第404話 想像の中の最強
刃と化した大小様々な氷塊、それらを掻き分け泳ぐように姿を現したのは、未だ無傷のままであるアダムス。但し、体内へ微小の氷を送り込む事で、これまでにない反応(アイスクリーム頭痛)をもたらす事に成功したケルヴィンは、漸くアダムス打倒の兆しを見出し始めていた。そして、間髪入れずに動く。
「頭痛のところ悪いが、長話で時間が随分減っちまったんでなぁッ!」
直後、氷塊の隙間より新たなる触手&影の手が無数に生え、標的であるアダムスを捕縛せんと迫った。名状し難いそれらの表面には紅き血が滴っており、接触すれば肉体の主導権を奪われる、ステータスを最低値に固定される、影に巻き込まれ地面に縫い付けられると、どれもこれもがアウト三昧のよくばりセットであった。
「むう、目新しさがないな」
よくばりセットを認識したアダムスは、次の瞬間に片腕を薙ぎ払っていた。無造作に裏拳をかますように、横殴りに。そうする事で発生したのは、単純なパンチをしていた際にも発生したあの拳圧だった。但し、今回のは直線に伸びるのはなく、広範囲を薙ぎ払う一掃バージョン。無数に生えた触手達全てを巻き込む拳圧は、その背後に控えるケルヴィンをも滅ばさんと、その魔の手を伸ば――― 否、その魔の手を薙ぎ払った。
「むっ!?」
しかし、アダムスの拳圧は一本の触手も滅してはいなかった。それどころか同等威力の衝撃波が彼を全方向より襲い、傷付ける。待っていたのは放った拳圧がそのまま反射されたかのような、そんな現実であった。
(よし、直に拳を受けなければ、ジェラールの物理反射は有効か)
そう、実のところ触手達に付与されていたのは、セラの血だけではなかったのだ。一目でやばいと分かるよくばりセットに加え、目にしただけでは違いを知る事のできない、ジェラールの大戦艦黒鏡盾の特性も添えられていたのである。放った拳圧の尽くが反射され、アダムスへと返された訳だ。
「ぬんッ……!」
思わぬ反撃を喰らったアダムスであるが、当然その程度で怯むようなタマではない。拳圧に次いで触手達が迫る中、拳の形を広範囲を巻き込む裏拳から貫き手に変え、一点集中とばかりに鋭く突き出した。
―――ボッ。
空気を切り裂くとも拳を振るったとも聞き取れる、ごく短い音が通り過ぎる。すると、どうした事だろうか。その方向に居た触手と影の手が、今度は一瞬にして四散してしまったではないか。同時にアダムスはその方向へと全力疾走をしており、触手達の包囲網からの脱出を終えてもいた。
(へえ、プリティアちゃん方式で範囲を絞って、威力を高めたのか……!)
(ふむ、頭痛もそうであったが、ただの我がここまで肝を冷やされるとはな。ケルヴィンよ、貴様との戦いは懐かしい感覚を幾つも思い出させてくれる)
(とか、そんな事を思っていそうだな、何となく!)
(むっ、何やら心を読まれている予感。しかし、昨日の今日でここまで権能を使いこなすか。組み合わせ次第で無限の力を発揮できそうだが、既にここまでコントロールできているのは意外であった)
(とか、そんな事を思っていそうだな、何となく!)
