第397話 激励を背中に
本来受ける側である筈の、俺からの“ちょっと待った”宣言。初の試みとなった訳だが、まあ結婚式と飲み会がごっちゃになった今日の会であれば、些細な事は通ってしまうと言うもの。あれよあれよと準備は進み、最後の“ちょっと待った”がここに開始される。
「ケルヴィン殿、応援していますぞ! 酒と共に!」
「観戦できぬのは残念だが、ワシに勝った事もあるケルヴィンなら大丈夫であろう。精々励むが良い」
「親父、まだ始まってもいねぇのに飲み過ぎだって! あ、ケルヴィン! 頑張れよ!」
急な予定変更にもかかわらず、里の方々や獣王、サバト達は快く了承してくれた。まあ、俺達が戻って来るまで普通の宴会をしていれば良いだけなので、文句の出ようがないとも言えるが。
「ただの我、最後に相応しい口上を熟考しておったのだが……」
「そ、その、ごめんな……?」
ただ一つ問題があったとすれば、アダムスが割と落ち込んでいた事だろうか。結婚式の挨拶を頼まれたら、事前にしっかりとしたスピーチを考えてくるタイプだったよ、この邪神様。
「ご主人様」
アダムスに平謝りしていると、戦闘用のメイド服に着替えたエフィルから声をかけられる。
「エフィル、勝手に予定を前倒しさせて悪い。せっかくのドレス姿からまた着替え直すの、手間だったろ?」
「いえ、こういったパターンも想定していましたので、ギリギリまで他の準備に当たっていました。予想が当たって良かったです」
「ええっ……」
そこまで俺の行動パターンって読めるものなの?
「はいは~い! 妾に注目~! 今回の“ちょっと待った”のバトルフィールドについて説明するよ~!」
と、水晶玉を片手に美声を轟かせるマリア。
(アレが例の物、なのか?)
アダムスと戦う舞台、それが頑丈である事は当然として、その上で重要となるのは周囲への影響である。しかし、自然豊かなエルフの里はその両方に不向き。その為、別の場所を用意する必要があった。そこで今回、マリアを通して彼女の世界に居るマジックアイテムの職人さんに、バトルフィールドの作成を依頼したんだが――― 改めて、大分無茶苦茶な注文をしちゃったなと反省している。マリアはできると断言していたけど、そんな夢のようなマジックアイテムって、気軽に作れるものなんだろうか? 見た感じ、ただの水晶玉にしか見えないが……
「えっとね、この水晶玉に触れたまま魔力を流すと、その人は異空間に飛ばされちゃうの」
「……事前に聞いてはいたけど、それってマジな話なんだよな?」
「マジマジ、超マジ。まあ、魔法で作り出した特殊な空間って言った方が安心できるかな? あ、原理は聞かないでね? 妾が説明できる筈ないから~」
「……まあ、ちゃんと帰って来られる仕組みになっているのなら、大体のツッコミどころには目を瞑るよ」
「そうしてくれると助かるかな! で、そこは見渡す限りの地平線しかない、とっても地味な場所なんだど、広さと頑丈さだけはピカイチ! むか~し妾も使わせてもらった事があるんだけど、その時の戦いにも耐えてくれたし、今回も大丈夫なんじゃないかな? うん、多分そう!」
非常に雑な説明ではあるが、マリアの実体験が挟まれている為、これ以上ないくらいに説得力が増している。確かに、それだけの強度があれば安心だ。
「たださ、これにも欠点がない訳じゃないんだよね。空間を維持するのにも限度があって、大体一時間くらいしか持たないの。時間を過ぎたら強制退場させられちゃうから、そのタイミングで馬鹿みたいな攻撃はしないように、そこだけは注意してね~。でないと、里が大変な事になっちゃうよ~?」
「そ、それは確かに気を付けなければなりませんね。転送される合図などは、事前に何かあるのでしょうか?」
「んーっと…… 空や地面の色が赤色に変わる、だったかな? 違う色だったかもだけど、兎に角、視覚的に分かる変化はあった筈だよ」
