第395話 プランニングは完璧
「話は聞かせて頂きました。昨日までの式、それに伴う“ちょっと待った”に、無事勝利されたようですね。ケルヴィン殿、心からお祝い申し上げます」
時間の関係上、あまり長くは至らなかったエフィルのお説教を終え、ネルラス長老は完全に酔いを醒ましていた。と言うか、さっきの今で何事もなかったかのように挨拶をされて、むしろ俺の方が困惑してしまっている。
「え、ええと、ありがとうございます。どの戦いも一筋縄でいかないものばかりで……」
「なるほど、苦労されたようですね」
「いえ、とても楽しかったですし、充実した時間を過ごせました!」
「……そうですか」
一瞬、長老の表情が曇った気がしたが、一体どうしたんだろうか。いくら酒に強いとはいえ、やっぱり多少は二日酔いになっているのかな? うーむ、少し心配だ。
「ああ、そうです。その“ちょっと待った”について、一応の確認をしておきたいのですが」
「どうしました?」
「事前の連絡では特にこちらで場所の確保はしなくても良いと、そう伺っていたのですが…… あの、本当にそれでよろしいのですか? 他の式では基本的に、その開催地で場所を提供していたようですが」
「それで問題ありませんよ。流石に里で戦わせてくれ、なんて言えませんし」
俺には慣れない魔法で森を抉った前科があるからな、その辺りは相当に配慮するつもりだ。つか、少なくともマリアと同格であろうアダムスと戦うのに、何の備えもない地上を戦場には選べない。昨日のマリアとの戦闘の規模から察するに、まず間違いなく更地に、いや、大地ごと崩壊して、もっと酷い惨状と化してしまうだろう。それは絶対に避けなければならない。
「場所はこちらで用意しているので、どうかご安心を。ただ、その場所の関係上、会場の皆さんが観戦する事はできません。自分達が“ちょっと待った”に向かっている間は、申し訳ないのですが待って頂く事になります」
「なるほど、どうやらトライセン軍の襲撃の時とは、次元の異なる戦いになるようですね…… 分かりました。何、私達の事は気になさらないでください。酒を飲み交わしていれば、時が過ぎるのなんて一瞬ですからね、ハッハッハ!」
「「……そうですか」」
「おや、如何されましたか? そんな何とも言えないような表情をされて?」
「お父さん!」
エフィルもこの里で育っていたら、ひょっとしたら飲兵衛になっていたのかな…… なんて、馬鹿馬鹿しい事を考えてしまう。まあ、お酒に厳しいウィアルさんの例もあるから、一概には言えないんだろうけど。
「そう、準備はバッチリよ!」
全く空気を読まず、マリアが横から顔を出して来た。
「おや、もしやマリア殿が戦場の用意を?」
「またまたそう! ……と言いたいけど、頑張ったのは妾の友達の方かな~。今日までに出来るか微妙なところだったけど、妾が何度もお尻を叩いてきたから、何とか間に合った感じ! 精神的にも物理的にも、頑張って叩いた甲斐があったよ~」
「おいおい、間に合ったのはありがたいけど、マリアに尻を叩かれたら、冗談じゃ済まされない気がするんだが……?」
「ああ、大丈夫大丈夫。デリスは見た目以上に頑丈だから♪ それにお嫁さんからも、いっつも尻を叩かれているし、多少の耐性はあるってものだよ」
尻を叩かれる耐性とは一体? ……ふと思ったんだけど、それって本当に友達的な関係なんだろうか。なぜだか知らないが、すっごい嫌そうな顔をしながら準備をする、そのデリスって人の顔が思い浮かぶんだよなぁ。他人事とは思えないと言いますか、そもそも彼(?)の尻は大丈夫なんだろうか? せめて、報酬は沢山あげてほしい。
「まあそんな訳で、“ちょっと待った”の場所についての心配は無用です。それと俺からも質問なんですけど、今日の日程をそろそろ知りたいなぁと」
ネルラス長老にそんな質問をしつつ、エフィルにも視線をやる。例の如く、“ちょっと待った”以外のスケジュールはぶっつけ本番の俺なのだ。
「ご主人様、こちらが本日の予定表です。どうぞ」
「おっ、用意が良いな。どれどれ?」
エフィルから渡されたタイムスケジュールを見る。
「……?」
一瞬、自分の目を疑ってしまう。ハハッ、連日の結婚式で俺にも疲れが溜まっていたのかな? なんて思考をしながら、もう一度確認。
「……!?」
何度も見直したところ、どうやら俺の目が原因でない事が判明。いや、だって何回見直しても、スケジュールのどこを見ても酒盛りとしか記されていないんだもの。最初の最初こそ、森の大樹の前で結婚の誓いを立てるという、実に結婚式らしいイベントも入っているんだが、それ以外がマジで酒盛りしかない。おい、この予定表を作ったのは誰だ? アダムスか? それともジェラール? ひょっとしてメルか? 冗談を言うにしても、タイミングが悪いっての。ああ、本当に悪い冗談だよ、ハッハッハ。
「ご主人様、仰りたい事が色々とあると思いますが…… この予定表、全部本当です」
「………」
俺、唖然。えと、あの、この予定表によれば、午前中から酒盛りが始まっちゃうんですけど? どこかで“ちょっと待った”を挟むにしても、深夜まで続くみたいなんですけど? その“ちょっと待った”も終わり間際にされでもしたら、酔いでそれどころじゃない状態に陥っていると思うんですけど……!?
「……ハ、ハハッ、エフィルも冗談を言うんだな? いやあ、不意を突かれて信じかけちゃったよ。いくら何でも、それはないよな―――」
「―――いえ、全て真実です。これが古来よりエルフ族に伝わる、結婚式のやり方…… らしいんです」
「………」
俺、再びお口があんぐり。おい、古来のエルフの皆様方、なんてお祝いの仕方を伝えていやがるんですか? 酒好きお祝い事好きにしたって、物事には限度ってものがあるんですよ? 適度に休肝日を取った方が、結果的にお酒も美味しくなるんですよ!? つうか、こんなスケジュールが今日待っていたのに、今の今まで夜通しの宴会開いていたのッ!?
「ご主人様、仰りたい事が山のようにあると思いますが、まずは補足を。セラ様をはじめとしたお酒が飲めない方々の為に、会場には禁酒スペースを設けています。エリア分けの規則は徹底しますので、その辺りはご安心を。また、アダムス様には“ちょっと待った”を酒盛りの前にして頂くようお願いし、こちらも了承済みです。少なくとも、戦いにアルコールは関与してこないかと」
「そ、そうか! それなら良かった……!」
「本日提供される料理に関しても、全て私が監修させて頂きました。全ての料理にアルコール耐性が付与させるよう、仕込みはバッチリです。それ以外についても、ご主人様が抱えている不安要素は、可能な限り排除しています」
「グッド!」
流石はエフィル! こんな厄介な伝統を前にしても、プランニングが完璧だ!
「エフィルさん、本当に凄いですよ。お酒が好きな人も嫌いな人も、誰もが楽しめるように仕立てていましたから。お父さんとは大違いです!」
ウィアルさんもにっこりである。
「うう、娘にそこまで言われると、流石に堪えますな…… ですが、エルフ生にお酒は切っても切れない関係にあり……!」
まだ言ってるよ、この人。これは『神酒愛好会』への入会は確定だろうか。そういや獣王祭の時とかにも、大酒飲み大会に参加していたのを見かけたような…… いや、深く考えるのはよしておこう。酒に過度な興味を示したら、俺まで巻き込まれる可能性がある。