(むっ、何やら心を読まれている予―――)
一瞬で交わされるセルフ読心術。セラの勘もアダムスの勘も、双方とも絶好調のようである。
(まあ、その意外って感想は、案外的を射ている訳だけど……)
本来であれば『修羅』を顕現させた状態のケルヴィンでも、これだけの属性を同時に掛け合わせる行為は大変に難しい。少なくとも、こんな一瞬で生成させるなんて事はできない筈であった。しかし、それを可能としたのがムドの『多属性体質』。異なる特性を元から一つのものであったと誤認識させ、強制的に、そして自然に複数の特性を重ねられるムドの固有スキルは、今のケルヴィンにとってこれ以上ないほどに嚙み合わせの良い力と化していたのだ。
―――だからこそ、こんな事もできてしまう。
「……これは些か、いや、相当に不味いかもしれんな」
アダムスが思わず吐いてしまったその言葉は、戦闘が始まって以来初となる、自身と同等の脅威に対する称賛の言葉でもあった。現に半分ほど残っていた顔の影も、チリチリと剥がされかけている。
「つまり、やはりこの世界は素晴らしい……!」
「全くもって同意見だ!」
そんな事を口にしつつ、新たに出現させたそれへと降下し、トプンとその中へと入り込むケルヴィン。そこは母なる海のように、全てを受け止れてくれる大らかな場所。バトル中故に高揚していたケルヴィンの雰囲気も、心なしか穏やかに――― 否、より一層笑顔という名の不気味な花を咲かせていた。戦闘狂とは環境に左右されない生き物なので、これもまあ仕方のない事である。
「で、それは一体何なのだ?」
「俺の考えた最強のクロト、かな?」
ケルヴィンが入り込んだその場所は、巨大クロトの体内であった。当然の事ながら、今この場に居るクロトは権能によって作れられた存在であり、本物という訳ではない。現に平時であれば透き通った海の如きスライムボディの中に、漆黒の光がキラキラと不気味に煌めていているのが見える。言ってしまえば権能を顕現させたケルヴィンの雰囲気を、そのままクロトにも伝播させたような感じだ。また、アダムスが目にしただけで歓喜した要因も、このスライムボディに隠されている訳で。
「アダムス、残った影の仮面も剥がさせてもらうぞ」
「フッ、面白い。よほどそのスライムを信頼しておるのだな」
「それは違うぞ」
「む?」
「俺が信頼しているのは、俺に力を貸してくれている…… 仲間達全員だッ!」
ケルヴィンの叫びに呼応するように、クロトのボディから何かが弾け飛ぶ。飛来するその何かは、これまでケルヴィンが放った攻撃の中でも最速中の最速。だがそれでもアダムスは、持ち前の超眼力で射出物を視認できていた。
(捻じ曲がった――― 花?)
そう、それは何らかの植物の花であった。但し、重なった花弁がドリルのように捻じ曲がり、凄まじい勢いのまま回転と突貫を続けている、奇妙な花だ。スローモーションで見れば可愛らしく綺麗な外見のようにも思えるが、アダムスはこの花にも底知れぬ脅威を感じてしまっていた。そして、直感的に躱す事を選択する。
(ああ、躱すのが正解だ)
その花はクロトの体内で高速育成した、ダハク自慢の品種改良品。今のクロトはダハクの『黒土滋養鱗』の性質を持ち合わせている為、植物が育つ環境がこれ以上ないほどに整っている。そして、無事育った植物はボガの『膨張拡大』により、元のサイズの数十倍にまで巨大化。その様子が描かれなかったのは、ほぼ同時にムドファラクの『圧縮噴出』が実行され、瞬く間に射出されていた為で――― まあ、つまるところ圧縮すればするほどに、超威力で外に出される仕組みがクロトの中で確立されたのである。
サイズの拡大、そして圧縮を繰り返したこの花の弾丸は、そうする事で見た目以上の破壊力を持ち合わせていた。それこそ、アダムスの拳圧に匹敵するほどのものだ。また、花の蜜には接触するだけで発現する強力な神経毒が含まれており、そういった意味でも回避するのが無難である。
(―――半分は、な)
だが、その花が真価を発揮するのは空気中に高速で解き放たれる、その瞬間こそにあった。激しく空気に触れる事で飛散されるのは、周囲を濃い黄色で染め上げる花粉である。最早煙幕レベルにまで達するその濃さは、ただそれだけでもアダムスの視界を害するに値する。そして、そんな濃ゆい花粉に囲まれたら、一体どうなるのかと言うと……?
(ッ!!!???)
先の微小な氷と同様、ひと呼吸でも吸い込めばアウトとなる、猛烈なアレルギー症状を引き起こすのだ。つまりは――― そう、花粉症である。
(できれば、こんな残酷な攻撃はしたくなかったんだが…… すまん、アダムス!)
ちなみにダハクがどんな植物を作ろうとも、基本的にケルヴィンはそれを受け入れ、どう戦闘に生かそうかと顔を輝かせている。しかしながらこの植物を作り出した時だけは、ケルヴィンは唯一嫌そうな顔をし、「お前それ絶対地上で栽培するなよ? それ、兵器以上に兵器なんだからな? 絶対だぞ、絶対!」などと厳重に注意していたそうな。