異世界からの呼び声
「神隠し…?」
普段オカルト的なものは全く信用しない俺だが、その記事には何故か強く引かれた。
気になって続きを読み進めてみる。
何でもここ数日の間に、各地で失踪事件が相次いでいるらしい。
失踪した人間は老若男女問わず。
特に悩みを抱えている風でもない普通の人間が、ある日忽然と姿を消してしまったのだという。
朝起きた時、隣に寝ていたはずの夫の姿が影も形も無くなっていたという妻の証言が掲載されていた。
そういった事情から警察の捜査は難航。周りの連中は神隠しだと騒ぎ立てているということだった。
確かにただの誘拐事件じゃないみてぇだが…
「突然姿を消した人間…被害者に共通点は無く、手がかりも何も無し。となると…」
そこまで言いかけて、俺は自分の頭を思いきり振り払った。
俺の頭に浮かんだ想像が、あまりにも幼稚でバカバカしいものだったからだ。
だってそうだろ?
「異世界に行っちまった…なんてな」
バカバカしいにも程がある。
そんな漫画やアニメ、ゲームみたいなことが現実に起きてたまるか。
この事件の裏で起きていることが何なのか、それは俺にも解らない。
だが、これだけは言える。
異世界など存在しないと。
「……帰るか」
スマホをポケットにしまい、もたれかかっていた壁から背を離す。
さあ、不本意ながら帰るとしよう。あの退屈な日常に。
……いや、その前にまずは飯か。下らないことを考えていたせいですっかり時間を無駄にしてしまった。
さて何を食おうか……そんなことを考えながら歩き出そうとした、その時だった。
「見つけた…」
「……ッ!?」
何処からか女の声が聞こえた気がした。
おいおい、幻聴が聞こえるほど俺は女に飢えちゃいねぇぞ……なんて軽口を心の中で叩くが、異変はそれだけではなかった。
「ぐあッ!?」
俺の頭を割れそうなほどの痛みが襲う。
思わず頭を抱えて蹲る俺に、更に第三の異変が襲った。
景色が、歪んでいく。
俺の目の前の空間に現れた、小さな歪み。
そいつは周りの景色を取り込んで、どんどんとデカくなっていった。
そして遂には、俺をも取り込もうとする……!
「ふざ……けんなぁッ……!」
何とか逃れようと必死に抵抗する俺だが、歪みは既に俺の脚半分を飲み込んでいた。
すると、地面に這いつくばってもはや両手だけで体を支えている俺の耳に、再びあの女の声が響いてきた。
「ようやく見つけた……」
「お、お前がこれをやってんのか……!?ざけんな……今すぐやめろ……!」
声はすれども姿は見えず。どこにいるのかも解らない女に向かって俺は叫ぶ。
しかし女は俺の声に耳を貸すことはなく、またワケの解らないことを呟き始める。
「あなただけは…何としても…」
「さっきから一体何の話だよ……俺にも解るように説明しろ!」
もはや胸の辺りまで到達しつつある歪みに飲み込まれながら叫ぶ俺。
しかし、またしても女からの応答はない。
だが……次に女が囁いた言葉は、何故か俺の胸に酷く焼き付くこととなった。
「お願い……あなたの、魂の剣で……」
「魂の……剣……?」
そう女の言葉を反芻したところで、俺の身体は完全に歪みに飲み込まれたのだった。