第393話 権能授与
景気よく権能をプレゼント。唐突にもアダムスからそんな申し出があった後、俺はその答えを保留とした。なぜに敵に塩を送るような真似を、なんて事を一瞬考えもしたが、アダムスが他意なしでああ言っているのは、まず間違いないんだと思う。本人曰く、権能を授かったとしても俺には何のデメリットもなし、以降アダムスの仲間になる必要も特になく、勝敗の結果に関係なく権能を返す必要もないんだと言う。奴の権能は対象の力を新たな形で芽生えさせるものである為、そもそも返却するような機能がないんだとか。
『正直なところを言えば、ただの我も百パーセント善意で言っている訳ではない。ただの我の願いは今の主神を打倒し、世界を新たな段階へと導く事。そしてもう一つ、ただの我の高みにまで届いてくれるような、そんな存在の誕生を切に願っている。ケルヴィンよ、貴様になら理解できるのではないか? 我々は頂点に立っているだけでは満足なんてできない、そんな生き物であろう?』
―――とまあ、そんな殺し文句まで言われてしまった訳で。どうにも胸の内がオープン過ぎる邪神様である。
「ケルヴィンく~ん、まだ悩んでいるの?」
「……え? あ、ああ、悪い。こんな大事な時だってのに」
っと、不味い不味い。お色直しを終えたアンジェが戻って来たってのに、いつまでも悩んでいる場合じゃないな。けど、これって結構重要な決断場面の気もするんだよなぁ。
「さっきのアダムスの話、受けないの? 私としては、またとないチャンスだと思うけど」
「それはそうなんだが…… 何らかの罠って可能性はないか?」
「ないんじゃないかな~? 今までずっと観察していたけど、アダムスってそういうタイプではないし。今まで嘘を言った事がないんじゃないかってくらい、口から出る言葉に偽りが感じられない。純粋に良い戦いを見せてくれたお礼、アーンド、結婚のお祝いにこれどうぞ、ってくらいの意味だと思う」
「……やっぱ、アンジェもそう感じたか?」
「ルキルさんも権能を貰ったらしいけど、別にアダムスに従っている様子もなかったしね。それにさっきさ、セラさんにも同じ事を聞いていたでしょ? で、私と同じ事を言われなかった?」
「い、言われた…… って、見ていたのか?」
「私、元『暗殺者』ですから。それなりに地獄耳なのだよ、ケルヴィン君」
いやあ、俺も進化を経て地獄耳になったつもりだけど、アンジェには敵いそうにないな。いや、それよりも、アンジェの見立ても同じ事が重要か。仮にこの申し出を受けたとして、一体どんな権能が花開くかは皆目見当もつかない。が、不利ばかりに目がいってしまうこの状況で、逆転の一手になり得る可能性は十分にある。
「であれば、断る理由なんてない、か」
「……ケルヴィン君、敵から助け舟を出されたのが納得できないんでしょ? できれば自分達の力のみで戦いたかったって、そんな心境かな?」
「おいおい、俺の心を見透かさないでくれよ。ったく、アンジェには隠し事ができないな」
「ふふーん、当然。私はね、ケルヴィン君をエフィルちゃんよりも先に目を付けて、色々な想いを抱えながら、ず~~~っと観察を続けていたんだよ? 今更心の中を言い当てられたからって、そんなに驚くような事じゃないでしょ?」
と、自信満々のアンジェお姉さんである。だが確かに、俺がこの世界に来て一番最初に会ったのって、メルを抜かせばアンジェになるんだよな。『暗殺者』時代には俺の知らないところで見ていた事も多かったんだろうし、考えようによっては一番長い付き合いになるのかもしれない。 ……えっと、今更だけど、プライベートも全部が全部見られていたんだろうか? どの場面とは言わないが、その、節度的なものは守ってほしいなぁと……
『大丈夫、エフィルちゃんとのイチャイチャシーンとかは、聞くだけに留めたから!』
『留まってないよねぇそれ!?』
『ほ、報告は誰にもしていないから!』
ご丁寧に念話で答えてくださったお陰で、大声を出さずに済んだ俺。と言うか、アンジェも若干頬が赤いじゃないか! 疑問に思ってしまった俺が言うのも何だけど、自分から暴露する必要はなかったと思うよ!?
