第394話 里の仕来り
太陽の光を浴び、健康的な朝を迎える。今朝のトラージは快晴で、雲一つない爽やかな空が広がっていた。この天気だと、エルフの里の方も晴れているのかな? なんて、潮風に吹かれながら、そんな事を考えたり。さて、体の調子は良い感じだし…… 連続結婚式のラストを飾る事となる今日も、全力を尽くしていきますかね!
「ケルヴィン君、昨夜の代わりは今夜になるから、エフィルちゃん共々よろしくね♪」
「ぜ、全力を尽くします……」
ガウンへの出発の間際、アンジェさんより笑顔でそんな言葉を賜ってしまう。ちなみになのだが、昨日の披露宴で権能が発現した後、夜の初々しいあれそれは本日に持ち越しとなった。アンジェに何度も頭を下げて、そうさせて頂いた。で、その時間を権能の鍛錬に充てさせて頂いた。
いやあ、だって発現した権能をぶっつけ本番で使う訳にもいかないじゃん? アダムスも言っていたけど、それを負けの理由にしたくないじゃん? S級魔法を使い始めた頃と一緒で、こういった超常現象は経験の積み重ねが大事なんだよ。実際に今回、俺に発現した権能もその類だったんだ。更には仲間達との協力も必須で、かなりややこしいところもだって――― 兎も角、この選択をして悔いはない。あ、いや、今夜がちょっと怖いってのはあるけど、そこもまあ頑張れば何とか、うん、何とか……
「何とかなる、か……?」
「何の心配をされているのですか、ご主人様?」
「ッ!?」
不意に、それもこのタイミングに現れたエフィルに対し、口から心臓が飛び出そうになる俺。と言うか、その場で軽く飛び跳ねてしまう。
「お、おはよう、エフィル。その…… 権能をちゃんと使えるかどうか、少し心配になっちゃってさ~」
「うーん、その切り返しは無理があるんじゃないかと、アンジェお姉さんは思ってみたり~」
「こ、こら、アンジェ!」
「……? よく分かりませんが、きっと大丈夫ですよ。昨夜、あれほど頑張っていらっしゃったじゃないですか。残念ながら権能について、私はお手伝いする事ができませんが…… その代わり、しっかり掩護させて頂きます! 僭越ながら、私も頑張りますよ!」
胸の前でギュッと両拳を固め、やる気を表現するエフィル。そんな健気なエフィルに、俺の心も救われる。
「……そうだな、俺も自分を信じるよ。もちろんエフィルも、皆の事もな」
「良い話で流そうとしているけど、ケルヴィン君が心配していたのって、違う事だよね?」
「こらこらこら、アンジェさん!?」
「えっ、そうなのですか?」
空はこんなにも澄んでいるのに、なんて俺の心臓に悪い朝なんだ……!
「ケルヴィンよ、そろそろ出立の時間――― む? 昨日の今日で、もう夫婦喧嘩か? 流石、嫁が多いとそういったいざこざも多いと見える」
「違いますからね!?」
出会い頭のツバキ様にも煽られる始末である。
「まあ冗談はさて置き、そろそろ転移門を起動させるぞ。自らの足で先に行ってしまったマリア達が、向こうで問題を起こす前に後を追うのが良かろう」
「げっ、もう出発したんですか、あいつら? エルフの里の場所、分かってんのかな…… 了解です。転移門、使わせて頂きますね。あ、それと――― ツバキ様、お世話になりました。貴女が全面的に協力してくれて、本当に助かりましたよ」
「私からも、改めてありがとうございました。お陰様でケルヴィン君との最高の式を挙げる事ができました」
アンジェと一緒に深々と頭を下げる。
「良い良い、妾とそなたらの仲ではないか。多くの祭が開催できた事で、我が民達も楽しんでおったわ。まあ? それでも恩を返したいのであれば? 次の機会に相応の働きをしてくれれば? 妾としても助かるのじゃがな~~~? もしくは、嫁達と共に我がフジワラ家に籍を入れてくれるだけでも―――」
「―――相応の貢献をする方向で頑張らせてもらいますねッ!」
「つれないのぉ……」
こんな時でも、いつもの如きツバキ様なのであった。うん、最早逆に安心感すらあるわ。
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転移門を潜り、少し走ったところで、目的地であるエルフの里へと到着。マリア達は――― ああ、気配がある。やっぱ、一足先に辿り着いていたか。
「よーし、盛り上がって来たねー! 妾、この辺りで新曲を披露しちゃうよー!」
「良いぞー、やれやれー!」
「愉快なお嬢さんだなー。しかし、踊りも歌もとんでもなく上手い。今日の為にケルヴィンさんがプロを雇ったのかな?」
「ああ、見るからに変わった恰好の奴が多いからな。外の世界では有名な劇団か何かなのかね?」
「おい、そんなものと一緒にするな! 我々は『十権能』、偉大なるアダムスに仕える神なのだぞ!?」
「「「「「……へー、そういう設定なのかー」」」」」
「だ・か・ら、違うと言うにぃぃぃ!」
……何か色々と盛り上がっているね、既に。マリアがオンステージ中だし、ケルヴィムもケルヴィムで白熱しているし。つうか、もう里中が宴会モードに入っていないか? 空の酒樽とかそこかしこに転がっていますよ? エルフの皆の顔も、赤い者が多いような…… これってさ、昨日の俺やアンジェとは違って、本当に酔っているパターン、それも相当に深酒しているんじゃないか?
「ネルラス長老様?」
俺が唖然としている最中にも、エフィルは地面に寝そべっているネルラス長老を見つけ、早くも事情聴取をしに行っていた。可憐な笑顔に圧がある気がするのだが、そう感じるのは俺だけだろうか?
「今宵は良き日、前祝に盛大にやるのだぁ~~~」
「……ネルラス長老様?」
「うぇ~~~? ……おっと、これはエフィル殿ではありませんか。少しだけ早い到着ですね」
つい先ほどまで酔い潰れる寸前といった様子だった長老が、エフィルの圧を受けてなのか、瞬時に素面の状態にまで戻っていた。その危機察知能力は大したものだけど、真っ赤だった顔色まで元に戻っているのは、一体どんなマジックを使ったんだろうか。
そして、ここから始まる長老の弁明タイム。寿命の長いエルフ族にとって、結婚式とは人間よりも珍しく、何よりも大変にめでたいイベントである為、その前夜から宴を開いて語り、飲み明かすという伝統的な仕来りがあるんだそうだ。本来であれば、主役となる俺やエフィルもその中に入る事になるんだが、各国で行われる連続結婚式でその暇がなかった為、妥協案として主役不在でやっていた云々――― まあ、そんな感じであるらしい。
「なるほど、そういう事でしたか。ですが、限度はあります。当日の朝まで飲み明かして、二日酔いの状態で参列するおつもりですか?」
「それは…… その、面目ない……」
「エフィルさん、もっと言ってやって! お父さん、本当にお酒にはだらしないの!」
エフィルだけでなく、娘さんのウィアルさんにまでお説教され始める長老。いつの間にか、他の男達も一緒に正座に移行していた。
「しかも、揃いも揃って酒が抜けているし…… 流石にアルコール抜けるの早くない?」
「むう、『神酒愛好会』に新たな同志が入る予感がするわい……!」
「ええ、これは飲み甲斐がありそうですね……!」
「一足先に来ていたただの我、有望な人材をリストアップしておいたぞ」
「「でかした(でかしました)!」」
……こっちはこっちで、自分達の世界に入り込んでいるやん。