88話 かくして魔剣は畜生に念仏を唱えた
「がはははははッ! 逃がさんぞいッ!」
ハンニバル将軍は、やはりいた。
彼もまた、八本足の漆黒馬に乗って駆けてきていた。
アルデバランも馬のわりにとても速いが、あの漆黒馬はそれ以上に速いようだ。
「これ待たんかッ! がははッ! 安心せいッ! 兵は下げたぞッ! さあどうしたサシぞサシぞッ!」
見えないふり、そして聞こえないふり。
しかしながら距離はどんどん縮まっていく。
「うげ」
『どうしたんですかぁ~、マスターぁ?』
ちらっと再び振り返ったときに将軍と目が合ってしまったのだ。
にんまりと笑った彼は、漆黒馬の手綱を離す。
「とくと見るがよいッ!」
何をするのかと思えば、彼は馬上でバランスを保ちながら、左手で戦斧の両刃部分を、右手で柄の部分を持つ。
すると何やら怪しいギミックをがちゃがちゃと稼働させる戦斧。
次の瞬間、ハンニバル将軍は雄叫びとともに両刃部分から柄の部分を一息に引き抜いた。
夜空を切り裂いて稲妻が走る。
戦斧の両刃部分だったものはガショーンと巨大な盾へ、柄だった部分はシャキーンと伸びて一振りの長い槍へトランスフォームしていた。
もちろん、どちらも雷光を纏ってバチバチ弾けている。
「いくぞ小童ぁッ!」
こなくていいんだけどなあ。
剣を順手に構えて臨戦態勢をとる。
が、ここで何やらアルデバランに異変が起こった。
「え? ちょ、おま、おいおいおいおいおいおいおいっ!」
どういうわけか、スピードが上がったのである。
それもちょっとやそっとじゃない。
僕が走る速度の二倍以上は出ているぞこれ。
急にどうしたんだ。
アルデバランを見やる。
夜闇よりも暗い靄がアルデバランの体表から黒煙みたく噴出していた。
なんぞこれ。
『ぱんぱかぱぁ~んっ! おめでとうございまぁ~すっ!』
「なにが」
『たった今、私のレベルが上がったので新しいアクティブスキルが解放されたんですよぉ~っ! その名もなんと【Τιτανομαχία】っ! 格好いいでしょぉ~? どやぁ。どういうスキルか聞きたいですかぁ~、マスターぁ? 聞きたいでしょぉ~っ! 聞きたいですよねぇ~っ!』
「いや別にいいよ」
『えへへぇ~、そんなに私のスキルが聞きたいんですかぁ~? もうマスターってば仕方ないですねぇ~っ! いや別にいいよ、なぁ~んて台詞を言われちゃったら応えちゃうしか私に選択肢はないじゃないですかぁ~…………って、素っ気っ!? 素っ気はどこに置き忘れちゃったんですかぁ~っ!?』
「いや、だから別に聞かなくてもいいよ。逃げられるなら。うん? なに。そんなに話したいんだったら、アルデバランにでも言えばいいじゃないか」
『え、えぇ~っ? そ、そんなぁ~。こ、こんな馬畜生に自慢しても全然楽しくないじゃないですかぁ~。聞いてくださいよぉ~マスターぁ、おーい。無視ですかぁ~? しくしくしく』
「………………」
剣は無視して背後の気配を探る。
アルデバランの加速のおかげで、追ってきていたハンニバル将軍と縮められない距離をとることに成功していた。
しばらくして、将軍は諦めてくれたのか。
後方の夜空に何度も雷光が突き刺さるのを垣間見る。
ため息を一つ。
アルデバランを加速させた新しいスキル、【ティタノマキア】だったか。
おそらく、それには【エリュシオン】同様に時間制限があるにちがいない。
【エリュシオン】とどちらが先に切れるのかは知らないが、どちらにせよ。
時間切れになるまでにはこの軍勢のテリトリーから抜け出したいものである。
手綱を強く握りしめる。
敵の気配を探りつつ、その軍勢の間を縫うようにして接敵の少ない最短ルートを選択していく。
ふと空を見上げると、満点の星々が静かに瞬いていた。
†。oO(『【ティタノマキア】は【エリュシオン】発動中にのみ発動可能な味方を強化するスキルなんですよねぇ~。これの効果が付与されるとぉ~、筋力にボーナスポイントが入ったりぃ~、魔力も無尽蔵に供給されるチョー格好いいチートスキルなんですよねぇ~。今はレベルが低いから畜生一匹しか効果の付与が及びませんけどぉ~、ゆくゆくは一つの軍団にも効果がかかるようにできる先が楽しみなスキルですねぇ~。どやぁ。ま、唯一の弱点としてはぁ~、付与対象が効果発現中に負った傷は、すべてマスターに還元され、さらには付与対象が多ければ多くなるほど、効果終了時にリバウンドするマスターへの疲労が膨大なものになることくらいでしょうかねぇ~。ああもう、こんなローリスクハイリターンなスキルを持ってる私。なんたって闇・属・性ッ! ですからねぇ~っ! どやぁ。ってもう~、ちょっと聞いてますかぁ~? 馬の耳に念仏ですかぁ~?』)
ア。oO(「……うっぜ」)




