第400話 世界誕生秘話
永き時を経て、唯一の生命体は次第に自我を持つようになった。彼の者の力をもってすれば、不可能な事など何もなく、何に縛られる事もない。だが前述の通り、この世界はどこまで行っても無しか存在しない。自我が芽生え始めた最初の数百年こそ、特に気にする事もなかった。しかし、時間は時に弊害を生じさせるもので、生命体も徐々に暇を持て余すようになっていった。
そこで生命体は、自身の自我を二つに分けてみる事にした。普通であれば首を傾げてしまうような現象だが、生命体の力をもってすれば、その程度の事など思った瞬間にできてしまうものなのだ。そうして誕生したのは言語を介さず、一瞬のうちに意思疎通ができてしまう関係の自分自身。そんな相手であったとしても、この世界に話し相手ができたという事実は、彼に大きな刺激を与える切っ掛けとなった。
そこから再び時の流れを経て、彼の欲求はますます高まっていく。自身との会話に飽きれば、今度は自我に性別という概念を与え、思考回路に差異を持たせた。二人だけの会話に飽きれば、次は宇宙や星、そこに根付く生命や自然といった、大いなる箱庭作りに熱中するようになった。誕生した生命は時代と共に進化し、やがては知恵を付けて道具を扱うようになり、文化を築き、その星の盟主とも呼べる地位に就く。無数に創造した銀河や星ごとにその在り方は大きく異なっていき、独自の発展を果たしていったのだ。それらを観察する事は、二人にとっての最大の娯楽であった。
……だが、天地創造というそんな娯楽でさえも、気の遠くなるような時を経てしまえば、やがては陳腐化してしまうもの。二人にとってもそれは例外ではなく、娯楽を次なる段階へ移行させるタイミングがやって来る。そこで二人は一部の世界に対し、試験的にレベルやスキル、ステータスといった要素を組み込んでみる事にした。発展した世界の一つが生み出したゲーム文化、女性人格の生命体がそれに目を付け、男性人格に提案したのだ。
『……興味深くはあるが、それでは極端な生物が生まれるのではないか? 場合によっては文明が崩壊する可能性があるぞ』
『それはそれで一興、まずは観察するべきかと』
不安は的中した。レベルという概念を得た事で、生物はほぼ無制限に成長するようになった。力を得た生物はやがて傲慢になり、底知れない欲を抱くようになる。何せ、個人で国家よりも強力な暴力を得てしまうのだ。そうなってしまうのが、むしろ自然であろう。もちろん、例外も存在しない訳ではなかったが、それが圧倒的多数であった。結果、世界はこれまでにない速度の戦果に包まれ、あっという間に崩壊へと繋がってしまう。
『システムの欠陥だな。知能を得た生物の業との相性が悪過ぎる』
『しかし、今までにない見世物にはなってくれました。それに最初はこんなものでしょう』
『まだ続けるつもりか?』
『もちろん。スキルなどの種類ももっと増やしたいですし、試行錯誤の甲斐があります』
『そんなものを増やしたところで、同じ結果になるだけだと思うがな』
『……では、こういうのはどうです? 私達が直接降臨して、バランス調整に動くのです。行き過ぎた力は自ら摘み取ってですね』
『それでは世界の自立性が育まれないのではないか?』
『む、確かに? ですが、まだまだ代案はあります。どれか一つくらいは噛み合うでしょう』
気の遠くなるような時を経て、それぞれの人格は新たな楽しみを見出し始めていた。例えば女性人格、彼女は新たなる世界構築に心惹かれている様子である。完璧かつリアルなゲーム世界を目指して創造を繰り返し、バランス調整と試行錯誤に日夜励み続け、時に義体と呼ばれる器を作り、自ら箱庭を出歩く事もあったようだ。そうして様々な観点から問題を洗い出し、落ち着いた世界運営ができるようになった頃、彼女の下には自身の手足となって動く、子飼いの部下達が誕生していた。一般的な生物では到底到達できぬほどの力を有したその者達は、言うなれば彼女の代理人、いや、代理の神とも呼べる存在となっていた。
『何だ、あの者らに任せ切りか? 近頃は『創造神』と呼ばせているようだが…… なるほど、遂には飽きたとみえる』
『いいえ、飽きただなんてとんでもない。私は今も夢中ですよ。ただ、私だけが注力したところで、それは独りよがりのゲームになってしまうでしょう? だから、あの子達が必要なのです。性格も趣味趣向も得意分野も、全てがランダムになるよう設定されていますから、時に私にはない独創的な考えをもたらしてくれます。手が足りない時に何かと便利ですし、事実、最近の私の世界はとても安定しています』
『フッ、慈悲深い顔をしておいて、出る言葉は世界のゲーム呼ばわりか』
『あら、刺のある言い方をしますね? 貴方だって似たようなものでしょう? 子飼いの部下達だって、随分と数を増やしていたと記憶していますが? それに』
『それに?』
『……随分と野蛮な事をされているようですね? 何でも『破壊神』などと呼ばれているんだとか』
『ほう、偉大なる我にも相応の名が付いたのか』
男性人格もまた女性人格と同じように、しかし趣向としては異なる分野に最上の娯楽を見出していた。腹心として生み出した部下達が、どれほど自らの力に近付いてくれるか――― 言ってしまえば、強さに執着していたのだ。自らの力で都合の良い部下を作り出すのではなく、見込みのある者を箱庭より見つけ、その魂をスカウトして才覚を鍛え上げる。その行為は正に至福であり、彼自身を超える存在を作り出す事こそが、現在の目標となっていた。
『あくまでしらを切りますか。私は知っているのですよ、また惑星を破壊したらしいですね? 知的生物が居ない場所だったとはいえ、無暗に壊さないでください。資源の無駄です』
『無駄にはしていないぞ? 何人か将来性を感じる者が居たのでな、偉大なる我はその者らを開花させる為、手頃な惑星を標的にさせただけだ。貴様で言うところの、そう、先行投資と言うものだ』
『曲りなりにも私の片割れなんですから、そんな子供のような言い訳をしないでください。それにですね』
『何だ、まだ文句があるのか?』
『ええ、残念な事に。自分の管轄からならまだしも、私の世界からヘッドハンティングを勝手にするのは止めてください。それ、私の資源なので』
『む、またおかしな事を言うな? 偉大な我はしっかりと死んだのを見届けてから、その魂を連れて来ているだけだぞ?』
『その魂も勝手に連行するなという話です! まったく…… 奪われた分のリソース、そちらの世界から補充させてもらいますからね?』
『おい、勝手な事をするな。それは偉大なる我のものだぞ』
『貴方、頭に栄養巡ってます?』
不思議な事にこの頃から、男性人格と女性人格の間で度々言い争いが起こるようになっていた。意見を交わし議論する事自体は、特に珍しい事ではない。しかし、ここまで感情的になってしまうのは、過去に例のない異常事態であった。
『資源、か…… 最近の貴様はよくそれを口にするな』
『当然です。無数の世界を作り、自らに相応しい肉体を得て明確に二人に分かれた過程で、私達の力は随分と衰えてしまいました』
『ああ、最早全能とは程遠いな。だが―――』
『ええ、最早リソースは限られています。ですから―――』
『―――それでも尚、我々と並び立つに相応しい者は現れない。これは由々しき事態である。いつまでも頂点に座すのは酷く退屈だ』
『―――更なる効率化と安定化を図り、より長く楽しめる努力をしませんと。これは由々しき事態です。駒は管理下に置ける範囲で育て、出る杭は打たねばなりません』
『『……は?』』
そう、双方の間に明確な溝が生まれ始めたのは、丁度この頃からなのである。