「これまた曖昧な…… まあ、それだけの合図があるのなら、取り合えずは気付けそうか」
フィールドの話は完了。だが、まだアダムスと話しておく事がある。
「アダムス、今回のルールについて詳細を詰めたいんだが」
「常識的な範囲での規則である限り、貴様の提案を呑もう。それが強者としての務めであるからな」
「助かるけど、本当に物分かりが良いのな、アンタ…… じゃ、その厚意に甘えさせてもらうけど―――」
俺が提案したのは以下の通り。
①戦闘には俺とエフィルが参加する。その為、マジックアイテムを使って移動をするのは、アダムスを入れて実質三人。
②参加者は死亡回避の秘術をコレットより受ける事。また、それが発動した際は里へと転送される仕組みとなっている。つまり、相手を全員里へ転送させた側の勝利。
③亜空間での場外はなし。
④戦闘が長引き、制限時間間際となって強制退場の合図が出たら、その時点で戦闘は終了。里の安全を第一として、勝敗を保留にして帰還する事。
「―――とまあ、こんな感じかな。質問や修正意見はあるか?」
「ふむ。④の勝敗を保留にした後をどうするかだが、それはそうなった時に話し合えば良かろう。それよりも…… 本当にこの規則で良いのか? マリアの時のような場外がなく、頭数も随分と少ないようだが?」
「まあ、当然の疑問だわな」
アダムスからしたら、これを指摘しない訳にはいかないだろう。こんな条件を提示されたら、自分がマリアよりも下に見られていると、そう捉えてしまうのが普通だ。お前、一体何の冗談のつもりだ? ってな。
まあアダムスの場合、怒気や変な圧力は感じないし、別に感情的になっているとかではなく、普通に確認してくれているだけな気もする。え、これで良いの? このルールで本当に大丈夫? って、逆に心配してくれている感じ。
「うーん。ホント酒が絡まないと、親切で気の良いおっちゃんだよなぁ……」
「ご主人様」
「っと、そうだった、すまんすまん。心配してくれているのはありがたい。けど、これが俺達の決断なんだ。アダムスから貰った権能とか、諸々の要素を熟考した上で、これが一番だという考えに行き付いた。どこまでやれるかは、正直未知数なところもあるが…… まあ、失望させるような事にはならないと思うぞ?」
「……ふむ、そうか。ならば、ただの我からこれ以上言う事はない。良き勝負をしようぞ」
どうやら納得してくれたらしい。ふう、良かった良かった。 ……さあ、後は勝つだけだ。
「二人が戻って来るまで、式場はアンジェお姉さんがあたためておくね~」
「ケルにい、エフィルねえ、ラストバトルを楽しんで来て!」
「どうか、御武運を…… そして、神々しいスメルを!」
「コ、コレットちゃん……」
水晶玉を使う間際、今回の“ちょっと待った”の形式上、式場に居残る事となるアンジェ、リオン、コレット、シュトラから、熱い激励が飛んで来た。コレットからは秘術の付与も飛んで来た。これは頑張る以外の選択肢がなくなっちゃうな。
「アダムス、絶対的な力というものを見せつけてやれ」
「向上心の塊だとは思っていましたが、まさかアダムス様にまで挑まれるとは…… 個人的に、つい応援したくなってしまいますね」
「うう、どこもかしこも酒臭い…… 吐きそう……」
「レ、レム、踏ん張れ! こんなところで虹を吐いたら、十権能の矜持が――― ああ、分かった! 直ぐに洗面所に連れて行くから、せめてそこまで我慢してくれ!」
「僕はケルヴィン君に有り金を全ブッパする! その方が夢があるし、やっぱりやるなら大穴狙い!」
アダムスの方も、十権能達から激励の言葉を――― う、ううん? 激励、なのだろうか?
「ともあれ、だ。じゃ、行って来るよ。最高に楽しい時間を堪能させてもらう」
俺とエフィルは水晶玉に手をかざし、魔力を通わせた。




