第406話 無二の友人故に
生きるとは戦う事、戦うとは生を実感する事。そんな信条を共にする二人は、この頂上の戦いに夢中になっていた。攻撃を繰り出すごとに新たな戦術を編み出し、権能に更なる彩りを加えていくケルヴィン。衝突し合うごとに立ち回りや技を吸収し、生物としての進化を遂げて行くアダムス。笑顔を絶やす事なく戦い続ける二人は、まるで自慢のおもちゃを見せつけ合う子供であるかのようだった。最早、立場や時間も完全に忘れて、戦いにのみに没頭してしまっている。
「これならどうよ!?」
「ぬうう、これもまた素晴らしい……! ならば、ただの我も礼をしよう!」
「クッ、こいつも堪らん! だが、まだまだ成長の余地がある気がする!」
「貴様もそんなものではなかろう! もっと想像力を働かせるのだ!」
打てば打つほどにアダムスの技には磨きがかかり、そんな好敵手に負けじとばかりにケルヴィンも権能を使いこなしていく。正に成長の相乗効果と言うべきか、双方はシステム的なレベルアップとは別のところ、つまりは全ての基礎となる地力を凄まじい速度で高めていた。最早アダムスはゴルディアを習得する寸前だし、ケルヴィンなんて最強型クロトの多数同時展開なんて事もできるようになっていた。一切の手加減をする必要がない、全てを受け止めてくれる相手の存在は、何と偉大である事か。
また、ケルヴィンの『修羅』は相手が強ければ強くなるほどに、その能力をより発揮できるようになる性質がある。その為、そういった意味でも非常に噛み合う結果となっているようだ。純粋なパワーでは全く勝てないにしろ、スピードにおいては補助効果なりを駆使する事で、何とかアダムスの影を踏める程度にまで追いつく事にも成功。そんなケルヴィンを前に、アダムスはますます対抗心を燃やし――― 兎も角、ライバル関係のいいとこ取り、そんな状況が続いている訳だ。
但し、双方は消耗もしていた。それもそうだろう。嘘偽りのない、それも慣れてもいなかった全力のぶつけ合いを、ずっと続けているのだ。花粉症による脱水も流石に深刻化しているし、メルの『自食』に貯蔵した魔力だってガリガリと削れてしまっている。“ちょっと待った”の残り時間だって、実のところ、あと僅かだ。しかし、二人にとってはそれさえも些事。今はこの時間を如何にして堪能するか、それが完全に最優先事項となっている。その結果―――
「遂に掴んだぞ、これが我のゴルディアである!」
―――無事、アダムスがゴルディアを習得するに至る。
「おお、やったな! よし、まずは耐久性テストだ!」
赤きオーラを纏ったアダムスに対し、お祝い代わりの超魔縮光束をプレゼントするケルヴィン。そんな四方から迫る極太ビームを、何とアダムスはオーラの厚みだけで弾き返してしまう。
「これは素晴らしい……!」
アダムスはゴルディアの実用性に大変感動しているようであった。
「貴様が居なければ、このような奥義を学べなどしなかった。改めて心からの感謝を、無二の友人、ケルヴィンよ」
「よせよせ、今更そんな事を言われたって、ただ恥ずかしいだけだって。俺は俺がしたいと思った事をしただけで、全てはお前の―――」
『―――談笑中に割り込んでしまい、大変申し訳ありません』
突然の念話、その相手はこの戦闘の最中、ずっと鳴りを潜めていたエフィルであった。
『ご主人様、そろそろ指定の時間です。もう数分ほどでタイムリミットを知らせる仕掛けが作動するかと』
『えっ、もうそんな時間? ……うわマジか、本当に時間ギリギリじゃん。こうなる可能性は確かにあったけど、流石に熱中し過ぎだろ、俺……! いやはや、エフィルにタイムキーパーの役目を任せておいて良かったよ。危うく制限時間をオーバーするところだった』
『いえ、こうなる事は十分に予想できていまし――― コホン! それよりも、予定通り最終攻撃に移行してもよろしいでしょうか? 一時間弱の猶予を頂きましたので、こちらの準備は万端です』
