第408話 星の滅び
フィールドが崩壊する間際、アダムスが目にしたのは蒼と翠の炎であった。肌を焼け焦がす、そんな言葉が生温く感じられるほど高温に達したそれら炎は、まだ直撃していないのにもかかわらず、アダムスが有していた数少ない水分を一滴残らず消し飛ばし、生物としての活動を強制的に停止させる領域へと至らせていた。脱水症状を超えた滅水状態とでも言えば良いだろうか。兎も角、屈強であったアダムスの肉体は、ミイラのような外見と化してしまったのだ。
しかし、それでもアダムスは止まらなかった。無二の友が信頼する相手とそこまで刃を交えたかったのか、今は亡き部下の奥義を汚さんとしたのか、文字通り火事場の馬鹿力を発揮させたのか、限界を超えて動けた理由は分からない。ただ一つ言えるのは、彼は奥義の型を理想のままになぞり、最速で渾身の力を解き放った。それだけだ。
水分もない肉体で、だが残った全ての力を用いて放たれた『畢竟』は、先にケルヴィンを倒したものよりも強力だった。技の完成度で言えば、オリジナルをも超えていたかもしれない。しかし、しかしだ。その執念の奥義と激突した蒼翠の矢は、それ以上に獰猛であったのだ。
「……見事ッ!」
真っ正面から畢竟を打ち消し、その上でアダムスの全身をも消失させた、エフィルの『極蒼翠炎の焦矢』。解き放たれた覚悟の矢はそれだけに満足せず、フィールド全域をも炎で飲み込み、その全てを無に帰していった。言ってしまえば、一つの星が死に絶えているようなものだ。最早この戦場を維持するのは困難であり、使い手かつ加護持ちである筈のエフィルもその影響を受け、その攻撃を放った火神の魔弓も消し炭になってしまう有り様だ。攻撃の苛烈さを物語るにしても、そこに何も残っていなければ語る事は何もない。ただただ苛烈、それだけである。
「ハァ、ハァ……! ご主人様、エフィルはやりました……!」
アダムスの転送を見送った後、自身の炎に焼かれながらも喜びに打ち震えるエフィル。そんな彼女も直後に転送されたのは、この戦いの舞台が限界に達したからであった。
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炎のみが存在する光景から一転して、木々の間から柔らかな太陽の光が差す、懐かしき故郷の姿が目の前に広がる。森特有の落ち着く香りから、エフィルはこの場所がエルフの里であると、直ぐに理解する事ができた。少々の酒臭さも広がっているように思えるが…… まあ、そういった点もあるからこそ、尚更にここが式場であると、そんな説得力を持たせてもくれていた。
「エフィル、殺ったな!」
「はい、殺りました!」
「何か字が違いません!?」
ウィアルのツッコミが冴えるも、そんな事などお構いなしに熱い抱擁を交わすケルヴィンとエフィル。会場に集った飲酒者達も細かい事なんて気にしておらず、その感動的な光景に拍手喝采状態である。
「うう、やりましたね、エフィル殿……! ルーミルも天国できっと喜んでいます……!」
「お父さん! 泣くにしても、せめてお酒は手放して!」
「ウィアル、それは違うぞ。こんな時だからこそ杯に手を伸ばすのだ。御二人の幸せを祝して――― かんぱぁーい!」
「「「「「うおおおお! かんぱぁーい!」」」」」
「あー、まったくもー……」
どうやら、里のエルフ達は完全に出来上がっているようである。
「アダムスを打倒した、か。フッ…… まさか、これほどの偉業を成し遂げるとはな。戦闘前に変な忠告をした自分が、今となっては恥ずかしい」
「……? ケルヴィム、今は服を着ているから、別に恥ずかしくはないんじゃ……?」
「そういう意味ではないんだが!?」
「……イザベル姉さん、脱ぐ前のケルヴィムが言う通り、これって凄い事よね?」
「おい、何で俺が脱ぐ前提みたいな話をしているんだ!?」
