第402話 神話の裏側
「―――それで、そのエバとかいう神様に権能を授けた結果、全ての神を支配できる力が備わってしまった。そういう事か?」
「うむ、その通りだ。まさか実力の高さに関係なく、問答無用で神を従わせる力が生まれるとは、偉大だった我も思わなんだ。尤も改めて今思えば、リソース管理に命を懸ける奴らしい力ではある」
「……俺もさ、決して全く微塵も人の事をとやかく言える立場に居ないんだけどさ…… アダムス、お前とんでもなくお馬鹿さんだろ?」
アダムス曰く、その後は各地に伝わる神話の流れと大体同じ展開になったそうだ。話の最中に竜達とイメージトレーニングをしていたケルヴィンも、流石に言葉を失っている様子だ。自他共に認めるバトルジャンキーのケルヴィンだって、いくら何でもそんな真似はしない。いや、多分しない。しないとも言えるが、絶対にしないとは断言できない。まあ、ひょっとしたらしちゃうかも? ……くらいの信頼感はあるというものだ。
「まあ、アレだ。アダムスの話からさっきの疑問について推察するに、十権能や他の神達がアダムス視点で若いのは、宇宙やらを誕生させた大分後でスカウトしたから。それと、アダムスの顔が見えないのは…… 戦闘力を測る何かしらの機能が備わっているから、かな? お前の言葉を借りるなら、顔が見えないと格下判定になるって感じで」
「その通り。話を聞いていなかったようで、しっかりと聞いていたようだな」
「まあ、何気にこの世界の根幹にかかわる話だったし、興味がない訳でもなかったからな。それに、そのエバって奴にも興味が湧いた。アダムス、俺の結婚式が終わったら、今の神達に喧嘩を売りに行くんだろ? それ、俺にも一枚噛ませてくれよ。どうすればその神様の居る場所に行けるのか、正直俺にはさっぱりだ。けど、お前はその方法を知っているんだろ?」
「無論。それに貴様が願わんでも、ただの我の方から勧誘するところであった。貴様の才はまだ底が見えない。我々と共に行けば、更なる成長が見込めるだろう。それこそ、ただの我に並ぶほどにな」
「それは光栄だな」
逆に言えば、今はまだ対等ではない。未だ半分しか開示されていないアダムスの顔を目にしながら、ケルヴィンはその言葉をそのように読み取った。
「そうだな。望むのであれば冒険者ギルドを通して、依頼という形にしても良い。この世界では、それが作法になっているのだろう?」
「作法と言うのにはちょっと違う気もするが…… まあ邪神様からの依頼を受けるってのも、面白くはあるか。じゃ、それでお願いするよ。あ、報酬は応相談な」
「フッ、抜け目のない奴め。ともあれ、先の戦いの敗因となった奴の権能も、神の座から降りた今であれば意味を成さない。長年に及ぶ封印と力の分散で、かつてのような万能の力は失ってしまったが、ただの我にはこの肉体がある。何の憂いもなく、共に至高の時間を体験する事ができるだろう」
「ハハッ、ホント無駄に頼もしいな。 ……ところで少し気になったんだが、その失った力って宇宙とかを作った大それたやつだよな? お前の権能を授ける力って、その万能能力から派生したものじゃないのか?」
「む、気になるか? また少しばかり複雑な話になるが、それでも聞くか?」
「……まあ、折角だし」
「そうかそうか!」
お喋り好きのアダムスは嬉々として話した。
アダムスとエバは元々一つにして完全なる生命体であった。しかし、二人は宇宙などを構成する過程で力を削り、二人がそれぞれ肉体を得た際に力も二分され、エバは世界システムの改変をする際に、アダムスは有望な者達の力を開花させる際に力を消費し続け、その後の激闘を繰り広げた際には力の殆どを使い果たした。戦争で勝利したものの、戦闘で完敗してしまったエバは特にそれが顕著であり、最早彼女にはかつてのような力は備わっておらず、アダムスもアダムスで、前述の通りこの地に封印された影響をもろに受け、万能の力は見事に消失。残っているのはエルドがその身を犠牲にしてまで復活させた肉体と、アダムスの信念の結晶とも呼べる『薫陶』の力のみ―――
「―――待て、そういやさっきの話でもチラッと聞いた気がしたんだが、お前の権能って他人を強化する代わりに、自分の力をその代償にしていたりする?」
「うむ、その通り。かつてはエバの言うところのリソースを使っていたが、今はそれもないのでな。ただの我のレベルを代用している。安心せよ」
「安心要素がないんだが!?」
これ以上勝手に弱体化するな! 続けてそんな叫びを上げそうなケルヴィンであったが、その前にアダムスが手で制した。
「フッ、これはただの我の生き甲斐であるからな。止めろと言われても止めれんよ。それにレベルの減少など、ただの我には些事に過ぎない。多少数字が変動する程度の事だ。長き時を生きるただの我であれば、いずれは補完できる。それに、だ」
アダムスの口端が更に吊り上がる。
「今更それに驚くという事は、ただの我の弱体化を感じ取れなかったのだな? なるほどなるほど、ただの我という山が大き過ぎて、未だ見上げるのが精一杯であるらしい。文句を口にする前に、ただの我に勝ってみてはどうか?」
「……ッ! 良いね、ならその残った顔半分の影、これから剥ぎ取ってやるよ……!」
戦闘再開、共に笑顔を咲かせたバトルジャンキー共が舞台に舞う。
「「■■■ッ!」」
「ああ、当然貴様らも忘れてはいない」
襲い掛かる二体の竜に拳を振るい、一瞬にしてその半身を粉砕するアダムス。しかし、四散した竜の肉片は一方が血に、もう一方が影へと置き換わり、再びアダムスに刃を向けようとする。その間にケルヴィンは携えた大剣を杖の形状へと変形、更にそこから漆黒の大鎌を出現させ、更にはそこに不気味な触手を纏わせ―――
「えっ、この触手何!?」
―――なぜか、自分で驚いていた。どこからともなく現れ大鎌の柄に巻き付いた触手に対し、相当に困惑している様子だ。
(ふむ…… 奴の権能の能力、やはり契約した者達の力を自身も扱えるようになるものか。それも、二種以上の能力を同時に発現させる事が可能。顕現の際に砕いた黒き光を用いて、思い通りに得物を作り出せるのはもちろんの事、配下達の姿を模した疑似生物を生み出す事もできる。あの自信のありようから察するに、単純なコピー能力という訳でもなく、配下達が積んだ経験を十全に発揮――― とは言えないようだが、それに近しい力の波動が肌を焼いておる。しかも、それだけではない。単純な肉体と魔力のスペックも、信じられないほどに上昇している)
迫り来る血と影を拳圧で吹き飛ばしながら、アダムスは考察を続ける。
(マリアとの戦いで見せたジェラールとセラの融合形態、今はそれを配下全員でやっているように思える。はたしてそんな事が可能なのか疑問に思うところだが、あの二人の力を据え置きで使えるのであれば、その疑問も解消されるというもの。フッ、なるほどなるほど。であれば納得がいく。その大いなる力をもって、ただの我を打倒するつもりか)
触手の存在を受け入れたケルヴィンが、その悍ましい大鎌を振りかぶり、振るう直前の動作をみせる。アダムスは目に血を集めて眼力を強化し、その様子を的確に捉えていた。まるでスローモーションを見ているかのように、ケルヴィンの動きが分析されていく。
「―――だが、それだけではまだ足りん」
ドクンドクンと脈打ち、アダムスの肉体が更に肥大化。その状態から繰り出された元邪神の拳は、単純にして最強の一撃であった。