第100話 形見
―――紋章の森・エルフの里
翌日の早朝、俺達はエルフの里に別れを告げ、パーズへと出発する。長老や里のエルフ達はもっとゆっくり滞在してくれと言ってくれたが、いつまでもパーズの屋敷を留守にする訳にもいかない。屋敷で帰りを待っているエリィとリュカに要らぬ心配をさせたくないからな。
エルフ達からは里中から掻き集めた金を渡されそうになったが、それとなく断っておいた。里の財政が揺らぐような金は流石に受け取れん。代わりに森の特産品をいくつか見繕ってもらうことで同意。エフィルの好みそうな果実をゲットだ。
里の門前で相変わらずエルフ姿のレオンハルトと長老達が見送ってくれる。
「里の警護はガウンに任せておけ。それと今度、転移門を使ってガウンに来るといい。歓迎しよう」
「ええ、その時は本当の御姿でお願いしますね」
「ハッハッハ! よかろう、約束する。まあ、暫くはS級昇格の影響で忙しくなるだろうがな」
「何かあるのですか?」
「新たなS級冒険者の誕生ともなれば、街を挙げての祭り騒ぎになる。何せ世界でも数年に一度あるかどうかだからな」
「あまり大っぴらにはしたくないんですけどね……」
「まあそう言うな。名を売ることで得をすることもある。それに祭りは民衆の最大の楽しみのひとつだぞ。正式に昇格した際に華やかにやるのが仕来りだ。前回は――― ああ、1年前のシルヴィアの時だったか。あ奴もケルヴィンと同じくトントン拍子で昇格していった。そう考えると最近の新人は優秀だな。ちなみにシルヴィアはガウンで盛大に祝ってやったぞ! 奴は恥ずかしがって出席しなかったがな!」
それ、その人に逃げられただけなんじゃ…… 主役の当人がいない状況でやる気概も凄いが。
「ケルヴィン殿にエフィルさん、行ってしまわれるのですな」
「長老様、昨日はありがとうございました」
「いえいえ! 私共にできるささやかなお礼ですよ。頭を下げるのは私共の方です!」
メイドらしくきちんとした挨拶をするエフィルに対し、長老とエルフ達が慌しく頭を深く下げる。これだけの人数に頭を下げられると逆に落ち着かない。
「この里を本当の故郷だと思って何時でもいらしてください。里の者一同、お待ちしておりますぞ。おっと、忘れておりました」
長老が小さな宝石箱をエフィルに差し出す。
「エフィルさん、これをお受け取りください」
「ええと、これは?」
「あなたの母、ルーミルの形見の品です。どうか、エフィルさんがお持ちください。ルーミルも喜ぶでしょう」
「母の、形見……」
エフィルが宝石箱を受け取り、静かに蓋を開けて中を覗く。
「これは髪留め、でしょうか?」
「ルーミルが発見された時に彼女が身に着けていたものです。無傷だったのはその髪留めだけでしたので……」
「装飾されたエメラルドがとっても綺麗じゃない。良かったわね、エフィル!」
セラがエフィルの横からまじまじと髪留めを見詰める。俺もその更に横から鑑定眼でちらり。
『魔力宝石の髪留め』。装飾も見事だが、魔力宝石の特性を活かしたまま加工している。むしろ原石の頃よりもその効力を高めているな。間違いなく名のある職人の品だ。髪飾りは小さな花を模り、花弁に当たる部分にエメラルドを埋め込んでいる。派手さはないが、上品で美しい。
「エフィル、その髪留めつけてみないか? きっと似合うぞ」
「よ、よろしいのですか?」
「これはもうエフィルさんの物ですよ。私共に断りを入れる必要はありません」
「そ、それではご主人様、お願い致します……」
「了解」
後ろで束ねているエフィルの髪を一度解き、魔力宝石の髪留めで丁寧に再び束ねてやる。屋敷では朝早く起きた時などはエフィルの髪を梳かしたりもしていたからな。何とか髪を結うことはできる。
「どうでしょうか?」
後姿で顔だけ振り返りながら、エフィルが尋ねる。
「おお、やはり…… いえ、とても似合っております」
「うんうん! エフィルの金髪に緑が映えるわねー!」
「ええ、とても素敵ですよ」
皆の言う通り、初めからエフィル専用に髪留めを作ったかのように似合っていた。エフィルの母を知る長老達は、その姿を重ねて見ているのかもしれない。
エフィルが嬉しそうにしながらも、こちらをチラチラ見て気にしている。俺もしっかり言わないとな。
「エフィル、よく似合ってるよ」
「―――ありがとうございます。私、とても幸せです」
見詰め合う二人。そして周囲に甘い空間が漂い始め……
「はいはい! ケルにいもエフィルねえも、そういうのは家に帰ってからね」
パンパンとリオンが手を叩きながら空気を元に戻してくれた。最近、我が妹がやけにしっかりしてきた気がする。喜ばしいことだが、できればもうちょっと待ってほしかった。
―――いや、門の後ろのエルフ達と防壁上のガウン兵がこちらをガン見して注目している。早々に撤退するのが正解かもしれん。
「ごほん! それでは獣王様、長老、私達はこれで失礼しますね」
「うむ。これからも精進するのだぞ」
「本当にありがとうございました。旅の幸運を祈っております」
行きと同じく帰りもひとっ走りだ。さ、今日中に帰れるよう飛ばしていこう。
『王よ、ワシもそろそろ外に出たいなー、って思ったり……』
『ジェラール、お前は1週間俺の魔力内で謹慎だ』
昨日の祝宴の席でお前がした愚行、俺は忘れていない。あれから防壁を降りた後、俺とエフィルがどれだけ大変だったと思っているんだ。さっき好奇の目にさらされたのもジェラールが主な原因なんだぞ。何より、素面で聞いたら身の毛がよだつほど恥ずかしい俺の台詞を晒したお前の罪は重い。絶許である。
『いや、さっきのはワシのせいじゃないと思うが』
『ジェラじい、気持ちは分かるけどアレはやっちゃ駄目だよ』
『むう、リオンに言われてしまっては立つ瀬がないのう』
『ですが、その場に居合わせ止めなかった私にも責任がありますね。私も1週間おかわりを控えましょう』
『『『『『ええっ!?』』』』』
メルフィーナがとんでもない事を言い出し、一同に動揺が走る。
『メ、メルフィーナ、早まるんじゃない!』
『そうよ! とてもじゃないけど、1週間もなんてメルの体が持たないわ!』
『姫様! ワシなんかに付き合う必要はないんじゃよ!』
『メルねえ、僕そんな残酷なことできないよ……』
『困りました。メルフィーナ様の消費量を踏まえて食料を買っているのですが…… メルフィーナ様に食べて頂けないとなるとクロちゃんに食べて、いえ、クレアさんに差し入れとして……』
全力で説得を試みる。普段あの豪快な食べっぷりを見せ付けられているんだ。食欲を抑制したメルフィーナの姿なんて見ていて落ち着かない。病気かと心配するレベルだ。
『み、皆さん……! 分かりました。私、頑張って食べます!』
そんな馬鹿な会話をしつつ、俺達はパーズへと帰還するのであった。
今回で正真正銘の100話突破!
いつも見て頂いている読者様に感謝です。