「ははは、はい! とっても凄い事、だと思いますぅ……! わ、私でもアダムスには多分勝てませんし、服の着衣に関係なく、ケルヴィムだってそれは同じ筈です。一体、どうやってアダムスを倒したのでしょうか?」
「お前ら、事前に打ち合わせでもしていたのか!? 酒の席だから絶対に俺が脱ぐと、そう思っているのか!? あと、服の着衣で俺の強さに変化は生じないんだが!?」
十権能の面々にとって、この結果は本当に衝撃的なものだった。彼らにとってアダムスは義体であっても最強の存在であり、この世の頂点に君臨する者だったのだ。そんなアダムスを権能を賜った翌日にケルヴィン達が打倒してしまったのだから、最早言葉もない状態――― にしては少々騒がしいが、それくらいの驚きだったのは間違いないだろう。
「うわ、これ完璧に壊れてない? 妾が使っても大丈夫だったのに、一体どれだけ暴れたのー?」
マリアはマリアで、マジックアイテムが破壊された事に驚いているようだ。ちなみに、マジックアイテムである水晶玉は完全に炭化してしまっていて、見るも無残な状態であった。
『ケルヴィン、私達の事を忘れていないでしょうね!?』
『あなた様、早く再召喚を。宴の席が私を呼んでいますので』
『酒じゃ! 祝い酒じゃ! う゛っ、腰が……!』
『分かってる、分かってるって。今召喚するから』
辺りも騒がしいが、配下ネットワーク内も大分騒がしい。仲間達の念話に押されながら再召喚を行うケルヴィン。
「あー、しんどかったのう。王の権能に力を貸すと、体感で倍くらい腰に来るわい」
「まったく、何とか上手くいったって感じね~。ケルヴィン、もっと私の力を上手く使いなさいよ! て言うか、何勝手にゴルディアを教えているの?」
「あ、いや、それは―――」
「―――よくやったわ! これでゴルディアの伝承者がまた一人増えたわね! 半人前のオッドラッドだけじゃ心許なかったし、ゴルディアーナも喜んでいると思うわ!」
「お、おう……」
結果的にセラは喜んでいるようだが、一時のテンションで勝手に教えてしまった事に後ろめたさ感じてしまうケルヴィン。密かに今度、ゴルディアーナに頭を下げに行こうと決心するのであった。
「ケルにい、エフィルねえ、戦闘お疲れ様、アーンドおめでとう! 外からじゃ様子が何にも分からなかったけど、無事に勝てたみたいで良かったよ~」
「一時間きっかりの勝負だったみたいだね。最初にケルヴィン君だけが転送されて来た時は、一瞬負けたのかと思っちゃった。まあ、その直ぐ後にアダムスさんも来た訳だけど…… 心臓に悪いよ?」
周りに続いて駆け寄る会場居残り組のアンジェ達。仲間内で唯一状況が分からなかっただけに、一番不安な時間を過ごしていたのは、ある意味で彼女達だった。その心労は計り知れない。
「王よ、リオンやシュトラ達の心労を労ってやらんとな。今日の新郎は王なだけに! なんちゃって!」
「……え? ごめんジェラール、今何て?」
「ジェラールさん……」
「ジェラじい……」
「ジェラールお爺ちゃん……」
「すまぬ、今のは全面的にワシが悪かった。じゃから、そんな顔をしないで……!」
たった今、心労の臨界点を突破してしまったようだ。
「ケルヴィン、それにエフィルよ、此度の戦いは真に見事であった。ただの我の完敗だ」
そんな冷え込んだ空気の中、助け舟を出さんとばかりに現れたのは、他でもないアダムスであった。戦闘時は殆どミイラと化していた彼であるが、巫女の秘術により元の屈強な状態に戻ったようだ。また、ケルヴィンとエフィル視点では、アダムスの顔がハッキリと見えるようにもなっており―――
「―――ったく、漸くお前の顔を拝む事ができたよ。なるほど、そういう顔だったのか」
「フッ、こういう顔のただの我だったのだ。どうだ、思ったよりも普通であろう?」
「いえ、精悍な顔つきかつ端正なマスクだと存じます。ただ…… やはり、ご主人様には敵わないかと。私のご主人様は世界一、いえ、宇宙一の御方ですので」