『ああ、そうしてくれ。俺の方も可能な限りアダムスの注意を引く。まあ、それで勝てれば一番なんだが…… な~んか、そうはいかない気がしてさ』
『セラさんの勘、ですか…… 承知しました。私も最善を尽くします』
念話終了。さて、どう話を持ち掛けたものかと一瞬考えるが、自然体で十分かと直ぐに余計な思考を手放すケルヴィン。無二の友人ならきっと応えてくれる。そんな自信がある様子だ。
「―――お前の努力の成果だ。ホント、付き合い甲斐があるよ」
「フッ、貴様こそそう褒めるな。素顔を晒してしまった今、ただの我の表情は丸分かりなのだ。照れているのがバレてしまうではないか」
「いや、素顔ではあるんだけど、未だに表情は見えないと言うか、花粉症にしてすまんかったと言うか…… それよりも、そろそろ制限時間が迫ってる」
「何と、それは真か!? ぬう、充実したひと時とは一瞬で通り過ぎてしまうものなのだな。しかし、このままでは引き分けになってしまう訳か」
「そうなるな。それで、俺は思うんだ。これだけ有意義な時間を過ごしたってのに、最後に勝負がつかないってのは、些かスッキリしない」
「うむ、ただの我もそうだ。ここまで来たのなら、最後の勝敗こそは明白にしておきたい」
赤きオーラを唸らせながら、大きく頷くアダムス。どうやら、その想いはケルヴィンと同じであるようだ。
「なら、こういうのはどうだろう? 俺らはこの時間を通して、互いの力を高め合った。練磨の集大成として、互いの最強の技を同時にぶつけ合うってのは。ぶっ放した後は、受けるも躱すも自由。まあ俺はクロトの中に居る以上、受ける事を予め宣言しておくけどな」
「……ククッ、貴様はつくづく面白いな。ならば、ただの我も宣言しよう。貴様の最強を受け止めた上で、ただの我の最強が貴様を倒すと!」
「ハハッ、よく言ってくれた、親友!」
クロトの内部より大鎌を形成し、その刃に莫大な破壊力を纏わせるケルヴィン。対するアダムスは赤だったオーラを漆黒へと変色させ、格闘家らしい武の姿勢へと移行するのであった。そして、その時は直ぐにやって来る。
「纏ノ天壊!」
ケルヴィンが最後に選択した技は、ジェラールの奥義『纏ノ天壊』であった。但し、大剣に斬撃エネルギーを纏わせるのではなく、大鎌が放った斬撃と融合するかの如く、そこへ溶け込ませたのだ。何でも斬る事できる、石化させる事もできる、純粋な破壊力も最強――― 最狂に最強を掛け合わせたらそれが一番だろうと、最高に頭の悪い戦術だ。更に融合したそれら斬撃はクロトという発射台を経由する事で、『膨張拡大』と『圧縮噴出』も付与。結果としてクロトから出る際に、かつてないほどの速度と威力に到達していた。
「ヌゥンッ!」
そんな出鱈目を前にして、アダムスが放ったのは――― 何と、ただの正拳突き。その所作全てが神速で行われ、漆黒のオーラを纏った状態で行われているが、それ以上でもそれ以下でもない正拳突きだった。戦いの集大成で決着をつける。そんな言葉から始まった殴り合いなだけに、この場面で突き技の基礎が使われたのは、ケルヴィンとしても意外だっただろう。しかし、だからと言って油断をするような戦闘狂ではない。それをするからには相応の理由があるのだろうと、より全力を尽くそうと決意を新たにするだけだ。
―――そして、決着の時がやって来る。
「……まさか、クロトを越えて俺に攻撃を当てるとはな」
そこへ攻撃が通ったのを示すかのように、クロトのボディには大穴が開けられていた。打撃に対する完全に耐性を持ち、『不壊』などのあらゆる防御機能を備えたクロトが、である。そして何よりも――― ケルヴィンの肉体、その胸から腹部にかけた場所は、アダムスの攻撃を受けた影響で完全に消滅してしまっていた。
「―――『畢竟』。これは我が神であった頃、最も我の領域に近付いた男が有した奥義よ。やはり見様見真似の付け焼き刃、今のただの我で完全再現は到底不可能か。しかし…… ケルヴィンよ、どうやら貴様を倒すには足りたようだな」