう、普通に気遣ってもらっちゃってるな…… それで、その時間とやらはどれくらい掛かりそうなんだ?」
「さあな。数週間か、或いは数ヶ月か――― 最悪、数年を要するかもしれん。全てはアダムス次第だ」
「……なるほど、了解した」
まあ、それなりの時間が必要ってのは、予想していたさ。神様の総大将、そいつが居る場所への道を開拓するって話だもんな。
「分かっているとは思うがケルヴィンよ、鍛錬を怠るなよ。エバ率いる創造神の軍勢は軟弱なれど、腐っても神には違いないのだ。義体である我らと違い、神としての力を十全に使ってくるだろうし、ほんの僅かではあるものの、エバ以外にもそこそこやる奴が居る」
「む、おかしいな。戦争時のケルヴィムは後方での支援に徹していた筈だが、まるで前線で戦っていたかのような口振りだ。その助言はイザベルねえ――― イザベルこそがすべきだろう」
「え、えええっ!? わわ、私が!? ま、まあ、確かにケルヴィムより現場に詳しいとは思うです、はい……」
「後方支援をする側としても、レムの方が活躍していたと思う……」
「ええい、俺とケルヴィンとの会話に、いちいち口を挟んでくるな、馬鹿者共がッ!」
うーん、すっかりケルヴィムの十権能内の立ち位置が確立されてんなー。ある意味で愛されキャラなのかもしれない。
「しかし、ケルヴィムがそこまで言うとは、創造神の軍勢さんにも期待できそうだな。で、どの神が狙い目とか、ケルヴィム目線では何かあるか?」
「フッ、俺に助言を求めるとは、流石はケルヴィン。なかなか見る目があるな。そうだな、エバの配下で特出していたのは…… まず、奴の右腕である『秩序の神』だろうな。見た目はレムくらいの子供で戦闘面が優れている訳ではないが、こいつが裏方に回るとなかなかに厄介だ。策という策を次々に繰り出し、こちら側の統率を崩そうとしてくる。実際、こいつが存在していたからこそ、戦いがあそこまで長引いたと思っても良いだろう」
「なるほど、所謂知将タイプってやつか。 ……ええと、他には?」
「……分かってはいたが、あまり興味がなさそうだな」
ケルヴィムだけでなく、他の十権能の面々にまで溜息をつかれてしまう俺。分かっていたのなら、そのタイプを俺に勧めないで頂きたい。
「いや、だって絶対前線に出て来ないタイプだし、そいつ単体でどうこうする感じでもなさそうだし…… あ、でも強いて言うとすれば、そいつも『秩序の神』? グロリアも規律だか秩序だかで、似たようなものを司る神だったと思ったけど、同じものを司るのはアリなのか?」
「対立する陣営同士であれば、別に珍しい事ではないぞ。私は特に気にしてはいないが、場合によっては自分こそが真のその神であると、わざと被りに行く事も多かったからな」
「十権能内で言えば、『創造の神』を名乗っていたバルドッグがもろにそれだ」
「あー、エバの『創造神』に対抗心を燃やしていたのか……」
相手の大将首に喧嘩を売りに行くそのスタイル、俺は嫌いじゃないな。同じ武具の作り手として、セルジュにやられる前に一度は会っておきたかったかも。
「戦闘面に目を向けるとすれば、『宙の神』が面倒な相手だったと聞いている」
「空?」
「い、いえ、多分字が違うと思います。宇宙の方の宙です」
「そっちの意味か。しかし、また大層な名前の神が出て来たな」
「実際、そいつは面倒な相手だった…… 戦場には現れないで、ずっと超遠距離からの狙撃ばかりしてきた……」
「レレ、レムの言う通りです。それも遮蔽物のない上空から狙って来て、味方を守護するのがとても大変でした……」
「近づこうとすれば逃げの一手となり、それこそ宇宙の外にまで行こうとしていたそうだ。奴が追うにも我々は戦場を離れる事ができんかったからな。まったく、卑怯な手を使いおって!」
かつての光景を思い出したのか、ケルヴィムは大分頭にきているようだ。でも確かに、そんな戦法を取られたら面倒以外の何ものでもないよな。俺だったら…… さて、どう相手をしていただろうか。宇宙の外レベルの逃げ足だと、流石に攻撃を当てられる自信がない。
「それ、どうやって倒したんだ?」
「私が捕まえた。『間隙』の権能を使ってな」
グロリアが若干嬉しそうなトーンで話してくれた。ああ、確かに。彼女の権能なら距離なんて関係なく――― って、待てよ?
「けど、敵は視界の外に居たんだろ? グロリアの目で見たものを対象とする権能じゃ、それはできないんじゃないか?」
「と、当時のグロリアは視界外の目標も捉える事ができたんです。今のような義体ではなく、神でしたので」
マジか、神すげぇ! ククッ、こいつはますますエバ達にも期待できるってものじゃないか!
「凄く悪い顔をしてる…… 怖い……」
「しゅ、守護神の私も、流石にその顔までは擁護ができず……」
「神でなくなったとしても、こうはなりたくないものだな」
君らさ、ケルヴィムだけでなく俺に対しても結構言うよね?