第403話 シンプル故に
アダムスの拳は触手もろとも大鎌を粉砕し、その持ち主であったケルヴィンの両腕をも消し飛ばそうとしていた。が、大鎌を手放す事でケルヴィンはギリギリこれを回避。余波で皮膚を引き裂かれ、脱臼する程度の負傷で済ます事に成功する。
(力任せの単純な大振りで、なんつう威力の攻撃を……!)
単純であるが故に厄介、それがケルヴィンの正直な感想だ。セラの再生力で両腕を治癒、粉砕された大鎌を再構成しながら、ケルヴィンは『並列思考』を回転させ続ける。
これまでの攻防を振り返ってみても、アダムスは特段変わった行動は取っていない。例えば、攻撃。最初に力を溜め、相手をギリギリのところまで引き付け、力の限り拳を振るう――― ただこれだけなのである。『武神』とされたハオ・マーや『桃鬼』ことゴルディアーナ、そういった彼らと同タイプのように思えるが、アダムスの場合はそもそも格闘技というジャンルに属していないのだ。何せ、己のポテンシャルのみを前面に出し、力任せに肉体を動かしているだけなのだから。
(どれもこれも、力任せかつ大振りの打撃でしかない。けど、それを構成する全ての要素が桁外れ過ぎる……!)
一転して攻撃手に回ったアダムスが、辛うじて死を逃れたケルヴィンを猛追し、更なる連続攻撃を仕掛ける。やはりそれら攻撃も単純なパンチのみで占められており、このレベルの戦いには不相応に思えるものばかり。だが、それらを見極め躱すケルヴィンからすれば、この時間は死線を潜り抜ける最高で最悪の時間に違いなかった。
「ほう、よく見えている!」
「でないと死ぬからなぁッ!」
攻撃に回ったアダムスの拳は、一振りで二段階の攻撃を放って来る。彼が拳を振るった直後、まず最初に飛来するのが拳圧だ。ジェラールの空顎、或いはゴルディアーナの蜂刺針の要領で放たれるそれは、セラの血やクロメルの触手といった、“触れたらアウト系”のトラップを纏めて引き剝がし、そのまま消滅させるまでの威力を誇っていた。もっと具体的に言ってしまえば、それが飛来するだけで地面が削られ、その方向に山があれば丸々欠けてしまうだろう。射程もまた馬鹿げていて、抉れた地面の距離から確認するにしても、それは地平線の彼方にまで続いていた。
これだけでも理不尽なマップ兵器のようなものだが、むしろ本命はその次弾として飛んで来る拳の方だ。セラの勘をも内臓したケルヴィンは、それ故に直感する。仮に拳圧に耐えられるとしても、この拳だけは絶対に直に受けてはならない、と。
(何でどうガードしたとしても、それで生き長らえるイメージが一切湧かない……!)
ハードの『不壊』で表面を覆い隠しダメージを無効化する? それとも、ジェラールの盾で威力を反射する? ……どちらも駄目である。そんな事をしたところで、何かしらの因果が巡って死に到達する。ドロッドロなまでに濃くなった、そんな嫌な予感ばかりがしてしまう。
(ハード越しに伝わる衝撃で中身がミンチに、盾の反射は許容量をオーバーしてしまうってところか。ハハッ、どんな暴力がその拳に備わっているんだよ?)
昨日の戦いでマリアが魅せてくれた不条理な肉体言語も、ケルヴィンにとっては経験した事のない貴重な脅威だった。しかし、アダムスの拳はマリア以上であると、否が応にも感じ取れてしまう。合間合間に合気などの技を仕掛けられる恐れはないが、マリアと比較してもパワーとスピードが桁外れなのだ。
(おまけに、硬いッ……!)