『しかし、そうか。聞かれていたのか……』
『う、うん、任務だったし…… その、凄いよね、エフィルちゃん?』
更に顔を赤らめるアンジェ。うん、完全に墓穴を掘っていないかい? あと、その質問に対して俺は何と答えれば良いんだい? 思わずエフィルの方を見ちゃったよ。不思議そうにしながらも、可愛らしく手を振り返してくれたよ。尚更に言葉に詰まるよ……
「おっと、ケルヴィンもアンジェも飲んでおるの~。珍しいほどに顔が赤いではないか、感心感心! どれ、これは妾も負けておれぬな! そこの『神酒愛好会』とやら、妾も仲間に入れるのじゃ!」
「フッ、このグループに目を付けるとはやりますね、ツバキ。この場に集うは最強の酒豪達、果たして貴女は酒に溺れる事なく、酒を美味しく頂く事ができ―――」
―――どうやら、赤くなっていたのは俺も同じだったようだ。披露宴だってのに、どうするんだよ、この空気……
「……じゃ、折角だし貰っちゃおうか、権能」
「そ、そうだね、それが良いと思う……」
何とも言えないこの最中、決まってしまう権能授与。この空気にあてられて、今夜は初々しい展開になってしまいそうだ。
「どうやら決まったようだな」
「うおっ!?」
方針が決まった途端、目の前にシュバっとアダムスが現れる。
「む、驚かせてしまったか? ただの我とした事が、これはうっかりであるな」
「うっかりと言うか、急が過ぎると言うか…… アダムスお前、ずっと聞き耳を立てていたのか? あまり趣味が良いとは言えないな」
キリっとした表情でそう言いつつ、肝心な内容のところは念話で喋っていて良かったと、心の底から安堵する俺。
「無作法であった事は認めよう。しかし、権能を与える事が決まったのであれば、その後の慣らす時間も十分に取らせたいのだ。明日、いざ戦う時に権能の不慣れを口にされたくはないからな。ただの我としても、権能の力を含め、万全の貴様らと戦いたい」
「……確かに、それはそうだ。一応の確認なんだが、発現する権能は実際にやってみるまで、どんなものになるのか分からないんだよな?」
「うむ、その通りだ。傾向としては対象となる者が持つ力、好み、生き様が反映される事が多い。貴様と仲の良いケルヴィムの例が分かりやすいだろう。奴の場合、『確率で死を与える』程度の力が、『確定で死を与える』程度にまで昇華された」
「そこに効果的な斬撃を与える、っていう条件も必要だけどな」
身をもって体験した事があるが、その条件でも相当に無茶な能力だよな、ケルヴィム。
「フッ、詳しいではないか。その一方でルキルのように、以前の力とは全く異なる変化、つまりは理想とする生き様を体現する方向に進む事もあるのだが…… ただの我が考察するに、貴様の場合は『召喚術』にかかわる何かが変化すると睨んでいる」
「目も見えない顔で睨んでくれるなよ。 ……けど、そうなったらその見えない顔も、マリアみたいに見えるようになるのかね?」
さっきの話にも出ていたケルヴィムやルキルは、権能を貰った後も見えていなかったようだけど。
「さて、どうであろうな。ただ、ただの我もそうなる事を望んではいる。マリアのような異界の者ではなく、この世界に生きる者の中から、ただの我を拝謁するに相応しい、そんな存在が誕生する事を。貴様がどのような進化を果たすか、今から楽しみでならない」
「そうか…… なら、早速やってくれるか? 俺も同じ気持ちだからさ」
「承知した」
そう言って、アダムスは俺の頭に手を置いた。