魂剣士(ソウルセイバー)
「あ、あの、学園長、今何て……?」
恐る恐る、と言った様子のアンジュの問いに、学園長はあくまでにこやかに答えた。
「ですから、彼がこの世界の人間ではないと申したのです」
「……」
生徒達の間に訪れる一瞬の沈黙。そして
『えええええぇぇ!?』
沈黙は一瞬にして驚声へと変わった。
「ちょ、ちょっとアンタ、どういうことよ!?この世界の人間じゃないって!」
興奮した様子のアンジュが俺の肩を掴み、激しく揺さぶってくる。やめろ、ウザい。
「どうもこうも、言葉通りの意味だ」
俺はアンジュの手を振りほどくと、学園長の方へと向き直った。
「あんたの言う通り、確かに俺はこの世界の人間じゃねぇ。……だが、どうして解った?」
俺がこの世界に来る前にスマホで見た、行方不明者たちの記事。おそらく奴らも俺と同じで、この世界に飛ばされてきたに違いない。そして、俺のことを違う世界の人間だと一目で見抜いた学園長。もしかしたらこの事件に何か関係があるかもしれないと思い、問い詰めてみたのだが
「あなたがこの辺りでは見慣れない服装をしていたから……というのもあるけど、やっぱり一番の決め手は、あなたが我々とは違う魂の波動をもっていたから……かしらね」
などという答えが返ってきたので、思わず拍子抜けしてしまった。
確かに俺たちの世界の服のデザインは、この世界の人間から見たら随分と異質なものだろう。だが、魂の波動ってのは何のことだ……?
そう思っていると、学園長は生徒達に向き直りこんなことを言った。
「皆さん、私は入学式の時に言ったはずですよ?人を見るのではなく、人の魂を感じる。それが出来るのが良い魂剣士の条件だと」
またしても聞き慣れない単語が出てきた。
ソウルセイバー?まあ名前的に魂剣術に関連したものだとは思うが、とりあえずまたアンジュに訊いてみるとしよう。
「おい、ソウルセイバーってのは?」
「あのねぇ……私はあんたの解説役じゃないんですけど?」
「いいから答えろよ。でないと乳揉むぞ」
「は、はぁ!?何バカなこと言ってんのよ!」
顔を真っ赤にして胸元を隠すような仕草をするアンジュ。そういやこいつ学園長にからかわれてた時も顔真っ赤にしてたし、意外とウブだよな。
「魂剣士っていうのは、魂剣術を用いて戦う剣士のことよ。私たちは一人前の魂剣士になる為に、ここで訓練に励んでいるの」
「なるほど。じゃあこの学園は、魂剣士を養成する為の学園ってことか」
「ええ。そして私はこのアルカディウス学園の学園長を務めるエルザ・グレイスと申します。……何だかずいぶんと自己紹介が遅れてしまったわね。良かったらあなたの名前も教えていただけるかしら?」
さすがに先に相手に名乗らせておいて無視は出来ない。俺も名を名乗った。
「三上輝人だ」
「そう。……では輝人君、単刀直入に訊くけど、これからあなたは一体どうするつもりなのかしら?」
それは俺が一番訊きたかった。
いきなり見知らぬ世界に飛ばされて、どこに行けばいいか、何をしたらいいのかも解らない。
だが一つだけ確かなのは、俺はさほど元の世界に帰りたいとは思っていないということだった。
あんな退屈な世界よりは、まだこっちの世界の方が面白そうだ。
それから――
「声……」
「えっ?」
「俺がこっちに来る時、変な声が聞こえたんだ」
俺がこの世界に召喚される時に聞いた、謎の女の声。おそらく奴が俺をこの世界に呼び寄せたのだろう。
奴が何の目的で俺をこの世界に呼んだのかは解らない。だが何より、この俺が姿も見せないような相手の掌の上で踊らされているという事実が気に食わなかった。
「まずはそいつに文句の一つでも言ってやらねぇとな」
「そう。……でも、アテはあるの?」
「……ねぇけど」
今のところ奴の手がかりは声だけ。自分でも無謀だということは百も承知だ。
すると、学園長がまたしてもとんでもないことを言い出した。
「ならあなた、ウチに入る気はないかしら?」
「は……!?」
『えええええぇぇ!?』
生徒達からまたしても驚きの声が上がる。まあこれに関しちゃ、俺も相当驚いたがよ。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
と、俺たちの間に、あの金髪バカ野郎のクロードが割り込んできた。
何だよ、こいつまた突っかかってくるつもりか?
「本気ですか学園長!?こいつをアルカディウス学園に入れるなんて!」
「ええ、もちろん本気よ」
「僕は反対です!こんな野蛮で下品で低俗な奴を入れるなんて!こんな奴を入れたら、伝統と格式のある我が学園の名に傷が付くことになりますよ!!」
「入るかどうかを決めるのは私じゃないわ。輝人君よ」
何やら必死に喚き散らすクロードに、エルザ学園長はあくまでその笑顔を崩さず冷静に対応している。
「くっ……どうしてなんです?どうしてこいつに拘るんですか!?」
こいつ、どうしても俺にこの学園に入ってきて欲しくないようだな。
まあ別に俺も、今のところ入るつもりなんぞねぇけどよ。……と思っていたのだが、次の学園長の言葉で俺の心は大きく変わることになった。
「興味があるからよ。私たちとは違う魂の波動を持った彼が、一体どのような魂の剣を出現させるのか」
(魂の剣!)
そうだ、その言葉は確かあの女が言っていた言葉と同じものだ。
あの時は何のことだかワケが解らなかったが、今なら解る。
魂の剣……それはすなわち、魂剣術のことだ。
この学園で魂剣術を学んでいけばもしかしたら、何かあの女に関するヒントが掴めるかも知れない……!
「さて輝人君、もう一度訊ねます。この学園に入るつもりはありませんか?」
改めてそう学園長に訊かれた時、俺の答えは既に決まっていた。
「ああ、俺の方からも頼む。俺をこの学園に入れてくれ」