死線を潜る最中にも、ケルヴィンは幾度もカウンターを決めていた。中にはアダムスの顔面に直撃した反撃もあり、それは相手がマリアであったとしても、顔面を粉砕できるほどの威力を宿していた(マリアの場合、その直後に再生してしまうだろうが)。だが、どんなにカウンターを決めても、アダムスの肉体には薄皮が剥ける程度の傷も付かないのである。マリアのように瞬時に治癒している訳ではない。ただ単純に火力が足りていないのだ。
(んでもって、本体も速いッ……!)
もちろん、カウンターの中には“触れたらアウト系”の攻撃も含まれていた。しかし、アダムスは適格にその系統の攻撃を見極め、超高速で尽くを回避してしまう。そう、彼は防御力が高いだけでなく、それと同じくらいに速くもあったのだ。『風神脚』を付与したアンジェ、そして例の如くマリアと比較しても、やはりこちらの要素も段違いである。
「黒神鎌垓光雨・Ⅱ!」
「おっと、それは恐ろしいな」
全方位を取り巻く漆黒の光芒、隙間なく空間を射った筈の超規模魔法は如何にアダムスと言えども防御不能であり、接触したら最後、強制的な石化現象を引き起こす。本来であれば魔法を発動させた時点で勝利が確定する、無情なまでの凶悪魔法――― なのだが、アダムスは一瞬にしてその射程範囲外へと逃れ、完全なる回避を完了させていた。
「……マリアの時に見せた魔法とはいえ、あの時の二倍の規模で発動させたんだがな」
「ああ、実際少しばかりヒヤリとした。更に規模を拡大させ、十倍ほどにすれば当たっていたかもしれんな」
アダムスは嘘を言わない。つまり、これは本気でそう思っての発言である事を示している。ケルヴィンもそれを理解しているが故に、ますます頬が緩んで――― 否、吊り上がってしまう。
「ったく、基本スペックの暴力ってのは、この事を言うんだろうな。何の特殊能力も持ってない相手だってのに、一向に胸の高鳴りが止みそうにないよ。 ……本当に他に何もないのか? まだ権能の権限も宣言していないよな?」
まだ現状の攻略の糸口も見い出せていないと言うのに、出し惜しみをするなとばかりに急かすケルヴィン。
「フッ、ただの我の権能を顕現させたところで、それは戦いに一切関係のないものだ。故に、全く使いどころがない!」
「な、なん、だと……!?」
そして希望が絶たれ、一転して絶望に染まってしまうケルヴィン。
「ただの我に特殊な力は何も備わっていない。ただただこの世界の誰よりも力強く、この世界の誰よりも速く、この世界の誰よりも頑丈で、この世界の誰よりも健康的なだけなのだ。何なら、スキルとやらも習得しておらんしな」
「ハハッ、弱体化した上にスキルもなしかよ? それでこれなんだから、本当に堪らないな。まあ、それはそれとして――― 全氷崩壊」
見渡す限りの大地が氷に変わり、砕け、崩壊する。刹那の間に起こったその出来事は、ケルヴィンの『緑魔法』とメルの『青魔法』を掛け合わせて出来上がった、合体魔法【全氷崩壊】によって引き起こされた現象だ。
崩壊後の氷塊はどれも名刀の如く鋭利であり、その最中に巻き込まれれば悲惨の一言に尽きる。更に、それら氷は空気中に目に見えないほどの氷の粉を絶えず放出してもいた。極小サイズであったとしても、この氷の粉もまた鋭く、ひと呼吸でも体内に吸い込んでしまえば、氷の通り道は瞬く間に斬り刻まれてしまうだろう。また被害はそれだけに留まらず、体内から肉体を凍結させる効果まで備わっているのだ。その結果―――
「む、何やら寒気が? それに、頭がキーンとする……?」
―――アダムスの肉体は未だ無傷だった。しかしここに来て初めて、アダムスにアイスクリーム頭痛という名の一定の効果を与える事に成功する。
「へえ、体内からの攻撃はそれなりに有効なのか。神を降りた生物らしくなってきたじゃないか」