第401話 惑星紀行
『破壊神』アダムス、自身をそう冠した彼は数々の娯楽を経て、自分以外の生物の強さに傾倒し、才ある者達を育成する方向へと舵を切った。教え導くだけでなく、時には他者の眠れる才を開花の為、惜しみなく力を分け与える徹底振りだ。自らを犠牲にしてまで門弟の育成に励んでいると、そう言っても過言ではなかった。
そんな彼の行動を、『創造神』は全くと言って良いほど理解できなかった。ただ出来の良い部下を持ちたいだけなら、まだ理解できる部分はある。しかし―――
(―――アレの行いはそんなものに留まっていません。自らの力を分け与えてまで、私達の力に比肩するような何かを生み出そうとする? ……冗談ではない。そのような愚行、絶対に許してはならない。仮にそんなものを作ってしまっては、いつ反旗を翻す事になるのか…… ああ、考えただけでも恐ろしい。なぜ、わざわざ脅威になるようなものを作ろうとする? そんなもの、私の目指す世界とは程遠い)
『創造神』エバ、自身をそう冠した彼女は数々の娯楽を経て、理想の箱庭作りに傾倒し、限られたリソースの中での合理化と効率化に舵を切った。ゲーム好きの彼女にとって、世界の運営はバランスあってこそのもの、バグめいた存在など以ての外であった。言うなれば、ゲームマスターとしての楽しみを見出したのである。
そんな彼女の行動を、『破壊神』は全くと言って良いほど理解できなかった。ある程度の安定を求める心は人の常であり、理解できない事もない。しかし―――
(―――アレの目指す場所は無の空間とほぼ同義だ。奴は成長も進化も世界にさせず、現状に停滞させる事だけを望んでいる。百歩譲って凡庸な者なら、そのような未来を描いてしまうかもしれない。しかし、我々は頂点に立つ身。そのような心持ち、守りにのみ注力していて、一体何の意味があると言うのだ? 常に争いの中心に身を置き、あるべき姿を示してこその最強。進化の歩みを止めてしまった世界に、未来などある筈がない)
双方の考えは真っ向から二分されており、時間と共にその感情は確実に強まっていった。そして、遂に運命の日を迎えてしまう。
『今日、謀反神アダムスを討ちます。敵は戦いのみを好む戦闘狂いの集団ですが、心配する事は何もありません。猪のように正面から突貫する事しか能のない、そんな哀れな者達なのですから。相手が戦闘力で上回っていようとも、頭を使えば容易に御する事ができるでしょう。戦いにもまた、合理性の優劣が問われているのです。皆さん、その事をゆめゆめお忘れなきよう』
『喜べ、かつての同胞エバとの戦いの時が遂に来た。奴自身の力は偉大なる我に匹敵している。つまるところ今現在において、偉大なる我に最も勝つ可能性を有している訳だ。そして、奴の部下達も侮ってはならない。何しろ貴様らと同じ神なのだからな。まあ、何だ。柄にもなく色々と口走ってしまっているが、偉大なる我が一番言いたいのは…… 今この時を楽しめ、以上だ』
後に数々の世界に神話として伝えられる、神々の戦争。その内容を伝える書物は希少であり、あったとしても推測の上に成り立っているものが殆どであった。しかし、どの書物も結末だけは同様だった。
―――主神エバが擁する神々の陣営が勝利し、邪神アダムスとその配下達は呆気なく敗北。その後、アダムスの肉体と魂はバラバラに引き裂かれた上で封印され、幹部らにも特殊な封印を、残りの逆徒は地下深くへと幽閉される事となる。かくして、正義は示されたのだ。めでたし、めでたし。
と、多少の差異はあるかもしれないが、大体はそのような結末が記されていた。ケルヴィンらが住まう世界からしても、大よその神話の歴史はそのような流れであるとされている。
……しかし、だ。実際のところ、この内容には相当な間違いがあった。いつの日かケルヴィムが話していた通り、圧倒的な優位な戦況に立っていたのは、むしろアダムス側の陣営だったのである。
戦闘が開始されて以降、アダムス陣営の勢いは止まるところを知らず、連戦連勝を重ねていた。エバがそう予想していたように、アダムス達は真っ正面から堂々と敵陣に攻め入り、敵も罠も戦術も、全てをまとめて食い破っていたのだ。特に現在の『権能三傑』に数えられている『守護神』、『蛮神』、『武神』の活躍は目覚ましく(才ある者を殺すのは忍びないとのアダムスの言があり、即死能力持ちのケルヴィムは後方支援に回された)、常に最前線に出撃して来る三人に、エバの配下達は酷く恐怖していたという。
ならば、唯一その三人とも戦えるであろう、エバにその相手を任せれば良いのでは? という疑問が生じる事だろう。しかし、残念な事にそれも不可能だった。なぜならば―――
『さあ、偉大なる我がわざわざ足を運んでやったぞ。エバよ、存分に楽しもうではないか』
―――最前線を突き進む三人に並走するように、アダムスもまた最前線に居たからである。諸悪の根源を無視して『権能三傑』を相手する訳にもいかず、エバはアダムスの相手をせざるを得ない状況に陥ってしまったのだ。
部下達の戦いはアダムス陣営の完勝で終わりつつあったが、アダムスはエバとの戦いを密かに心待ちにしていた。同じ力から生まれた者同士という事もあって、アダムスにとって彼女は唯一対等な存在だったのだ。才は同じ、しかし進んだ道は異なる二人。かくして、神の頂点同士がぶつかり合う事になった訳だ。
己の肉体を戦法の主としたアダムス、魔法や精神攻撃を好むエバは、ここでも得意とするものが違っていた。戦いは数時間に及び、他の神達、それこそ十権能も他惑星に避難しなければならないほどの規模へと発展。二人は幾つもの惑星を渡り歩き、破壊しながら激戦を繰り広げ、そして―――
『クッ、こんな筈は……!』
―――割と呆気のない展開で終わりを告げる事となる。アダムスの拳がエバにクリーンヒットし、そのまま彼女は地に膝をつけ、沈んでしまったのである。意識がありながらも、最早立ち上がる事ができない様子のエバ。そんな彼女を、アダムスは何とも言えぬ表情で見下ろしていた。
『……偉大なる我と同じ才を持つ貴様であれば、夢の如き死闘を繰り広げられると思っていた。しかし、結果はこれか。エバよ、残念だ』
『フ、フフッ、何が残念ですか。貴方が夢中なのは自分と部下、それを鍛える事と、後は戦ってばかり。ああ、いえ、後は原石探しの趣味もありましたっけ? 貴方こそ残念なんですよ。生憎、私はそこまで暇じゃないので―――』
『―――む、待てよ?』
『……人の台詞に被せるのはマナー違反ですよ?』
エバは血反吐を吐き指摘をしながらも、必死に立ち上がろうとする。が、やはり駄目のようだ。
『エバよ、偉大なる我の顔が見えるか?』
『……? 何を言って――― いえ、待ってください。何ですか、その影を張り付けたようなお面は? ふざけているのですか?』
『そうか、ふむ、やはり見えていないのか』
エバの目から見て、アダムスの顔には何も映っていなかった。それまでは確かに目にする事ができていたのに。
『一体何なのですか?』
『エバよ、たった今から貴様は格下判定だ』
『……ここに来て、更なる喧嘩のバーゲンセールですか? 良いですよ、買いますよ……!』
『違う、事実確認が済んだのだ。偉大なる我が何を言いたいのかと言うと、要はだな――― 貴様に眠る黄金の才、権能の力で呼び起こしたくはないか?』
『……は?』